軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔術祭の朝

よく晴れた空に、軽やかな音とともに花火が開いた。

魔術祭の始まりを告げる四発の花火。

その音とともに衛士が正門を開くと、詰めかけていた来場者たちが一斉に学院の中へとなだれ込んでくる。

「押さないで、押さないで」

衛士たちが混乱を防ごうと声を張り上げる様は、王族を来賓に迎えて物々しい警備と厳かな雰囲気のもとで始まった武術大会とはまったく対照的だ。

我先にと道を急ぐたくさんの商人や魔術師たちの行き先は、ほとんどが高等部の魔法具展示会場だ。

とにかく他の人よりも早く会場に着いて、目当ての品物を見つけ出さなければならない。

高等部まで進学するような生徒には変わり者も多いので、油断すると、魔法の技術だけはやたらと高いがまるで実用性のない、とんでもないがらくたを売り付けられる羽目になる。

それを避けるためには、見極める時間も必要だ。

急いで買わなければなくなってしまうが、かといって慌てて買えばたいてい失敗する。

通称、魔術祭のジレンマ。

魔術師にとっては自らの魔法の研究や職務のために、商人にとっては一年に一度のまたとない商機のために、目を血走らせるのも無理はなかった。

ぎらついた彼らの去ったあとにのんびりと入ってくるのは、魔法具には興味のない一般の人たちだ。

彼らは正門近くの案内板に掲示された出し物の案内を見て、思い思いに中等部や初等部の講堂に足を運ぶ。

子供の出し物と馬鹿にするなかれ。

魔法を交えての歌や踊り、そして劇は、娯楽に飢えている庶民にはもちろん、目の肥えた裕福な市民や貴族たちにとっても刺激的な演目だ。

今年の魔術祭の人の入りも、まずは上々といったところだった。

アルマークは普段通りのローブ姿で寮を出た。

いつも校舎へ登校するのよりは、少し遅い時間。

午前中は、講堂でモーゲンやネルソンたちと一緒に、1年生2年生の演目を観ることになっていた。

モーゲンは講堂まで一緒に行こうと誘ってくれたが、アルマークは何だかそんな気になれず、彼らとは講堂で合流する約束をした。

午後、アインたち1組の劇を観た後で、ウェンディと大事な話をする。

その緊張感で、朝からアルマークは落ち着かなかった。

寮の周りには、午前中に出番を控える1年生や2年生の姿はもう全くない。

それどころか、3年生の姿もほとんど見えない。

校舎の周りに出されている露店にみんな行っているのだろうか。

アルマークはぼんやりと考える。

昨日の夜から、学院の許可を受けた露店商や行商人たちがいろいろな食べ物の露店の準備を始めていて、モーゲンはそわそわと落ち着かなそうだった。

「あれと、あれと、あれと……あ、あれも食べたい」

校舎からの帰り道、まるで猛禽類のような目をして、めぼしい店に狙いを定めていた。

きっと今日は演目が始まる前に最初の腹ごしらえを済ませるつもりだろう。

アルマークは朝の空気を吸いながら、ゆっくりと歩く。

冷たい空気の中に、普段は決して漂うことのない甘い匂いや香ばしい匂いがかすかに混ざる。

もう露店の営業が始まっているのだろう。

食にあまり興味のないアルマークには、露店の物珍しさよりも今日食堂が開いていないことの面倒さの方が勝ったが、それは仕方ない。

目についた当たり障りのないものを食べることにしよう。

そんなことを考えながら歩いていると、前方から誰かが走ってくるのが見えた。

見覚えのある二人組だ。

それもそのはず、息を切らして走ってくるのは、2年生のフィタとザップだった。

「フィタ、ザップ」

アルマークは手を振った。

「二人ともどうしたんだい」

「あっ、アルマーク」

フィタが驚いたように足を止める。

「まだこんなところを歩いていたの」

「うん」

「それじゃあラドマールを見なかった?」

「え?」

アルマークがきょとんとすると、ザップがフィタの後を引き継いだ。

「講堂に来てないんだ、ラドマールが」

そう言って顔をしかめる。

「1年生が発表している間に、ダンスの最後の練習をするって言ったのに」

「来てない?」

アルマークは二人の顔を交互に見る。

「ラドマールが?」

「うん。来てないの。誰も姿を見てないって」

焦れったそうにフィタが言う。

「ラドマール、最近毎日顔色が悪かったし、補習で疲れてるみたいだったから、寮で倒れてるのかもって心配になって」

「補習のせいであんまりダンスの練習にも参加できなくて遅れてるから、他の奴らは、もうあんな奴ほっとけって言うんだけど、そういうわけにはいかないだろ」

ザップが顔を赤くしてそうまくし立てる。

「うん、君の言うとおりだ」

アルマークは頷いた。

「そういうわけにはいかないな」

そう言って、自分の持つマルスの杖に目をやる。

ラドマールの姿が見えないだって?

あの少女からの忠告を思い出す。

「マルスの杖を、離さないでね」

あの言葉の意味は、もしかして。

もと来た道を振り返る。

まさか、ラドマールにまた闇が。

「残念だけど、僕もラドマールは見てない。でも、その話を聞いたら放ってはおけないな。一緒に行くよ」

そう言うと、二人の先に立って走り出す。

慌てて追いかけてくるザップからラドマールの部屋番号を聞くと、アルマークは走る速度を上げた。

「じゃあ僕が先に部屋に行ってみるよ。二人は後から来てくれ」

そう言い残したアルマークの背中がみるみる離れていき、ザップとフィタは息を切らしながら顔を見合わせた。

人気のない寮に戻ると、アルマークは階段を駆け上がり、たちまちのうちに教えられた部屋の前にたどり着く。

「ラドマール、いるかい」

言いながらドアを開ける。

誰もいなかった。

静まり返った二人部屋の、ラドマールのものと思われる机の上にあの黒い小箱がぽつんと置かれていた。

占い師がノルクの街でラドマールに手渡したという、闇の力の込められた小箱。

アルマークはそれを手にとって蓋を開く。

中には何も入っていなかった。

三日前の補習でのことだ。

イルミスがラドマールを呼び、この箱を手渡していた。

「中の闇は払っておいた。この箱は君のこれからの戒めにするがいい」

イルミスの言葉に、ラドマールは返事もせず黙って箱を見つめていた。

もうこの箱からは、イルミスの言うとおり闇の力を一切感じない。

呪われたアルマークの右手も、何の反応も示さない。

どうやらこの箱は関係ないようだ。

それでは、ラドマールは一体どこに行ったのか。

アルマークが再び寮を出たところで、ようやくザップとフィタが追い付いてきた。

「アルマーク、ラドマールは?」

ザップの問いに首を振る。

「部屋にはいない」

その答えに、二人が落胆した表情を見せる。

「じゃあ、どこに」

フィタが泣きそうな顔をする。

「練習で遅れて、うまくいかなくてみんなに笑われてたから。ラドマール、プライドが高いし、恥をかきたくないって思ったのかも」

「あいつは逃げるような奴じゃないよ」

ザップが怒ったようにその言葉を打ち消す。

「でも」

フィタが言いかけるのを、アルマークが穏やかに遮る。

「僕もラドマールは逃げないと思う。だってラドマールは最後の補習のときに僕にこう言ったからね」

魔術祭前の最後の補習。

その日の一通りの魔法を学び終えて、教室へ戻ろうとするアルマークを、瞑想を終えたラドマールが珍しく呼び止めた。

「アルマーク、魔術祭では僕のクラスを見に来るなよ」

「え?」

アルマークは驚いて尋ね返す。

「どうして?」

ラドマールは不貞腐れたような顔で答えた。

「僕のダンスをお前には見られたくない。ウェンディにもそう言っておけよ」

「逃げ出す気なら、あんなことはわざわざ言わないと思うよ」

「でも、それじゃあ」

フィタが涙をこらえるようにアルマークを見上げる。

「ラドマールはどこに行ったの」

「あ!」

ザップが急に声をあげてアルマークの背後を指差した。

振り向くと、汗だくのラドマールが寮の裏手から出てくるところだった。

「ラドマール!」

フィタが叫ぶ。

「そんなところで何をしてるの」

「なんだ、お前ら」

ラドマールは3人の顔を見て、ぎくりと足を止める。

「こんなところで何をしてるんだ」

「それはこっちの台詞だよ」

フィタが言い、ザップが頷く。

「そうだぞ、ラドマール。最後の練習に来ないから、心配したじゃないか」

それを聞いてラドマールはようやく思い当たったように、ああ、と頷く。

「練習か。全体練習は僕には効率が悪いからな。一人でやらせてもらった」

平然とそう答えるラドマールに、ザップが驚いて尋ね返す。

「ここで一人でずっと練習してたってことかい」

「今日、それ以外に何をやるんだ」

ラドマールは呆れたような声を出す。

「魔術祭の本番じゃないか」

「でも、そんなに汗だくになるまで」

フィタもそう言って、目を丸くしてラドマールを見る。

「何がおかしいんだ。そろそろ時間になるか? 僕は先に行くぞ」

悪びれるでもなくそう言って、ラドマールは流れる汗もそのままに歩き出す。

あの夜の実習でのたくさんの事件を経て、魔法を学ぶ姿勢が前向きに変わっても、その独善的でマイペースなところはそう易々とは直らないようだ。

だが、少なくともラドマールには逃げ出すつもりはないようだった。

アルマークは二人と顔を見合わせて苦笑すると、ラドマールの後ろについて歩きながら、穏やかに声をかけた。

「ラドマール、心配をかけた二人に謝れよ」

「は?」

ラドマールは振り返りもしない。

「どうして僕が」

「いいよ、アルマーク」

フィタがアルマークの袖を引っ張るが、アルマークは首を振る。

「いや、ダメだ。ラドマール、謝らないなら、イルミス先生にお願いして薬湯の量を増やしてもらうぞ」

「すまなかった」

アルマークが言い終わらないうちに振り向いて頭を下げたラドマールに、ザップが噴き出した。

フィタも手で口を押さえて必死で笑いをこらえている。

「気が済んだか? 僕は忙しいんだ」

少し顔を赤らめて、ラドマールはまた歩き始める。

「これから大勢の前でダンスなんてしなきゃならないからな。ああ、それから」

振り返ってアルマークを指差す。

「アルマークは見に来るなよ。ウェンディにもちゃんと言ったんだろうな」

「ごめん」

今度はアルマークがすぐに頭を下げた。

「僕も見に行くし、ウェンディにも言ってないよ」

「……勝手にしろ」

どんどん歩いていくラドマールを、ザップとフィタが嬉しそうに追いかけた。

アルマークもその後ろを歩きながら、心の中で呟く。

頑張れ、ラドマール。