作品タイトル不明
(閑話)白狼一座・後編
白狼一座は座長で奇術師のダニーや軽業師のレネイとアイカらに裏方を含めて、十数人からなる旅芸人一座だった。
それが旅芸人としてどれくらいの規模なのかアルマークには分からなかったが、大きな街だけではなく、普通は旅芸人が巡ってこないような街でも比較的格安で公演をしてくれるということで、知名度はそれなりにあるようだった。
アルマークは翌日から、他の裏方と混ざって雑用をこなしながら空いた時間にレネイから剣の演武を習った。
最初は自分の長剣で練習していたのだが、それを見ていたダニーから、その長剣はあまりに生々しすぎて客が引いてしまうな、と指摘され、レネイが使っていたのと同じ装飾の施された見世物用の剣に切り換えた。
アルマークはそれを軽々と振り回しながら、レネイに、
「軽すぎて、かえって使いづらいですね」
と苦笑した。
アルマークは剣の演武も一座の雑用もすぐに覚えてしまい、その賢さはダニーをはじめ一座の面々を驚嘆させた。
最初は可愛いげのないクソガキ、とアルマークのことを嫌っていたアイカも、アルマークの働きぶりにじきに認識を改め、態度も目に見えて柔らかくなった。
その中でマーゴットはいつも雑用もせず、馬車の隅で小さな石や指輪のようなものをいじっていた。
ある日の夕方、演武を披露して、レネイから「もう前任のデリよりもうめえな」とお墨付きをもらい、ダニーから次の公演に出るよう言い渡されたアルマークは、ふとレネイに訊いてみた。
「レネイさんとアイカさんは軽業師なんですよね」
「ん? ああ」
レネイは頷く。
旅の途中でも二人は暇さえあれば息の合った体術の練習をしていたが、本番の公演では綱渡りや玉乗りも披露するらしい。
「マーゴットは何をするんですか」
「ああ」
レネイは薄く笑った。
「おかしいだろ、あいつ。いつも馬車の中で石ばかりいじってさ」
「はい」
アルマークは素直に頷く。
「なんだと思う」
レネイがアルマークを見る。
「あいつは舞台で何をすると思う」
「座長と同じ、奇術ですか」
アルマークは答えた。
彼女の持っている道具から考えて、それくらいしか思い付かなかった。
「なるほどな」
レネイは頷く。
「まあ、そう見えるよな」
「違うんですか」
「ああ」
レネイはそっと馬車の中を窺うようにして、声をひそめた。
「マーゴットは、魔術師だ」
アルマークの初舞台は、街道沿いの宿場町だった。
広場に一応申し訳程度の雨ざらしになった舞台があり、そこで公演をすることになった。
夕方からの公演に備えてそれぞれが練習に余念のない中で、アルマークは馬車に寄りかかって座っているマーゴットに気が付いた。
「マーゴット」
アルマークに声をかけられ、マーゴットはちらりと目線をアルマークに向ける。
「君は今日の公演の準備はしないのかい」
「してるわよ」
マーゴットは答えた。
「今、しているの」
「今?」
アルマークはマーゴットの顔を見返した。
アルマークにはただぼんやりと馬車にもたれ掛かって座っているようにしか見えない。
「あなたは剣の練習を頑張っているから」
マーゴットは大きな目をいたずらっぽく瞬かせる。
「ご褒美に少しだけ見せてあげる」
そう言って、右手を挙げる。
その手の中に、いつもマーゴットが握っているあの石があった。
「見てて」
囁くようにそう言ったマーゴットの髪が、風もないのにふわりと揺れた。
その瞬間、アルマークの目の前で七色の火花が音をたてて飛び散った。
「うわっ」
驚いて飛びずさるアルマークを見て、マーゴットはくすくすと笑った。
「驚いたあなたの顔、面白いわね」
「魔法かい」
「そうよ」
マーゴットは頷く。
「そうか、これも魔法なのか」
アルマークが興味深そうな顔をするのを、マーゴットは不思議そうに見た。
「なあに、魔法に興味があるの?」
「ああ」
アルマークが頷くと、マーゴットは首を捻る。
「剣士は普通、魔法を嫌うのに」
アルマークが首を振ると、マーゴットは微笑んで手の中の石を揺らした。
「本番は、もっとすごい魔法を見せてあげるわ」
アルマークの初舞台となる公演が始まった。
座長のダニーが軽妙な語り口で鮮やかな奇術を披露し、観衆が盛り上がったところで、レネイとアイカが登場し、抜群の身のこなしで舞台をところ狭しと跳ね回る。
アイカが普段は見せたことのない艶やかな笑顔で、ぴんと張られた綱を渡り、レネイが大きな玉の上で火の付いた松明をぐるぐると回してみせた。
「さあ、次はお待ちかね」
ダニーが観衆に向かって両手を広げる。
「弱冠8歳の少年天才剣士、アルマークの登場です!」
その方が盛り上がる、と言ってダニーはアルマークの年齢を2歳ごまかした。
アルマークは装飾の施された剣を手に、舞台に上がる。
集まった観衆はおそらく多く見積もってもせいぜい三百人。
だが緊張するアルマークの目には、それが何千もの大観衆に見えた。
ごくり、と唾を飲む。
「全体を見るな」
舞台袖に下がるダニーがアルマークにそっと囁いた。
「右と左と真ん中。そこに一人ずつ反応のいい客を見つけて、その3人だけしかいないと思え。その3人に向かってやれば大丈夫だ」
アルマークは頷いた。
舞台の中央でぺこりと頭を下げると、大きな拍手が起きた。
みんな興味津々の顔をして、アルマークを見つめている。
この数に呑まれちゃダメだ。
アルマークは、真ん中に陣取った自分と同じくらいの歳の女の子と、左の端の方にいる優しそうな老婦人、そして右のやや奥にいる農夫風の男性に狙いをつけた。
見せるのは、この3人。
そう決めたアルマークの剣が、ひゅんひゅんと唸りをあげ始める。
目にも止まらぬ速さで剣を回し始めた少年剣士に、おおっ、とどよめきが起きるが、アルマークはその歓声に敢えて意識を向けない。
左側の老婦人を見る。
僕の演武を、彼女に見えやすいように。
続いて右奥に立つ農夫の男性に目をやり、そちらにもきれいに見えるように。
最後に真ん中で目を見張っている女の子に、最もかっこよく見えるように。
アルマークはダニーの言葉通り、3人に向かって演武を続ける。
「アルマーク」
見たことのない露出の多い服を着たアイカが、両手に果物を持って舞台袖から現れた。
アルマークは剣を止めることなく、そちらに首だけ向けて頷く。
「いいよ、アイカさん」
裏方の髭の男が打楽器を打ち鳴らす。
その音に合わせて、アイカが優雅な動作で果物を三つ同時に投げた。
アルマークがそちらに一歩、鋭い踏み込みを見せて剣を振るう。
三つの果物がほとんど同時に空中で果汁を飛び散らせて切り刻まれる。
再び、おおっ、というどよめき。
老婦人が笑顔で拍手しているのが見える。
農夫の男性が唖然として口を半分開けている。
そして中央の少女は魅入られたようにアルマークを見つめている。
アルマークはさらに激しく剣を回し続ける。
「アルマーク」
反対の舞台袖からレネイが現れた。
「レネイさん、いつでも」
アルマークの言葉に頷き、レネイが打楽器の音に合わせておどけた動作で三つの果物を順に投げる。
アルマークがそれを全て切り刻むと、またも大歓声。
アルマークは最後に剣をもう少しだけ回して演武を締め括ろうとした。
その時だった。
緊張による汗でびっしょりだったアルマークの手の中で、相棒の長剣よりも遥かに軽い見世物用の剣の柄が滑った。
勢いよく振り上げた剣が、すっぽ抜けた。
アルマークの上空に、剣がくるくると回転しながら舞い上がる。
しまった。
アルマークは剣を見上げて歯噛みし、とっさに目の前の観客を見た。
中央の少女も、右の農夫も、左の老婦人も。
みんなが上空の剣を見上げていた。
誰も、それがアルマークの失敗だと気が付いていない。
「レネイさん!」
アルマークはレネイに向かって人差し指を立てた。
もう一度。
レネイがその意図を察して頷く。
アルマークは舞台の床を蹴って跳んだ。
回転しながら、剣が降ってくる。
それを空中で掴むと、レネイが完璧なタイミングで投げた果物を三つ同時に切り裂いた。
果汁を飛び散らせた果物が舞台の床に落ちる。それと同時に、アルマークもふわりと着地していた。
ゆっくりと両手を広げ、観衆に向かって頭を下げる。
大きな拍手が沸き起こった。
「さあ、最後は白狼一座の誇る、美女魔術師の登場だ! あのノルク魔法学院の中等部を優秀な成績で卒業して我が一座に加わったマーゴット嬢に拍手を!」
ダニーの口上に合わせて袖から現れたマーゴットは、アルマークが別人かと己の目を疑うくらい大人びていた。
普段のマーゴットを知るアルマークには、それが衣装と化粧のせいだということはかろうじて分かるのだが、それにしても普段よりも遥かに年上、アイカとさして変わらないくらいに見える。
「今、ノルク魔法学院って言いましたか」
アルマークは傍らのアイカを振り返る。
「マーゴットはそこの出身なんですか」
「んなわけないだろ」
アイカは笑う。
「あんたの年齢を削ったのと一緒さ。大袈裟な方がお客は喜ぶんだ」
マーゴットが舞台の上で石を握って念を込めるようなしぐさをする。
「マーゴットはもともとはどこかの魔女の弟子だったって話だよ」
アイカが言う。
「でもほとんど何にも教えてくれないから、いくつか魔法の道具を盗んで逃げ出したんだって言ってたね」
「道具を」
あの、いつもいじっている石や指輪がそれなのだろうか。
アイカの言葉通り、マーゴットが石を持った手を高く掲げる。
「ノルク魔法学院なんて、そんな選ばれた人間しか入れないところ。何を学ぶのか知らないけど、私らに関係あるわけないだろ」
アイカがそう言った時、舞台でわっと歓声が上がった。
マーゴットの手から次々に七色の火花が散っていた。
マーゴットが石を持った手を優雅に振ると、七色の尾を牽きながら光が舞台上に飛び散る。
わあっという歓声。
手を振り、光を自在に操るマーゴットは、紛うことなき魔術師に見えた。
「でも、マーゴットは私らにとっちゃ立派な魔術師さ」
「そうですね」
アルマークはその魔法を新鮮な気持ちで眺めた。
北で出会ったのは、全て戦場での命の奪い合いに用いられる魔法だった。
こんな風に、人を喜ばせる魔法もあるのか。
不意に、マーゴットがアルマークを見た。
舞台袖のアルマークに向けて伸ばした指先から、真っ赤な火花が散って空中で爆ぜながら複雑な模様を描いた。
観衆の歓声は止むことがない。
「認められたね、マーゴットにも」
アイカが微笑んだ。
「これであんたもうちの一座の一員だね」
「美女魔術師マーゴット嬢にどうぞ盛大な拍手を!」
ダニーの声が響く。
初舞台が終わる。
ここでアルマークは何かを学びとれそうな予感がしていた。