軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)白狼一座・前編

「変わった物をしょってるな」

男にそう言って自分の背中を覗き込まれ、少年は僅かに顔をしかめて身を引いた。

場末の食堂で、具の少ない白湯のようなスープと硬いパンで遅い昼食をとっているときだった。

男は興味深げに少年の相棒の長剣の柄に手を伸ばしたが、少年が素早く身をよじりながら席をたって距離をとると、感心したように手を下ろした。

「いい身のこなしだ。少年、君はどうもただ者じゃないね」

少年は答えず、自分の食事を手に取ると、離れた席に座り直す。

「育ち盛りにそれじゃ、足りないだろう」

少年の食べているものを見て、男はなおも声をかけてきた。

少年はあらためて男の姿を見た。

背が高く、がっしりとした身体つき。服装だけ見れば少年と同じ旅人のようだが、全てのしぐさがどこか芝居がかっている。

「お金が欲しくないかね」

男は、少年に嫌な顔をされているにも関わらず、一切気にする様子もなくそう話しかけてきた。

「どこかへ旅している途中なんだろう。見たところ、あまり豪勢な旅ではなさそうだ。路銀は必要だろう」

「結構です」

少年は短く答えると、流し込むようにして食事を終え、さっさと勘定を済ませて店の外に出た。

「おい、少年。まあ待てよ」

男はしつこく店の外まで追いかけてきた。

「そんな長い剣が君に使いこなせるのか」

少年は答えず、街の出口へと歩を進める。

こういう手合いには、旅の間に何度も出会っていた。

少年の年格好を見て、単純にからかってやろうとする者。

僅かな路銀を脅し取ろうとする者。

もっといかがわしい目的のために騙そうとする者。

中には親切心で声をかけてきた者もいたのかもしれないが、あいにく少年は助けを必要としていなかった。

騙される危険を考えれば、親切心に見えても紛らわしいものには近付かないことが賢明だった。

「待てって。君、うちで働いてみないか。俺は旅芸人の一座の座長をしてるんだ」

男はなおも背後から声をかけてきた。

「剣士がちょうどいなくなったところなんだ。腕に自信があるのなら、給料を弾むぜ。なあ、話だけでも」

一向に興味を示さず、歩みを止めない少年の背中に、男はそれでも話し続ける。

「君みたいな子供が、そんな長い剣を使えるなら客が呼べるよ。三食、寝る場所に給料付きだ。どうだい、やってみないかい」

少年は答えもせず、歩き続ける。

男はなおもしばらく勧誘を続けたが、街の出口が見えてくると、さすがに諦め気味に言った。

「向こうの広場にうちの一座の馬車が止まってるんだ。明日までこの街にいるから、少しでも興味があるなら覗いてってくれ。白狼一座っていったら中原の国じゃ割と有名なんだよ。おっと」

少年が急に足を止めたので、男はぶつかりそうになってつんのめった。

少年は男を振り返った。

「白狼?」

「あ、ああ」

男は頷く。

「そうだよ。白狼一座。俺は座長のダニーだ」

「白狼……」

少年は少し考える素振りを見せた。

「何か由来が?」

「由来?」

おかしなことを聞くな、という顔をしながらダニーと名乗った男は答える。

「昔、旅先で道に迷ったとき、白い狼を見たんだ。誘われるようについていったら、元の道に戻れた。それ以来、白い狼は俺の幸運の証だ」

「白い狼を見たんですか」

「ああ」

ダニーは頷く。

「メノーバー海峡を越えた、北での話さ」

「……そうですか」

少年は、ダニーに向き直った。

「おじさんは旅芸人なんですか」

少年の言葉に、ダニーは頷く。

「ああ、そうだ。中原のいろいろな国を旅して、芝居や芸を見せている。今、ちょうど剣士が欠けていて困ってたところだ。君みたいなかわいい子供がもしやってくれるなら人気も」

「これからどこまで行くんですか」

自分の説明を遮るように挟まれた少年の質問に、ダニーは嫌な顔をするでもなく、中原のとある街の名前を挙げる。

少年は頷いて、その街へ行く途中にある別の街の名を挙げた。

「そこまでなら一緒に行っても構いません」

「おう」

ダニーは嬉しそうに頷く。

「なら善は急げだ。うちの馬車へ行こう」

「またこんな子供連れてきて」

すらりと背の高い、若い女が少年を見て呆れた声を出した。

「レネイ、座長がまた変な子供連れてきたよ」

「あー?」

馬車の陰から、これもすらりとした若い男が姿を現した。

女と並ぶと、まるで双子のように見える、作り物めいた均整のとれた体つきをしている。

「ちょうど、デリのあとが空いてるだろ」

少年の後ろから、ダニーが言う。

「剣士が欲しいってお前らも言ってたじゃないか」

「誰が子供が欲しいって言ったんだよ」

レネイと呼ばれた男が声を荒げる。

「うちの子供はマーゴットだけで十分なんだよ」

その言葉に、馬車の陰からひょいっと女の子が顔を覗かせた。

少年よりも二つか三つくらい年上に見える、大きな瞳が印象的な少女だった。

「レネイ、誰が子供だって?」

少女が低い声でそう言って睨むと、レネイは決まり悪そうに咳払いをする。

「とにかく!」

ごまかすようにそう大声を出す。

「そんな子供にうちの剣士は務まらねえ。俺が二役やった方がマシだ」

「僕はどっちでもいいです」

少年が言った。

「さっき話してくれた給料がもらえるなら、別に剣士をやろうがやるまいが」

「はあ?」

女が眉をしかめる。

「バカか、おめえは」

レネイがそう言って少年をねめつけた。

「働かねえ奴にどうして給料が出るんだ」

「それなら、やります」

少年はあくまで淡々と答える。

「でも人に見せるための剣術は使ったことがないから、教えてください」

はあ、とレネイがため息をつく。

「お前がどんな難しいことをやれって言われてんのか、教えてやるよ。マーゴット」

振り返って先ほどの少女を呼ぶ。

少女は派手な装飾の施された剣を一振り持ってきた。

それが真剣だということが、少年にも一目で分かる。

「ほんとはただじゃ見せねえんだが、座長がこんなところまで連れてきちまったお詫びだ。見たら帰んな」

レネイはマーゴットから剣を受け取ると、慣れた手つきで構えた。

と、目にも止まらぬ速さでそれを振り回し始める。

剣がまるで別の生き物のようにレネイの身体の周囲、上下左右でびゅんびゅんと唸りをあげる。

風切り音が途切れることなく少年の耳にも届く。

「アイカ」

レネイが剣を止めることなく、馬車の脇に立っている若い女の名を呼んだ。

女はいつの間にか手に緑色の果物を二つ持っていた。

「いくよ」

そう言いざま、果物をレネイに向かって投げる。

レネイは剣の速度を全く落とすことなく、その果物を縦に真っ二つに切り裂いた。

「もう一つ」

アイカが二つ目の果物を投げた。

それをレネイは今度は横に真っ二つに切り裂く。

「ま、こんなもんだ」

剣を下ろして、地面に転がった四つの果実片を手で示し、レネイが汗を拭う。

「専門じゃねえ俺でもこれくらいできるんだ。前にいた飲んだくれのデリは、空中で同じ果物を二度切ることができた」

「酔いつぶれてない時はね」

マーゴットがぼそりと補足する。

「そういうわけだ。子供にできる芸当じゃねえ。分かったら帰んな」

レネイが剣をマーゴットに返しながら言う。

「いいじゃねえか。子供がやるならもう少し簡単にしたって」

ダニーがそう反論するが、マーゴットが冷たい声で応じた。

「私は大人に負けない芸をするけど」

「お前は特別だろ、マーゴット」

「とにかくうちには子供の剣士はいらない」

アイカがそう言いながら少年に目をやると、少年は地面にしゃがみこんでいた。

「あんた、何してるんだい」

「これを切ればいいんですね」

少年は地面から拾い上げた、半分になった果物をアイカに差し出す。

「その程度でいいなら僕にもできます」

「はあ?」

目を見開くアイカに果物を押し付けると、少年は距離をとって自分の長剣を抜いた。

「ちょ」

言いかけたアイカの耳に、風切り音が聞こえた。

少年がさりげなく振った、長剣の音だった。

大の大人が使うような長さの剣を、こともなげに片手で振った。

「おい、お前」

そう言うレネイも真剣な顔つきになっていた。

「そんな剣を本当に使えるのか。それ、座長に持たされた木剣じゃなかったのか」

「そんなもん持たせるか」

ダニーが渋い顔で言うが、その口許は隠しきれない興奮で緩んでいた。

「ごめんなさい。さっきの振り回すやつ、あれはできない」

少年は言った。

「やったことがないから。でも切るのはできる」

「アイカ」

レネイは真剣な顔で振り返る。

「投げてやれ」

「あ、ああ」

アイカが半分になった果物を一つ右手に持ち直すと、少年が首を振る。

「全部いっぺんでいいです」

「全部?」

アイカが目を丸くして手元の果物を見る。

「4つってことかい」

「はい」

少年は頷く。

「だってそこのレネイさんみたいに剣をびゅんびゅん振り回しながら切るわけじゃないから、一つや二つ切れるのは当たり前でしょう」

アイカとレネイは思わず顔を見合わせる。

「投げてやれよ、アイカ」

ダニーが言った。

「彼の言うとおりに」

「分かったよ」

アイカは頷く。

「大口叩く男は嫌いじゃない。たとえ生意気なクソガキでもね」

そう言い終えるやいなや、4片の果物を同時に少年に向かって投げた。

少年の腕が動いた。

剣が二度三度、空中に目にも止まらぬ軌跡を描く。

長剣は確かに4片全てを捉えたように見えた。

「おっ」

レネイが声をあげる。

「切ったか?」

そう言って、地面に落ちた果実片に駆け寄る。

「全部切れてるのかい」

アイカが尋ねる。

しかし、レネイは答えない。

地面に屈みこんで、果実片を見つめている。

「レネイ」

アイカが苛立った声をあげる。

「どうなんだい。切れてるのか、切れてないのか」

「お前」

それに答えずレネイが少年の顔を見上げた。

「あの一瞬で何回剣を振ったんだ」

「え?」

その言葉に思わずアイカもレネイのもとに歩み寄る。ダニーもそのあとに続いた。

地面の果実片はばらばらになっていた。

並べてみると元の4つの果実片が全てきれいに二回ずつ切られていることが分かった。

「振ったのは6回です」

少年は答えた。

「いっぺんにまとめて切ったのもあるから」

「6回……」

レネイが呆然と呟く。

「どうだ、お前ら」

急に強気になったダニーがレネイとアイカを振り向く。

「これでもまだ文句あるか」

「天才少年剣士か」

さっきまでの苦々しい顔はどこへやら、レネイが明るい声で言った。

「ものすげえめっけもんじゃねえか。さすが座長だ。こりゃ人気が出るぜ」

「まだよ。せめて演武は覚えてもらわないと」

アイカが応じる。

「この分ならすぐに覚えそうだけど」

「だろう?」

ダニーが得意顔で言う。

「見たか、お前ら。俺の目に狂いはないんだ」

会話から取り残された少年に、そっと近寄ったマーゴットが声をかけた。

「私はマーゴット。あなた、名前は?」

「アルマーク」

少年は答えた。

「あなたも旅の途中なの? どこへ行くの?」

マーゴットの大きな瞳が好奇心を湛えてアルマークを見る。

アルマークは短く答えた。

「南へ」