軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

言葉

魔術祭の日がいよいよ近付いてきた。

噂では、ようやく3組の劇も固まって、今大急ぎで練習を重ねているところだという。

1組はクラス委員のアインを中心に、打倒2組を掲げて劇の完成度を高めている最中だそうだ。

「2組も負けていられないな」

と、最近すっかり舞台監督が板についたウォリスが言う。

「僕らは質で勝負だ。それぞれの場面の完成度を高めていこう」

何度目かになる講堂の舞台での練習。

浮き彫りになったいくつかの問題点も、各人の努力と工夫で解消しつつあった。

その甲斐もあって、劇はスムーズに進む。

また、ウェンディと別れるのか。

その場面が近付くと、アルマークは憂鬱になる。

何度演じても、慣れないな。

ネルソンとの立ち回りは、二人で相談して練習を重ね、さらに迫力と重厚感のあるものに進化していたが、それに続く恋人ウェンディとの別れの場面は、相変わらずぎこちなかった。

アルマークもさすがにもう、消えていくウェンディに駆け寄ることはないものの、いつも何の言葉もかけられず最期の時を迎えた。

ウェンディも悲しそうに目を伏せて消えていくだけだ。

ウェンディが自分の視界から消えるたびに、アルマークは自分の中の何かがもぎ取られるような喪失感を味わう。

その後、舞台袖でウェンディがまた姿を現すと分かっていても、その時の辛い気持ちは本物だった。

「君らの最後の場面はあれでいいのか」

また何も言えずにウェンディを見送って舞台を降りた後、ウォリスにそう声をかけられたが、アルマークは曖昧に頷くしかなかった。

「まあ、それでいいというなら構わんが。あれはあれで情感がこもってはいる」

ウォリスは、うつむきがちに舞台を降りていくウェンディに目をやる。

「君らのそれが演技ならいいが。そうでないなら、早く何とかすることだ」

アルマークはウォリスを見た。

「何とかって、どうすれば」

「僕は教えんぞ」

ウォリスはとりつく島もない。

「その立場にない。自分でどうにかするんだな」

そしてすぐに、舞台に目を戻す。

「セラハ。そこはもう少し声が低い方がいいな。……そう、それだ」

アルマークは邪魔にならないように、そっとウォリスの傍を離れる。

担当している最後の場面の演出まで、まだ少し時間があった。

「アルマーク」

いつの間にかレイラが隣にいた。

「やあ、レイラ。もうすぐ君の出番だろ」

「ええ」

無表情で答えて、レイラはいつもの小瓶をアルマークに手渡す。

「これで最後。もう材料切れ」

「ありがとう」

アルマークは受け取った瓶を目の前で振ってみる。

ちゃぽん、と音を立てて中の液体が揺れる。

「イッセンビカリグサの粘性がすっかり消えてる。上達したね」

「あなたが懲りずに飲んでくれたおかげよ」

レイラは言った。

微笑んでくれてもいいところだが、今のレイラは笑顔を見せない。

魔術祭本番まで、笑顔は劇の中だけと決めているようだ。

「いろいろと勉強になったわ。次の薬湯の足掛かりにもなった」

「それはよかった」

アルマークは微笑む。

「僕もきっと闇への耐性がついたと思う」

「そうだといいけど」

レイラは首をかしげた。

整った顔だけに、その表情の乏しさがまるで人形のように見える。

「レイラは徹底してるな。本当に劇のために笑わないんだな」

アルマークは言った。

「尊敬するよ」

「別に」

レイラは表情を変えない。

「必要だと思うことをやっているだけだから。あなたとネルソンの立ち合いもいいわね。動きがきれいで、泉の洞穴でのあなたを思い出すわ」

「ありがとう」

「その後のウェンディとの場面は少し物足りないけど」

レイラにまでウォリスと同じことを言われ、アルマークは肩を落とす。

「うん。そこの場面はうまくいかなくて。難しいんだ」

「あなたとウェンディならもっとうまくやると思ったわ」

「うん。僕もそう思っていた」

アルマークは苦笑いして頷く。

「でも、現実はそうでもなかったんだ」

「そう」

レイラは小さく頷く。

「人のことはよく分かるけれど、自分のことになると途端に分からなくなる。それはあなたも同じということね、アルマーク」

表情を変えないままでそんな厳しい指摘をしてくる。

「ああ、そうなのかもね。人にはいろいろと偉そうに言っていたかもしれないけど、僕にも分からないんだ、僕のことが」

アルマークが素直に認めると、レイラは首を振った。

「私も自分のことが見えていなかったけれど、あなたが教えてくれたわ。だからあなたにも、私が見えていることを教えてあげる」

レイラの切れ長の美しい目がアルマークを捉えた。

「王妃は、なぜ笑ったのかしら」

「え?」

アルマークは突然の質問に戸惑って、思わず聞き返した。

「なんだって?」

しかしレイラは構わず質問を続ける。

「デミガル王は、なぜ王妃の笑顔を見て侵略を取り止めたのかしら」

「それは」

アルマークは言いよどむ。

「王妃の笑顔が美しかったから、かな」

しかしレイラはそんな答えでは許してくれない。

「なぜ美しいと侵略をやめるの」

アルマークはすぐには答えられず、考える。

デミガル王の気持ちは、なんとなく分かる気がする。

だが、うまく言葉にできない。

諦めて首を振る。

「分からない。降参だ」

そう言って、レイラを見る。

「答えを教えてくれ」

「答えはないのよ」

レイラはさらりと言った。

「私も何故だろうと不思議に思って、キュリメの台本を何度も読み直したの。それで、やっと分かった。答えはないの」

「答えがないって」

アルマークはますます戸惑って、レイラの整った顔を見る。

「ごめん。どういうことかよく分からない」

「理屈ではないということよ」

レイラは言う。

「王妃の笑顔は心を映す鏡のようなものだから、それを見た人それぞれが感じることは違うの。王妃の笑顔を見てデミガル王は侵略を無益なことと感じたけれど、誰もがそう思うわけではないし、そこに理屈はないのよ」

「レイラ」

向こうでウォリスが呼んでいる。

「そろそろ出番だぞ。舞台袖に入ってくれ」

「ええ、今行くわ」

レイラはそう答えて、黙ったままのアルマークを見る。

「アルマーク、目や表情はとても雄弁なようだけど、それは鏡でもあるのよ。そこから全てを読み取ろうとしたって、本当のことはその人にしか分からない」

そして、袖に向かって歩き出しながら、最後に言った。

「きちんと分かり合うには、人は言葉に頼る必要があるのよ」

宴席の場面。

トルクの前で微笑むレイラは美しかった。

さっきまでの人形のような美しさとはまるで違う、生き生きとした美しさと気品、それに艶かしさまでがある。

毒気を抜かれて魅入られたように陶然とレイラを見つめるトルクの表情も、まるで演技ではないかのようだった。

けれどレイラの言うとおり、デミガル王がどう思って侵攻を取り止めたのか、それはデミガル王にしか分からない。

それについてデミガル王は劇中で何も語らないからだ。

見ている人はその感情を想像するしかない。

その想像が合っているかどうかは分からない。

人は言葉に頼る必要がある、か。

アルマークはレイラにもらった瓶の蓋を開けて、一息に薬湯を飲み干した。

初めて飲んだときとは比べ物にならないほど飲みやすくなっている。

レイラの努力の賜物だ。

僕は、自分の思いをいつも行動で示してきた。

でも、レイラの言うとおりかもしれない。

僕たちには言葉が必要なんだろうか。

空っぽの瓶を見る。

だが、まだその勇気は出なかった。

婚約している人がいるの。

ウェンディからそんな決定的な言葉を聞くのが怖かった。

アルマークの視線の先で、ウェンディがセラハと話しながら微笑んでいる。

ウェンディの穏やかな笑顔。

もしかするとあの笑顔が、もう二度と僕に向けられることがなくなるのかもしれない。

そう思うと、アルマークは踏み出すことができなかった。