軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手紙

アルマークが長剣を振るい、魔物たちがたちまちのうちに血の海に沈む。

闇の魔人ボラパを前にしての落ち着いた振る舞い。

追い詰められてからの、少し乱れた口調。

ボラパの首を一刀のもとに断ち切った、その常人離れしたすさまじい剣技。

ウェンディは夜の森で、アルマークの戦いぶりを見て、確信を持った。

この人だ。

夏の休暇。

冬の屋敷で、北の傭兵たちに襲撃されたとき。

外の警備員たちはほとんどが殺されてしまったけれど、屋敷内の使用人は誰も殺されなかった。

執事のウォードは、警備員たちがその命を犠牲にして傭兵を倒したのだと、そう言っていた。

けれど。

自分とそう変わらない、その小柄な背中。

穏やかな普段の姿とはまるで違う、目にも止まらぬ剣技で魔物を倒していくその姿を見て、ウェンディには分かった。

私を。

屋敷の使用人たちを。

救ってくれたのは、この人だ。

残忍で屈強な、あの北の傭兵たちを斬ったのは、この人だったんだ。

なぜ、アルマークがそのことを自分に隠しているのか、ウェンディには分からなかった。

ウォードはなぜ自分に嘘をついたのか。

死んでしまった警備員の家族への待遇を少しでも良くするため、という理由はもちろんあっただろう。

けれど、ウォードならそういった表向きの理由とは別に真実をそっと教えてくれるのが常だった。

お嬢様、これはお嬢様の胸のうちにお収めください。

そう付け加えながら。

だから、薬草狩りが終わってから、ウェンディはすぐに王都ガルエントルの屋敷にいるウォード宛に手紙を書いた。

ウォード、冬の屋敷での真相を教えて。

あの日、傭兵たちを斬って、私たちを助けてくれたのは、本当はアルマークなんでしょう?

ネルソンとノリシュがぶつかった日。

寮に帰ると、ウォードからの手紙が届いていた。

『ウェンディお嬢様は聡明な方ですから、いずれお気付きになるものと思っておりました』

手紙にはそう書かれていた。

『ご推察のとおり、屋敷を襲撃した傭兵どもを斬り伏せたのは、全てアルマーク殿でございます』

部屋で一人、その手紙を読んだウェンディは、やっぱり、と思った。

アルマークが私たちを助けてくれたんだ。

ウェンディは、夜の森でのアルマークの頼もしい背中を思い出す。

自分の肩を掴んだ、硬い手のひらも。

あの時も同じような背中だったのだろうか。

屋敷でいつかのように魔力が暴走して自分が倒れた後、アルマークが命を懸けて守ってくれたのだと思うと、心の底がじんわりと暖かくなった。

『モーゲン殿も、魔法を使ってアルマーク殿を補佐されたと伺っています』

その文章に、ウェンディは思わず頬を緩めて、ふふ、と笑う。

一生懸命杖を構えるモーゲンの姿が目に浮かぶようだった。

ありがとう、モーゲン。

でも、二人とも、水くさい。

どうして私に話してくれなかったんだろう。

しかし、暖かい気持ちで読み進められたのはそこまでだった。

その後に続く文章を読んで、ウェンディの表情は凍りついた。

『このことをウェンディお嬢様にはご内密に、とおっしゃったのはアルマーク殿でございます。アルマーク殿は、自分が傭兵を斬ったこと、そして自らも北の傭兵の息子であるということをお嬢様に知られるのを大変恐れておいででした』

えっ。

一瞬、目の前が真っ暗になる。

どういうこと。

手紙の文字がぶれる。

アルマークが、北の傭兵の息子。

そして、私にそれを知られることを恐れているって。

『私のせいなのです』

ウォードはそう綴っていた。

『私が軽はずみに、南の人間にとってはあなたの強さは恐ろしい、などと言ってしまったせいで、アルマーク殿はひどく気に病んだのでございます。お嬢様に、襲撃してきた傭兵どもと自分が同列視されるのではないかと』

ウェンディが北の傭兵という存在を憎んでいたのは事実だった。

幼い頃、姉と慕ったティリアを奪ったのも、今回襲撃してきてたくさんの使用人を殺害したのも、いずれも北の傭兵たちだった。

戦を生業とし、時に勇猛果敢、時に残虐非道。人の命を金で量り、心ある人からは蛇蠍のごとく忌み嫌われている。

学院に来る前に、家庭教師にそんな風に教えてもらったことがあった。

それは間違いないと思っていた。

その背後にどんな存在がいるにせよ、ウェンディの身近な人を直接手にかけてきたのは、いつも北の傭兵と呼ばれる男たちだったからだ。

けれど、今はそんなことはどうでもよかった。

アルマークが本当は北の傭兵の息子。

それは確かに意外な事実だ。

けれどそんなことで、ウェンディのアルマークへの気持ちが変わるわけはなかった。

何度も命の危機をともに乗り越えて、二人の間には強い絆があるとウェンディは信じていた。

アルマークは、アルマークだ。

そう思った。

しかしその時、ウェンディの心を占めていたのは、それではなかった。

自分はアルマークの前で一体何を言ってしまっただろうか。

ウェンディが思ったのはそれだった。

アルマークが北の傭兵の息子であることも知らず、エルデインとの戦い方がまるで北の傭兵みたいだったと言ったフィッケを強い言葉でたしなめたのではなかったか。

傭兵だなんてアルマークに失礼だと。

失礼なのは自分の方だった。

失礼なんてものじゃない。とんでもないことを言ってしまった。

それ以外にも、自分が気付かないところで何か言ってしまっているかもしれない。いや、きっと言っている。

どうしよう。

ウェンディは途方に暮れた。

謝らなきゃ。

知らずにとはいえ、ひどいことを言って傷つけてしまったアルマークに、早く謝らないと。

本当はもっと早くに気付くべきだった。

気付くことのできる場面は何度もあった。

いくら北の人間だからって、普通の人があんなに剣が上手いわけはない。

演奏会でアルマークが涙した北の曲の名前だって、「草原の傭兵」だった。

言われてみれば、いつものウェンディならばとっくに気付けたはずだ。

でも、気付けなかった。

心のどこかに、アルマークが傭兵であってほしくないという気持ちがあったのかもしれない。

だから、無意識にそういう結論を避けていたのかもしれない。

とにかく、謝らなきゃ。

許してもらえるか分からないけれど。

そう思ったウェンディの目に、ウォードの次の文章が飛び込んできた。

『アルマーク殿は、お嬢様に自分が北の傭兵の息子であると知られることを望んでおられません。けれど、聡明なお嬢様であれば、アルマーク殿のお気持ちは分かっていただけると思います。いつかアルマーク殿がご自身の口から言い出されるまで、どうかこの件はご内密に』

ウェンディは泣きたくなった。

ウォード、何言ってるの。

私、もう取り返しのつかないこと言っちゃったんだよ。

知らない振りなんてできないよ。

けれど、その一文はまるで呪いのようにウェンディの心に刻み込まれた。

アルマーク殿は、お嬢様に自分が北の傭兵の息子であると知られることを望んでおられません。

自分がアルマークに謝るということは、アルマークが北の傭兵だと自分が知ってしまったということ。

それを、アルマークは望んでいない。

ということは、私の謝罪はかえってアルマークを傷つけるのだろうか。

聡明なお嬢様であれば、アルマーク殿のお気持ちは分かっていただけると思います。

ウォード、分からないよ。もっとちゃんと書いてよ。

私、ちっとも聡明じゃないよ。アルマークの気持ちが分からない。

私がアルマークのことを、襲撃してきた傭兵たちと一緒になんて考えるわけないのに。

私だって聡明じゃないけど、そこまでバカでもない。

でも、アルマークにはそれが嫌なんだろうか。

私に、自分が傭兵の息子だと知られることが。

きっとアルマークは傭兵という出自に誇りを持っている。

私はそれを傷つけてしまった。

そんな私が、彼が傭兵の息子だったと知ることは、彼を二重に傷つけることになるのだろうか。

アルマークが、あんなに勇敢なアルマークが、私にそれを知られることをそんなに恐れているのだろうか。

ウェンディの頭の中はぐちゃぐちゃに混乱してしまった。

それでも翌日、ウェンディは何でもない風を装おうとした。

アルマークと今まで通り、普通に会話しようとしたのだ。

でも、ダメだった。

長く話そうとすると、目が潤んでくるのが自分でも分かる。

アルマークが今まで一体どんな気持ちで自分の出自を隠してきたのか。

それを考えると、申し訳なくて、悲しくて、泣きそうになってしまうのだ。

いけない。これでは様子がおかしいとアルマークに気付かれてしまう。

それで、ウェンディは極力アルマークと目を合わせないようにした。

劇の練習など論外だった。

今、この状態でアルマークとの別れの場面など演じたら、どんなことになるか想像もつかない。

じきにアルマークのほうでも何か察したようで、あまり積極的にウェンディに話しかけてこなくなった。

二人の間は徐々にギクシャクしていった。

これではいけない。こんなのは嫌だ。

そう思うのだけれど、アルマークとはもううまく目も合わせられない。

変に意識してしまって、前のように自然に会話ができない。

あれ、私、アルマークとどんな風に会話してたんだっけ……。

そんな風に思うくらいに、二人の間には溝ができてしまっていた。

講堂の舞台で久しぶりにアルマークと見つめあった時、ウェンディは堪えきれず涙をこぼしてしまった。

きっとアルマークには変だと思われている。

でも、もうどうしていいのか自分では分からなかった。

それでも、魔術祭の日は着実に近付いてくる。

劇の中で、二人が永遠に別れなければならない日が。