軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博士の助言

その日は結局、ネルソンもノリシュも、付き添ったウェンディも戻ってこなかった。

一人教室に戻ったアルマークは、レイドーにどうだったか尋ねられ、首を捻って

「どうだろう。言うことは言ったつもりだけど」

と答えた。

レイドーは軽く頷き、

「なら、待つしかないね」

と言うと、あとはもう何も聞かなかった。

翌日、アルマークが朝早くに教室で一人、劇の台詞の練習をしていると、バイヤーが顔を出した。

「誰かと思ったらアルマークか」

バイヤーは高い声でそう言って、にやりと笑う。

「こんな時間から劇の秘密特訓かい」

「まあね」

アルマークは頷いて台本を机に置く。

「僕は、ほら。補習であまり練習時間がないものだから」

「ああ」

バイヤーは頷く。

「そういえばそうだね」

その手に握られている物を見て、アルマークは微笑む。

「そう言う君は、朝から薬草狩りかい」

「そうだよ」

バイヤーは寒さで縮こまったような葉っぱを大事そうに机に並べる。

全部で三枚。

「モゼンナミグサだね」

アルマークが言うと、バイヤーは嬉しそうに頷く。

「よく分かったね。まだ授業には出てきてないのに。アルマークは勉強家だな」

「たまたま本で読んだんだ」

アルマークはそう言って一枚を手に取る。

「変わった形だから、覚えていた」

「モゼンナミグサはこの時期に冬越しの力を蓄えるんだ」

バイヤーが言う。

「葉が縮こまっているのは、中に薬効成分が凝縮している証拠さ。なかなか見付からないんだけど、今日は三枚も見付かった」

「そうか、よかったね」

アルマークはバイヤーがまた大事そうに薬草をしまいこむのを見て、ふと尋ねる。

「君はもう劇の台詞は覚えたのかい」

「そうだね、だいたいは」

バイヤーは頷いて、にやりと笑う。

「おいらは腹が減った! まずは食い物を持ってこい、センネンダケの焼いたのが食いたいぞ!」

「森の味覚採集だね」

アルマークは頷く。

精霊王ウォリスから、騎士ネルソンの試練の手助けをするよう命じられた精霊バイヤーは、手助けをするどころかわがままし放題で一行を困らせる。

自分が食べたいからと、森の中のおいしいものを次から次へと集めさせるのだ。

モーゲンの提案した森の味覚採集物語を、キュリメが取り入れてくれた場面だ。

「練習を見たよ。モーゲンとの息はぴったりだね」

「まあね」

バイヤーは頷く。

「森の植物の名前なら迷わないからね。僕もモーゲンも」

「興味のある方向は違うんだろうけどね」

「そう。僕は薬草、モーゲンは味」

笑ってそう言った後で、バイヤーはアルマークの台本を手に取る。

「君の役って、わざわざ一人で練習するほど台詞があったっけ」

そう言いながらぱらぱらと台本をめくる。

「まあそんなに多くはないね」

アルマークが答えると、バイヤーはそれには反応せず、机に寄りかかって台本を読み始めた。

しばらくして、アルマークをちらりと見て、

「あ、僕のことは気にせず練習を続けてよ」

と言う。

「それとも僕がいるとやりづらいかい。それなら外すけど」

「いや。構わないよ」

正直なところ、バイヤーがいるとやりづらいことは間違いないが、本番は大勢の観客の前で演じるのだ。たった一人の前で恥ずかしがっている場合ではない。

アルマークは壁際に立って、小道具の剣を構えると、バイヤーが来る前の続きから練習を再開する。

「騎士よ、来るがいい。魂は死んでも身体は動くぞ。昔と寸分変わらずな」

その台詞に、バイヤーが台本から顔を上げてアルマークを見る。

アルマークは台詞を言い、ネルソンの動きを想定して立ち回りを演じながら、その合間にまた台詞を挟む。

バイヤーは黙ってそれを見ていたが、やがて台本を閉じて腕組みをすると、アルマークの動きを真剣に眺め始めた。

アルマークはその視線を感じながら、剣を振るって立ち回りを演じる。

やがて、アルマークは騎士の剣を胸に受ける。

アルマークが床に膝をつくのをバイヤーは黙って見つめていたが、そこでアルマークが演技をやめて立ち上がるのを見て、驚いたように腕組みを解いた。

「え、そこでやめちゃうのかい」

「ああ、うん」

アルマークは頷く。

「この先はウェンディがいないとできないから」

「ふうん」

バイヤーは不思議そうに頷くと、寄りかかっていた机から身体を起こす。

「少しいいかな」

「いいよ」

アルマークが頷くと、バイヤーは怪訝そうな顔で口を開いた。

「君も知っての通り、僕は武術はからっきしだから、そのせいもあるのかもしれないけど」

武術大会では、欠席したウォリスを除けば2組の男子で唯一の補欠だったバイヤーは、自分のことを卑下している風でもなく、そう言う。

「今の君の立ち回りは凄いなと思ったよ。僕なんかどんなに練習しても一生無理だろうし、他の誰がやってもあんなに迫力は出ないと思う。それに、まるでそこにネルソンがいて二人で戦っているみたいに見えた」

「ありがとう」

「台詞はもちろんちょっと固いけど、動きが凄すぎて全然気にならない」

「そうかな」

「でも、相手がいなくても台詞を喋りながらあれだけの動きができるんだから」

バイヤーは不思議そうに言った。

「最後の場面だって一人で練習すればいいじゃないか」

「いや、それは」

アルマークが困った顔をするのに構わず、バイヤーは不思議そうな顔のままで続ける。

「この君の台本だって、立ち回りの場面よりもウェンディとの場面の方がよっぽど何度も読み込まれてるじゃないか。なのにそこは練習しないのかい」

「そこは、まあ」

「というか、一番最後の場面なんて台本には何も書いてないも同然なのに、何でこのページだけこんなに汚れてるんだい。こんなところ開いたってしょうがないじゃないか。それとも僕に見えない文字で書かれてるのかな」

「いや、その」

「はっきり言うけど、さっき君が練習していたところなんて、もう練習する必要はないよ。あれ以上動きを滑らかにしたら逆にネルソンが付いていけないだろうからね。わざわざ練習するなら、絶対にウェンディとの掛け合いの場面さ。君の得意な動きでカバーできないんだから。なのにどうしてそこを省略するのかな」

何も言えなくなったアルマークを見て、バイヤーは初めて気が付いた顔をする。

「あ、ごめん。僕は疑問に思うと我慢できなくなるたちだから」

「いや」

アルマークは首を振った。

「君の言葉は全部正しい。立ち回りは僕の得意分野だけど、ウェンディとの最後の場面はどうしていいかまだ分からないんだ」

素直にそう言うと、バイヤーは、ああ、と納得したように頷く。

「まだどうするか決まってないから、悩んでるってことかい」

「そうなんだ」

「そうか。大変だね」

バイヤーは言った。

「僕には剣士の気持ちなんか分からないけど、君はまるで剣士みたいな人だから余計に悩むんだろうね」

「バイヤーは、演技はどうしてるんだい」

「僕?」

バイヤーは笑う。

「僕の場面は誰が演出をすると思ってるのさ。レイラだよ、レイラ。僕は間違えないように台詞を言いさえすれば、あとはレイラが演出でどうとでもしてくれるよ」

「さすがだな」

アルマークは首を振る。

「僕はとてもそんな風に割り切れない」

「君は真面目だからな」

バイヤーは首を振ると、諭すように言う。

「いいかい、アルマーク。薬草だって、今日はいっぱい摘もうなんて思ったらかえって見付からないものさ。演技だって同じことだろ。変にうまくやろうと思うからうまい考えが浮かばないんだ。無心でその時の気持ちに従えば、ほら」

バイヤーはまた3枚のモゼンナミグサを取り出して、アルマークの目の前で振って見せた。

「こんな具合にいいものが見付かるのさ」