作品タイトル不明
変化
その日の放課後から、ネルソンとノリシュは普通に練習を再開した。
表面上は昨日までと同様、相変わらずちょくちょく言い合いをしていたが、事情を知る者から見れば、お互いにどこまで踏み込んでいいか迷っているように見えた。
ネルソンの騎士ぶりは少し抑え目になっていたし、ノリシュにもネルソンの一挙一動をじっと見る素振りがうかがえた。
補習を終えて教室に顔を出したアルマークは、ウェンディから二人の様子を聞いて、頷く。
「そうか。あの二人ならあとは大丈夫だね」
「うん」
ウェンディは穏やかに微笑む。
「私もそう思う」
さあ、後は僕たちのやり取りをしっかりと固めないと。
そう思っていたアルマークだったが、翌日から思わぬことが起きた。
理由は分からないが、ウェンディがそれとなくアルマークを避けるようになったのだ。
アルマークに対して嫌悪感を見せる、とかそういうことではない。
アルマークが話しかければ、いつものように優しく対応してくれる。
けれど、その対応が昨日までとどこか違っていた。
いつもウェンディと話していて感じた、「分かってくれている気がする」「心が通じあっているような気がする」感覚がなくなり、なんだか薄い布越しに喋っているようなもどかしさがあった。
アルマークからは、ウェンディはまるで彼と距離を置きたがっているように見えた。
事実、彼女のほうからアルマークに話しかけてくる回数はめっきり減った。
最初は自分の気のせいだろうと思っていたアルマークだったが、その日から二日連続で、衣装作りを理由に劇の練習を断られたことで、急に心がそわそわと落ち着かなくなった。
僕は、ウェンディに嫌われたんだろうか。
自分の最近の言動を思い返してみる。
泉の洞穴での冒険の後の演奏会。
その帰り道での約束。
夜の薬草狩りでの闇との戦い。
それから劇の練習に至るまでのウェンディとのやり取り。
アルマークには、そうした一連の事件の中でウェンディとの信頼関係を今まで以上に強めてきたという自負があった。
だが、ウェンディの今の態度を見ていると、逆にそのどれもがウェンディに嫌われた原因であるようにも思えてきた。
彼女の変化がどういうことなのか聞くこともできず、もちろん自分では理由も分からず、アルマークは道具作りで何度も小さなミスをしてモーゲンに叱られた。
その翌日になればウェンディの態度は元通りになっていて、昨日まで一体どうしたのさ、びっくりしたよ、と軽く聞けるのではないかというアルマークの淡い期待は、翌朝、やはり脆くも砕かれた。
朝、教室でアルマークに挨拶されたウェンディは「おはよう」と言った後、すぐに目をそらした。
アルマークが何か話しかけても、二言三言で会話が終わってしまう。
怒っている、ということではない気がする。
アルマークにもそれは分かった。
ただ、ウェンディはアルマークから離れたがっている。
そう感じた。
しかし、あまりにも急だ。
自分には女の子の気持ちは分からない、という変な自信を持っているアルマークには、ウェンディのこの変化は全く理解できないものだった。
ウェンディが自分以外の男子、ウォリスやレイドーといつも通りに接しているのを見ると、それだけで胸がざわつき、なんだか悲しい気持ちになった。
その日の放課後も、それとなく劇の練習を断られたアルマークは、帰り道でモーゲンにそのことを相談した。
「僕はウェンディに嫌われてしまったみたいだ」
その言葉にモーゲンが不思議そうな顔をする。
「君がウェンディに?」
「うん」
アルマークがしょんぼり頷くと、モーゲンは首をかしげる。
「どうして、そんな風に思うんだい」
アルマークは一昨日からのウェンディの態度についてモーゲンに話して聞かせた。
モーゲンは釈然としない顔のままで、ふうん、と相槌を打つ。
「僕にはそんな風には見えなかったけどな。確かにいつもの君たちよりは会話が少ないような気はしたけど」
「僕にとっては、もう天と地の差に感じるんだ」
そう言って肩を落とすアルマークを、モーゲンは珍しいものを見るような顔で見た。
「そんなに気にすることもないと思うけどなぁ。ウェンディがアルマークのことを嫌いになるなんてありえないよ」
モーゲンはそう言った後で、思い出したように、あ、でも、と言う。
「前にレイドーが、恋は早い者勝ちだからのんびりしてると誰かに取られちゃう、とかなんとか言ってたよね。よく分からないけど、そういうこともあるのかな」
「誰かに」
アルマークがモーゲンの顔を見る。
「そんな悲しい顔で僕を見られても。ウェンディに限って、そんなことはないと思うけど」
モーゲンは困ったようにそう答える。
「だって、まだ3日かそこらの話でしょ? ウェンディも最近、あまりおいしいものが食べられてないのかもしれないよ」
「……」
モーゲンは、アルマークの表情を見て、
「あ、僕に相談するんじゃなかったって思ってるでしょ。まあ確かに僕には女の子の気持ちは分からないからね」
と言って苦笑いする。
「直接ウェンディに聞いてみたら?」
「それは僕も考えたんだけど」
アルマークはうつむく。
「怖くて」
「君は本当にウェンディのことになると」
モーゲンはそう言って笑う。
「笑い事じゃないよ」
「ごめんごめん」
モーゲンは笑いを引っ込める。
「女の子の気持ちが知りたいなら、女子に聞いてみたら? ノリシュとかリルティとか。あんな台本が書けるんだから、キュリメもいいかもしれないよ」
「女子か」
アルマークが怯んだ顔をする。
「アルマーク、君はいつも」
モーゲンは呆れ顔で言った。
「レイラにだってトルクにだって平気で話しかけるじゃないか。闇の魔物とも北の傭兵とも一人で斬り結ぶ君が、そんなことも聞けないのかい」
「怖さの部類が違う気がする」
アルマークは小さな声で言う。
「自分でも情けないとは思うよ」
「男子ならどうだい。うちのクラスで女子の気持ちが分かりそうなのは、レイドーとかウォリスあたりかな」
「レイドーか」
アルマークの顔に少しだけ元気が戻る。
「レイドーに聞いてみようかな」
「うん。そうしなよ」
モーゲンは頷く。
「間違ってもトルクとかに聞いちゃダメだよ。絶対ろくなことを言わないから」
「そうだね。トルクには女子の気持ちは分からない気がする」
アルマークも頷く。
「寮に帰ったら、レイドーに聞いてみるよ。ありがとう、モーゲン」
「どういたしまして」
モーゲンはアルマークの肩を、いつもアルマークがそうするように優しく叩いた。
「おいしいものを食べたくなったら、いつでも僕に相談してよ。ちゃんと食べれば大抵のことは何とかなるよ」
寮の階段を上がったところでモーゲンと別れて、自分の部屋に戻ろうとしたアルマークは、不意に後ろから呼び止められた。
「お前、何か悩んでるな」
「……分かるのかい」
思わず認めてしまった。
「やっぱりな」
トルクがにやりと笑った。
「話してみろよ」