作品タイトル不明
戦い
森に散らばっている学生たちに指示を伝えたあと、イルミスはあらためて森の奥を見やった。
「さて、大きな闇が二つ。さすがに私一人でいっぺんには無理か」
それから、フィーアを振り返る。
「フィーア先生、一つずつでどうですか」
「そうですね」
フィーアが頷く。
「分かりました」
「助かります」
イルミスは薄く笑う。
「私が大きい方を受け持ちますので」
「そうしていただけると私も助かります」
そう言ってフィーアも微笑む。
「えっ」
アルマークが二人の顔を交互に見る。
「どういうことですか」
「尋ねるほどのことかね」
イルミスが苦笑する。
「魔物が凶暴化しているのは、間違いなくあの二つの闇の影響だからな。それを断てば大半の魔物はおとなしくなるだろう」
「ええと、それはつまり」
モーゲンが口を挟む。
「先生たちが闇の魔物を倒すということですか」
「他に何が考えられるんだ」
イルミスが呆れ顔で言う。
「まさか自分たちで戦おうとでも思ったのか」
「そのつもりでした」
頷くアルマークを見て、イルミスは顔をしかめる。
「君たちは今日、もう十分に戦った。ラドマールの闇を払ってくれただけでも大したものだ」
「でも」
アルマークは言い募る。
「先生、これは僕を狙った罠です」
「君を狙った罠だからといって」
イルミスが淡々と答える。
「君が毎回律儀にその罠にかかってやる必要はあるまい」
「それは、そうですが」
アルマークはウェンディと顔を見合わせる。
「あの、イルミス先生は大丈夫かもしれませんけど」
ウェンディが口を開く。
「それなら、フィーア先生のお手伝いをさせてください」
「うん。賛成」
モーゲンも頷く。
「僕たちも戦います。フィーア先生が心配だ。僕たち、足手まといにはなりません」
「モーゲンの言うとおりです」
アルマークも頷く。
「戦わせてください」
「そうか。なるほど」
イルミスは薄く笑って頷く。
「だ、そうですよ。フィーア先生」
フィーアはアルマークたちの顔を見て、困ったように微笑む。
「みんなありがとう。気持ちは嬉しいのだけど」
フィーアの杖が、ぼんやりと青く光っていた。
「みんなと一緒だと、巻き込んでしまってもいけないから」
「え?」
モーゲンが間の抜けた声をあげる。
「巻き込む?」
「フィーア先生は私よりだいぶ後輩だが」
イルミスがフィーアの言葉を補足する。
「氷のフィーア、といえばその当時から有名だった。武勇伝には事欠かないのだが……先生は君たちにそういう話をしないのかね」
「初耳です」
アルマークが驚いてフィーアを見ると、フィーアは決まり悪そうに首を振る。
「ごめんなさい。みんなが足手まといとかそういうことではなくて、私の場合一人の方がやりやすいの。イルミス先生、それじゃ先に行きますね。みんなも急いで帰ってね」
フィーアがそれだけ言って杖を振ると、その身体は一陣の風とともに消えた。
「そういうことだ」
イルミスが低く笑う。
「君たちの気持ちは嬉しいが、先生の心配はいらない」
それでも何か言いたそうなアルマークを見て、イルミスは表情を和らげた。
「君も、たまには大人に任せたまえ。さて、私もたまには教師らしいことをしよう」
「そんな。先生はいつも」
なおも言いかけるアルマークを手で制す。
「時間がない。お喋りはここまでだ」
「……はい」
アルマークが渋々頷くのをイルミスは優しい目で見下ろした。
「森から魔物が出てきたら始末するよう、セリアに頼んでおく。おそらく、君たちのグループが一番校舎から遠い位置にいる。急いで帰りたまえ」
君たちの心配はしていないが、と言ってアルマークの後ろに立つウェンディとモーゲンを見る。
「すまないが、もうラドマールを連れて帰る余裕もない。2年生を頼むぞ。戦うと言うなら戦ってもらおう。だが、2年生を校舎まで責任を持って送り届けることこそが君たちの戦いだ。できるね」
「はい」
二人が頷く。
イルミスはアルマークに目を戻す。
「分かりました」
アルマークも頷いた。
「ザップたちは必ず無事に送り届けます。イルミス先生、僕が言うことではないかもしれませんが、闇の魔物は強いです。どうかお気をつけて」
「ありがとう。君たちも気を付けたまえ。ウェンディ、モーゲン」
イルミスは二人の顔を見た。
「アルマークを頼む」
いつになく真剣な目に見えた。
「はい」
二人が返事するのと同時に、イルミスの足元から風が沸き起こり、その姿は消えた。
「ごめん、待たせたね」
アルマークは、イルミスたちとの会話が終わるのを少し離れたところで待っていた2年生3人に歩み寄った。
「さあ帰ろう。大丈夫、僕たちがいるからね」
「うん」
アルマークの言葉にザップが頷く。
「僕、怖くないよ。アルマークたちがいるから」
「ありがとう、ザップ。……ウェンディ」
アルマークはウェンディを振り返った。
「飛び足の術を、3人に」
「うん。分かってる」
ウェンディはすでに布を手に持っていた。
「さすが」
「言うと思ったから」
ウェンディは微笑んで、2年生たちに声をかける。
「もう実習は終わりって先生も言ってたから、自力で頑張るのも終わり。みんな頑張ったね。あとは急いで帰ろう。さあ順番に足を出して」
ウェンディに優しく促され、フィタとザップがそれぞれ布の上に足を出す。
ウェンディが魔法をかけると、二人はその効果に目を輝かせた。
「足が軽い」
「まるでこれから歩き始めるみたいだ」
「よかった」
ウェンディは微笑む。
「さあラドマール。次はあなたよ」
しかし、ラドマールは硬い表情で首を振る。
「僕はもうかけてもらった」
「最初の魔法の効き目はもう切れてるわ」
ウェンディはそう言って、有無を言わさずラドマールの足を掴む。
「なっ、何をする」
「ごちゃごちゃ言わないの。モーゲン、お願い」
「お任せあれ」
モーゲンが後ろから、逃れようとするラドマールをがっしりと捕まえた。
「こら、僕に触るな」
「いいから、いいから」
モーゲンが笑顔で言い、その間にウェンディがさっさと魔法をかける。
「どう?」
笑顔のウェンディに顔を覗き込まれ、ラドマールは悔しそうに答えた。
「足が、軽くなったっ……」
「なんで悔しそうなの」
ウェンディが笑い、全員がつられて笑う。
「よし。みんな行こう」
あらためてアルマークが声をかけた。
「モーゲン、先頭を頼むよ。ウェンディの魔法の効果があるから、ペースは速くて構わない」
「分かった」
「僕が一番後ろにつく。ウェンディ、真ん中でみんなを見てくれ」
「うん」
ウェンディが頷く。
「よし、それじゃ急ごう」
そう言って歩き始めようとした時、ラドマールが不意にアルマークの背中の荷物を掴んだ。
「自分の分は自分で背負う」
「大丈夫かい」
アルマークは心配そうにラドマールの顔を見た。
「行けるところまで行く」
ラドマールはそう言って顎をそらせた。
その答えに、アルマークは少し意外な顔をしたが、すぐに微笑む。
「そうか。君が倒れたら僕が背負ってやるよ」
そう言って、ラドマールに荷物を手渡した。