作品タイトル不明
もう一度
先頭を歩くモーゲンの掲げる杖の先に点る灯りを頼りに、アルマークたち一行は帰路を急いだ。
飛び足の術を掛けてもらったザップとフィタは元気一杯で、時折モーゲンを追い抜かしそうになる。
「これなら僕も、ウェンディに飛び足の術を掛けてもらうんだったよ」
モーゲンがそうぼやいて苦笑いする。
「だって、本当に足が軽いんだ」
ザップはまるでスキップでもし出しかねない勢いだ。
「私も来年、あの布を持ってくる」
フィタがそう言ってウェンディを振り返る。
「帰ったらやり方を教えてね」
「ええ、もちろん。魔法を習うのは3年生になってからだけど」
ウェンディはそう言って微笑む。
「今からでも布の縫い方なら教えてあげられるわ」
「うん。約束ね」
フィタは嬉しそうに言った。
「ラドマールは大丈夫?」
ウェンディに尋ねられて、ラドマールは無愛想に頷く。
さすがにザップたちほどの余裕はないようだが、それでも遅れることなく歩いている。
心のあり方が変わったからなのか、歩く足にしっかりと力がこもっているように見えた。
「無理はしないでね。でも行けるところまで行きましょう」
「分かっている」
ラドマールは答えた。
最後尾で時折思い出したように後ろを振り返るアルマークを、ウェンディがちらりと見る。
「やっぱり先生たちのこと、気になる?」
「ああ、うん」
アルマークは曖昧に頷く。
「先生たちなら大丈夫だと頭では分かってるつもりなんだけど」
そう言って恥ずかしそうに自分の右手を撫でる。
「僕の性分なんだと思う。人に任せきることができない」
その顔に暗い翳が差す。
「アルマーク、もしあなたがこのことに責任を感じているのなら」
ウェンディはそう言って気遣わしそうにアルマークの顔を見る。
「そんな必要はないのよ。あなたのせいでもなんでもない」
「ありがとう」
アルマークは微笑んでうつむく。
「時々、君は僕の心を読んでいるのかと思う」
「まさか」
ウェンディは小さく笑う。
「読めたらいいのに、と思うことはあるけど」
「ダメだよ。僕の心は読まないでくれ」
アルマークは笑いを含んだ声で答える。
「いろいろと困るんだ」
イルミスたちと別れてから、かなりの早足でだいぶ歩いた頃だった。
「ここまで来れば、あと半分くらいかな」
モーゲンがそう言って振り返った。
「そうだね」
アルマークは頷く。
「みんな、あと少しだ。頑張ろう」
そう言って2年生の様子を見る。
ザップとフィタは相変わらず元気だ。
ラドマールは……
「どうした、ラドマール」
歩きながら、時折きょろきょろと森の中を見回しているラドマールに、アルマークが声をかける。
「何か気になるのかい」
「この道は……」
ラドマールは言い掛けて、すぐに首を振った。
「いや」
顔をしかめて前に向き直る。
「別に何でもない」
「そうか」
アルマークは頷く。
「何かあったら遠慮せずに言ってくれ」
そう言ったときだった。
突然、右手がざわり、と総毛立った。
アルマークは、はっと後ろを振り返った。
ぴー……
その音を、アルマークは信じられない思いで聞いた。
そんなバカな。
どうして、また魔笛が鳴るんだ。
しかも、僕たちの後ろからではなく。
「今の音って」
モーゲンがアルマークを振り返る。
「どうして」
ウェンディもアルマークを見た。
「どうして、あの音が私たちの前からするの」
「みんな、僕の後ろへ」
アルマークは言いながら、モーゲンを追い越して先頭にたった。
モーゲンの杖の先で灯りが頼りなく揺れる。
最初の魔笛は、森の奥から鳴り響いた。
だから、先生たちがそこから現れた闇のもとへ向かったのだ。
だが、今のこの音は。
アルマークは躊躇わず剣を抜いた。
僕たちの前から聞こえた。
つまり。
帰り道を、ふさがれた。
こんなことは北でもなかった。
魔笛が鳴るのはいつも一回だった。
そこから、闇の魔物どもが際限なく沸き出してくることはあったが、鳴るのはいつも森の奥からだった。
二回目だって?
それも、こんなに森が浅くなってから?
不意に一陣の風がアルマークたちの間を吹き抜けた。
生ぬるい風。
そしてそこに混じる、腐臭。
と同時に、森のあちこちで茂みが揺れた。
くそ。いくつだ。
アルマークは瞬時に感覚を研ぎ澄ます。
大丈夫。
自分に言い聞かせる。
これは、まだ大したやつらじゃない。
三つか。いや、四つだ。
アルマークたちの前方の茂みから、見覚えのある魔物が飛び出してきた。
茶色い毛に覆われたずんぐりとした体躯。闇に光る単眼と長い爪。
ジャラノンだ。
「出た!」
ザップが悲鳴をあげる。
その悲鳴に呼応するかのように、さらに二体。
そしてその後ろから、しなやかな身体をくねらせてのしのしと歩いてくる、黒ずんだ長い体毛の獣。
その爪と牙が時折モーゲンの灯りに照らされてぎらりと光る。
この森には、こいつもいるのか。
アルマークは心の中で舌打ちする。
魔獣モルド。
「こんなにたくさん……!」
フィタが絶望的な声をあげる。
アルマークは素早く周囲を確認した。
とりあえずは、この四体。
いずれの魔物も背中に黒い霧のようなものを纏っている。
闇に侵されているのだ。
つまり、こいつらを連れてきた闇の魔物が、まだいる。
それに、さっきの感じ。
他の方向へも魔物が散らばったのではないか。
アルマークの脳裏をクラスメイトたちの顔がよぎる。
「みんな、落ち着いて」
アルマークの後ろでモーゲンが声をあげた。
「大丈夫だよ、僕たちがいるから」
その声が震えていた。
無理もない。モーゲンは魔物と出会うのは初めてのはずだ。
アルマークは心の中の懸念を振り払う。
ウォリス。レイラ。トルク。ネルソン。レイドー。みんながいる。大丈夫、僕の心配は不要だ。
僕は、今、僕にできることをやる。
「ウェンディ、モーゲン、みんなを頼む」
アルマークは振り返らずに言った。
「援護するわ」
ウェンディの声に首を振る。
「まだいい。本命は別にいる」
大事な魔力をこんなところで使ってもらうわけにはいかない。
この程度なら、僕の剣一本で十分だ。
アルマークは長い旅の間、自分の命を常に守ってくれた相棒を握る手に力を込める。
短く息を吸う。
それで、気持ちを入れ替える。
「力は温存しておいてくれ」
そう言いざま、アルマークは疾駆した。