作品タイトル不明
いたずら
イルミスが、黒い小箱を手に取った。
「ふむ」
目を細めて、箱の表面を注視する。
「これでは闇の力を感じないわけだ。純度の高いグレイル黒銅が使われている」
「なんですか、それ」
アルマークの質問に、イルミスは箱をこつこつと叩く。
「闇への耐性と遮断性の極めて高い金属の一つだ。なかなかお目にかかれるものではない。君も覚えておくといい」
「グレイル黒銅、ですか」
アルマークも覗き込む。
「さて」
しばらくアルマークに箱を自由に見せた後、イルミスは手を叩いた。
「全員集合」
神妙な顔で全員がイルミスの前に集まる。
フィーアは彼らの一番後ろからついてきて、それを見守る。
「ラドマールの件について、私とフィーア先生に何か言うべきことはないかね」
イルミスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、モーゲンが叫んだ。
「嘘ついてすみませんでした!」
そのあまりの早さに、アルマークが呆気にとられて振り返る。
「ほら、アルマークとウェンディも早く! 謝罪と朝露摘みは早ければ早い方がいいんだよ」
モーゲンに促され、アルマークとウェンディも頭を下げる。
「嘘をついてすみませんでした」
それからアルマークが付け加える。
「嘘をつこうと持ちかけたのも、2年生に黙っているよう頼んだのも僕です」
「そうか」
イルミスが頷く。
「先生、でも私もすぐに賛成したんです」
「僕もです」
慌ててウェンディとモーゲンも声をあげる。
「もういい。庇うのはラドマールだけで十分だ」
イルミスはそう言って3人を黙らせると、その後ろで黙っているザップとフィタに目を向ける。
「ザップ。フィタ。3年生の言っていることは本当かね」
イルミスに問い質され、二人はお互いに顔を見合わせて、どうしようかともじもじしていたが、後ろからフィーアに優しく「言っていいのよ」と促され、ようやくザップが口を開いた。
「あの、3年生はみんな優しかったです。ラドマールがおかしくなっちゃってからも、ずっと優しかったです」
それにフィタが頷く。
「危ないこともあったけど、ずっと私たちの面倒を見てくれました」
「そうか」
イルミスは頷く。
ザップとフィタは、口に出したら勇気が出たのか、顔をあげて訴えるような目でイルミスを見た。
イルミスは二人を見てわずかに口許を緩めると、それからじろりとアルマークたち3人を見た。
「今度は2年生が君たちを庇ってくれているのかな」
その言葉に3人が決まり悪そうにうつむく。
「君たちのことだ。自分たちが最善と信じる方法を採ったのだろう」
イルミスに見つめられて、アルマークが顔をあげて小さく頷く。
「ならば、嘘などつかずに堂々としていろ」
「はい。すみません」
アルマークが返事をすると、イルミスは渋い顔をした。
「とはいえ、忘れるな。君の行動はいつも、信じられない幸運に支えられているのだということを」
「分かっています」
アルマークは背中の長剣をちらりと見る。
「今回も、一歩間違えば大変なことになっていました」
「分かっているのなら、今のところはいい。もう夜も更けた」
イルミスはそう言って、モーゲンに尋ねる。
「薬草は全部揃ったのかね」
「いえ、まだです」
モーゲンが首を振る。
「あとアンチュウマソウが残ってます」
「そうか」
イルミスは、泣いたせいですっかり目を赤くしたラドマールの肩を優しく叩いた。
「残念だが、君は今夜はここまでだ。闇に対する応急措置をせねばならない」
ラドマールは小さく頷く。
「あと残り一種類」
イルミスは残った5人の顔を見た。
フィーアの掲げる鬼火に照らされて、どの顔もまっすぐにイルミスを見返す。
「君たちは、最後まで実習をやり遂げなさい」
「はい」
5人が返事をする。
「よし」
イルミスがようやく表情を和らげて頷いた、その時だった。
ざわり。
ごく一瞬。
森が揺れたような気がした。
「先生」
その悲痛な声の響きに、思わず全員が声の主を見た。
「実習は中止しましょう」
全員が呆気にとられた。
声をあげたのが他ならぬアルマークだったからだ。
「どうしたんだい、アルマーク」
モーゲンが尋ねる。
「ラドマールの小箱は、罠じゃなかった」
アルマークは呟くように言った。
「アルマーク。まさか」
ウェンディがアルマークの右手を取る。
その手がぶるぶると震えていた。
内部から激しく揺らされているかのような震え。
「さっきも気になっていたんだ。闇が飛び出してきたときに、右手の反応がとても弱かったから」
アルマークはそう言ってウェンディを見た。
ウェンディは、ラドマールの闇との戦いの前に右手を見て首をかしげていたアルマークの姿を思い出し、それからアルマークの表情に息を呑んだ。
「アルマーク」
モーゲンもそう言ったきり絶句する。
不安。
それとも恐怖か。
アルマークの顔が青ざめていた。
アルマークが、そんな表情を人に見せるなんて。
ウェンディとモーゲンが顔を見合わせる。
夜の森。
アルマークの脳裏を北の記憶がよぎる。
いけない。
まさかこんな罠を仕掛けてくるなんて。
これは、本当にダメなやつだ。
僕だけならまだいい。
だが、今夜はこんなにもたくさんの学生が森に。
「ラドマールの小箱が今夜開いたのは、きっと本当に偶然なんです」
アルマークは、険しい顔で自分を見つめるイルミスに、努めて冷静に説明しようとした。
「本当の罠は、まだ始まってもいなかったんです」
ラドマールの小箱の闇。
あれは闇の罠などではなく、せいぜいが、闇のいたずら。
アルマークたちを驚かせられればそれで十分だと。
所詮その程度のものだったのではないか。
「この感じは、前回なんてものじゃないです」
泉の洞穴の、闇の魔影。あの巨大な怪物が現れた時の右手の反応。
それも今のこの反応には遥かに及ばなかった。
「先生。実習は中止しましょう」
アルマークが悲痛な表情でもう一度言ったときだった。
ぴー……。
森の奥から、笛の音のような奇妙な音が響いてきた。
森の魔笛。
アルマークの右手の震えがさらに大きくなった。