軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イルミスとフィーアが一陣の風とともに現れた時、気を失った赤い癖っ毛の少年の周りにはアルマークたち5人が集まっていた。

「闇の力を感じた。そう強くはなかったが」

イルミスがそう言って、アルマークたちの顔を見る。

「怪我はないか」

「はい。僕たちは」

アルマークが頷く。

「ただ、彼が」

「ラドマール・トレイホルムか」

イルミスが眉をひそめる。

その身体に手を置いて、ますます険しい顔をする。

「何があった」

ラドマールが目を開けると、地面に置かれた黒い小箱の脇に立ったアルマークとモーゲンが、ちょうどイルミスの詰問を受けているところだった。

ウェンディは少し離れたところでフィーアに話を聞かれており、2年生二人はその間くらいのところに立って困った顔をしている。

誰も、ラドマールが目を覚ましたことに気付いていない。

「君たちの話は全く要領を得ない」

イルミスが渋い顔で首を振った。

「アルマーク。もう一度言ってみたまえ」

「はい」

アルマークが神妙な顔で頷く。

「道を歩いていたら、ラドマールが急にこの箱につまずいてしまって。そうしたら箱から闇が溢れだして」

「そうです。それで、ラドマールがその闇に取り憑かれてしまって」

「モーゲン。君の話はまだいい」

イルミスが遮る。

「アルマーク。さっきウェンディはフィーア先生に、先頭のモーゲンが箱につまずいたと言ったそうだ」

「えっ」

アルマークが困った顔をする。

「そうだったかな、モーゲン」

「そう言われてみたら、つまずいたのは僕だったかも」

モーゲンが頷く。

「モーゲン」

イルミスの険しい顔に、モーゲンが顔を青ざめさせてうつむく。

「僕、だったと思うんですけど……」

話の流れから、どうやらアルマークたちが自分を庇って嘘をついてくれているのだということが、ラドマールにも分かった。

闇に取り込まれかけながらも、ラドマールには先ほどの記憶もある程度残っていた。

自分が何をし、何を口走ったのか。

それはだいたい分かっていた。

本当の自分の力と言われて開けた小箱。

あんなものが自分の力のわけはないと、今なら分かる。

だが、あの箱を開けた瞬間、ラドマールの心は熱病に浮かされたようになった。

深く、暗い熱狂。

飛び出した闇の塊が、まるで自分の誇りの結晶のように見えた。

見ろ。僕の力を。

見ろ。見ろ。

見ろ!

それで頭がいっぱいになった。

その後で、アルマークに何か言われたのだ。

その時に、とても頭が混乱したのは覚えている。

アルマークは、必死な表情で何かを語りかけていた。

この学院に来てから、ラドマールは誰かにあんなに真剣な目で語りかけられたことはなかった。

あれは、何て言っていたのだろう。

とても心が動いた気がしたのに、何と言われたのかラドマールはよく覚えていなかった。

だが、はっきりと覚えていることもある。

自分が、殺してやる、と叫んだこと。

そして実際にアルマークを闇の力で殺そうとしたこと。

とにかくこいつだけは殺さなければ。

なぜか分からないが、強くそう思ったのだ。

そして、アルマークも自分を殺そうとしたこと。

凄まじい速さの剣が、自分の首筋めがけて振り下ろされた。

そのときのアルマークは、ぞっとするような表情をしていた。

自分と一つしか変わらない子供に、あんな表情ができるものなのか。

実際に目にしたのに、それが信じられない。

そう思うほど、異質な表情だった。

闇に取り込まれていなければ、ラドマールは腰を抜かしていただろう。

そのまま気を失っていたかもしれない。

だが、闇の力があったからこそ、逆にはっきりと見えてしまった。

その恐ろしい表情のさらに奥にあったもの。

それを思い出すと、ラドマールは何とも形容しがたい気持ちになる。

あの時、あいつは、なんて悲しい目をしていたんだろう。

人は、あんな悲しい目をして人を殺せるものなのか。

こいつは一体ここに来るまでに何を乗り越えてきたのか。

僕が想像もつかないものを、どのくらいその目で見てきたのか。

そう思った。

目の前で、まだアルマークとモーゲンが下手な芝居を続けている。

それを見ながら、ラドマールは悟る。

僕は、弱い。

それを認めるしかないと思った。

今まで目をそらし続けてきた現実。

だが、もう逃げることができないのが自分でも分かった。

アルマークがまた下手な言い訳をする。

イルミスの顔がますます険しくなっていく。

僕は弱い。

僕には、才能なんて。

「真の力」なんて、そんなものはありはしない。

もう一度、自分にそう言い聞かせた時、胸が疼くように痛んだ。

心の中の母の顔が、また遠ざかるのを感じた。

けれど、そこから始めるしかないのだと思った。

僕は弱い。

今でははっきりと分かる。

本当の強さを目の前でまざまざと見せつけられたから。

今の自分にはどうあがいてもあんな強さは持つことができないから。

僕に、ヴォルカドの誇りは示せない。

ラドマールは痛みの中で思った。

僕はもう、この学院にはいられない。

だが、僕が変わろうと思えば、いつか僕にも手に入るのだろうか。

あんな強さが。

あんな仲間が。

ラドマールはもう一度、目を閉じた。

「嘘をつくなら、事前にちゃんと口裏を合わせておかないと」

背後からそう声をかけられて、振り向いたアルマークの声が弾んだ。

「ラドマール! 目が覚めたのか」

「もう覚めてるよ。だいぶ前からね」

ラドマールはそう言って立ち上がると、厳しい顔のイルミスに向き直った。

「先生」

ラドマールは言った。

「先生のお察しの通りです」

「ラドマール」

慌てて口を挟もうとするアルマークをイルミスが手で制す。

「話しなさい」

「はい」

ラドマールは頷く。

「僕はその箱の力を使って3年生たちを襲いました。3年生は僕を庇って嘘をついてくれているんです」

その言葉にモーゲンが天を仰ぐ。

「闇を体内に取り込んだな」

イルミスはラドマールの肩に触れる。

「一度身体に入った闇は、そう簡単には抜けないぞ」

「はい」

ラドマールは頷いた。

「覚悟はできています」

「できているというのか、君に」

イルミスの視線が鋭くなる。

それを受け止めきれずにラドマールはうつむいたが、それでもしっかりとした口調で言った。

「僕は闇の力でアルマークを殺そうとしました。それは消せない事実だ。どんな罰でも」

「僕は大丈夫です」

アルマークが堪えきれずに口を挟む。

「先生、僕は気にしていません」

「ラドマール・トレイホルム」

アルマークの言葉に一切構わず、イルミスはラドマールに言った。

「罰は受けてもらう」

「はい」

ラドマールはうつむいたまま返事をした。

この学院とも、これでおさらばだ。

「だが、まずそれよりも」

イルミスの声が低くなった。

「ラドマール。闇に取り込まれかけた者がすぐにそんな風に喋ることなど、できないのだ」

「えっ」

意外な言葉にラドマールが顔をあげる。

「それは君の才能がなせる技だ」

苦々しい顔で、イルミスは驚いた顔のラドマールに告げた。

「無駄に時間を費やしたものだな。それだけの力がありながら」

ラドマールの心がざわりと動いた。

「薬湯を飲んでもらわなければならん。毎日だ」

イルミスは言った。

「処分はいずれ学院長が決めるだろう。だがそれまでは毎日放課後、私のところへ来い」

イルミスの顔は心底不快そうだった。

「君ほどの才能を磨かないことは、罪だと知るがいい」

「僕の才能」

ラドマールは呟く。

「僕に、才能なんて」

「才能がない者など、この学院にはいない」

イルミスはきっぱりと言い切った。

「いるのは、才能を磨く者と磨かぬ者だけだ」

イルミスの言葉に、ラドマールは全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになった。

「君がここにいる理由を考えろ」

イルミスが言う。

「君には才能がある。だから、ここにいる」

君には才能がある。

誰かにそう言ってほしかった。

今までずっと。

誰かに言ってほしくてたまらなくて、それでも誰も言ってくれないから、自分で自分に言い聞かせていた言葉。

それが今、諦めようとした自分の目の前にあった。

「君には才能がある。君にしかない才能が」

イルミスの声が、まるで天啓のようにラドマールの胸に響く。

「だが忘れるな。磨かない才能になど、何の価値もない。今の君だ、ラドマール」

「はい」

驚くほど素直に返事の言葉が出た。

この学院に来てから、どんなに辛くても泣くまいと決めていた。

泣くのは、敗けを認めることだ。

そう思っていた。

まずい。

そう思ったが、もう涙が止まらなかった。

喉の奥から情けない音を立てて嗚咽が漏れた。

ラドマールは、学院に来て初めて泣いた。

いつの間にか近くに来ていたウェンディがアルマークの肩をつついた。

「磨かない才能に意味はない」

そう言って、いたずらっぽく笑ってアルマークを見る。

「イルミス先生の言葉だったんだね」

「そうさ」

アルマークは笑顔で肩をすくめる。

「僕の言葉は、いつも僕の尊敬する誰かの言葉さ」

「でも、あなたの言葉に聞こえる」

ウェンディはそう言って笑った。

「それってすごいことだよ」