軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殺意

アルマークは剣を振りかざすと、ラドマールに向かって走った。

この勝負をごく短時間で終わらせる。そのために。

僕はラドマールを、殺す。

自分にそう言い聞かせる。

これは、武術大会のような命のやり取りのない戦いではない。

小箱から闇を解き放ったラドマールは、微塵の躊躇もなくアルマークの命を奪おうとしてきた。

闇に心を乗っ取られかけていたにしても、だ。

それを南の人間がどう考えるのかは分からない。

だが少なくとも、北の人間ならば、その段階で相手を殺すことを躊躇いはしない。

それがもう本当の戦いだからだ。

躊躇った方が死ぬからだ。

けれどアルマークは、それが分かっていてもなお、ラドマールを救いたいと思った。

いったん自分の命を奪おうとした相手を。

さらに力を強めて自分の命を奪おうとしている相手を。

それでも救いたいと思う。

北では、それは愚か者のすることだ。

父の渋い顔が目に浮かぶようだ。

だから、お前は甘いんだ。

自分の弱さを自分で晒すような真似はするな。

北ではそれじゃ生きてはいけねえ。

間違いなくそう言われるだろう。

だが、それでもアルマークは思った。思ってしまった。

ラドマールの未来を閉ざしてはいけない、と。

ラドマールの姿を見て、似ていると思ってしまったからだ。

出身や境遇もまるで違うのに。

まるで、ウェンディやモーゲンやイルミス先生に出会えなかった僕みたいだ、と。

きっと本当は、ラドマールの隣にも、ウェンディやモーゲンがいたはずなんだ。

この学院はそういうところだ。

ただ、ラドマールは差し出されたその手に気付かなかった。

気付いても払いのけたのかもしれない。

だけど。

僕は見せたい。

差し伸べた手を取った後の、新しい景色を。

ラドマールにも。

そのために、可能な限りの最短時間で、闇をラドマールから引き離す。

甘いのかもしれないけれど、それはラドマールの命を守ることにも繋がるはずだ。

それがアルマークの判断だった。

ウェンディ、頼む。

背後のウェンディに、一瞬そう祈るような意識を向ける。

アルマークの突進に、ラドマールが反応した。

運動が苦手な本来の彼とは、全くかけ離れた迅速な反応。

闇に乗っ取られたラドマールの注意を引くには、中途半端な攻撃はできなかった。

渦巻く魔力の強さから見て、おそらく今のラドマールには様々な魔法が使える。

だが、余計な魔法を使われて、それに対処している時間はない。

最初からラドマールの体内の闇を引きずり出すためには。

本気でラドマールを殺す。

その殺気が必要だった。

アルマークは自分の心を切り替える。

南から、北へ。

魔法学院の学生から、北の傭兵へ。

コルエンと戦ったときに、思い出しかけた心。

本当はウェンディには見せたくない、その姿。その表情。

だから、今彼女に背を向けていることが、アルマークには救いだった。

殺せ。

魔力たちが荒々しく叫んだ気がした。

殺せ。

喉笛を斬り裂け。

言われなくても、とアルマークは答える。

殺すに決まってるだろうが。

アルマークの表情を見て、ラドマールが邪悪な笑みを引っ込めた。

ラドマールの体内の闇が、瞬時に危険を察知するその表情。

北の草原を疾駆する、狼。

ラドマールがアルマークに向かって構えをとる。

遅い。

歴戦の傭兵もかくや、と思わせる一撃。

ラドマールの首筋を狙って叩き込まれたアルマークの必殺の斬撃を、その手から滲み出た、黒いぶよぶよとした塊がかろうじて受け止めた。

ラドマールの身体に吸い込まれた闇の力だ。

ラドマールの顔が恐怖で歪んだ。

アルマークは構わず続けて凄まじい速さの斬撃を叩き込む。

長剣が唸りをあげる。

闇が再びどうにか剣を受け止めた、と思った瞬間、そのまま大きく弾けるように広がった。

アルマークの全身を包むほどの大きさとなって覆い被さってくる。

宿主の危険に、闇が勝手に反応したのだ。

これ以上、こいつの剣を受けるのはまずい、と。

その時には、アルマークの左手にはすでに風が渦を巻いていた。

イルミスに夜遅くまで付き合ってもらって身につけた風の魔法。

吹き上げの術。

アルマークに触れようとした闇の塊が、魔法の風で上空に巻き上げられる。

「くっ」

ラドマールが歯を食いしばって力を込めた。

闇の塊がさらに巨大さを増す。

そうだ。出てこい。

アルマークはもう心を切り替えていた。

北から、南へ。

アルマークは自分を押し潰そうとするその闇を、さらに風で巻き上げる。

その瞬間、突然風の制御が乱れた。

魂のずれ。

それが致命的な遅れを生む。

風が力を失う。

闇が降ってくる。

アルマークは剣を振ってその巨大な闇の傘から逃れようとした。

「逃がすかぁ!」

ラドマールが叫んだ。

闇が一気にアルマークを押し潰す。

命を一瞬で奪うであろうその闇がアルマークの眼前に迫ったとき。

その直前で、闇が動きを止めた。

「なっ」

ラドマールがうめく。

神々しく光輝く魔法の網が、その闇をすっぽりと包んでいた。

「ありがとう、アルマーク。闇を引き出してくれて」

ウェンディがそう言って、大きく杖を振った。

「ここからは私の仕事」

ウェンディの動作に合わせて、光の網が一瞬で闇を締め上げる。

闇が光の中で圧縮され、すりつぶされるかのような圧倒的な力。

これが、たゆまず磨きあげた才能の生み出す力。

闇の圧縮に合わせてラドマールの身体から、さらに膨大な闇が引きずり出される。

「ラドマール、正気に戻って」

ウェンディがさらに魔力を込める。

「やめろぉぉぉ!」

ラドマールが叫んだ。

闇を自分の身体に引き戻そうと、凄まじい形相で力を込める。

磨かれなかった才能。だがそれが闇の力で荒々しく削り出されていた。

その力に、光の網が軋む。

「くっ」

ウェンディがうめく。その額に汗が滲む。

「ウェンディ、持ちこたえてくれ」

アルマークは叫んで立ち上がった。

ここで闇を逃がしたら取り返しのつかないことになる。

僕には光の網の魔法は使えない。僕はウェンディの力になれない。

もう一度、剣でラドマールの気を散らすしかない。

込めるんだ、殺意を。

ラドマールをもう一度、僕の中で殺すんだ。

帰れなくなるような錯覚。

だが一瞬でその覚悟を決めたアルマークが、足に力を込めたその瞬間だった。

闇の力が急速に弱まった。

いや、違う。

アルマークにもすぐ分かった。

光の網が力を強めたのだ。

ウェンディの網よりもだいぶ目の粗い、もう一つの光の網が、闇を包み込んでいた。

「モーゲン」

アルマークが安堵の声をあげる。

「来てくれたのか」

「釣りをするなら僕も呼んでくれないと」

モーゲンは冗談めかしてそう言うと、杖に更なる力を込める。

「ウェンディほどの立派な網とはいかないけどね」

「ありがとう、モーゲン。一緒に引っこ抜くわよ」

ウェンディがモーゲンに微笑みかける。

「うん。釣り上げよう」

モーゲンが頷く。

「せーえのっ」

二人が声を揃えて、杖をまるで釣竿のように振り上げた。

「やめろぉぉぉ!」

そう叫んだラドマールの身体から、闇が一気に引きずり出された。

最後にラドマールから引き抜かれた闇の鎌首が、まるででき損ないの蛇のように見えた。

完全に光の網に捕らわれた闇が、もがくように蠢く。

「違う。僕は……ただ……」

まるで泣いているような小さな声で呟いて、ラドマールの身体が地面に崩れ落ちた。

「よし。そのまま箱へ!」

アルマークが叫んだ。