軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜の森

夜の森は、やはり昼間とは全く違う顔を見せていた。

森の入り口までは夜道を照らしてくれていた月明かりは、森に入った途端、木の枝や葉に遮られてしまう。

闇が周囲を包み込む。

ランプの灯は頼りなくその闇の向こうに吸い込まれていく。

葉のざわめき一つ、虫の鳴き声一つ。

昼間なら何も感じないそれらの音が、夜だと全く別の感情を伴って聞こえてくる。

恐怖。

闇が運んでくるのは、人間の原初の感情。

視界が遮られるだけで、人はその向こうに無数の想像を働かせてしまう。

森に入って、もうずいぶん歩いただろうか。

最初の目的地であるモガツキバナの採取地まであと少し、というところでフィタがぽつりと呟いた。

「……怖い」

先導していたモーゲンが振り返る。

「怖いよね。僕も去年怖かった」

そう言って、手を差し出す。

「去年の3年生が手を繋いでくれたんだ。そうしたら、少し怖くなくなったよ」

「うん」

フィタが素直にその手を握る。

「まあその人の歩くのが物凄く速くて、怖いとか言ってられなくなったのもあるけどね」

モーゲンの言葉にアルマークたちは笑う。

「ザップは大丈夫?」

ウェンディに尋ねられて、ザップは無言で頷く。

ザップは男子だから、ウェンディに聞かれても怖いとは言いづらいのかもしれない。

アルマークはザップの表情を窺ったが、今のところ大丈夫そうだ。

安心して、後ろを少し遅れてついてくるラドマールを振り返る。

「ラドマール。君は大丈夫か」

無言で、ランプの灯が揺れる。

返事がないのは、大丈夫な証だろう。

「疲れたら、遠慮なく言ってくれよ」

そう声を掛けて、前に向き直る。

「……ラドマールはいつもあんなだから」

しばらく歩くと、ザップが後ろに聞こえないようにぼそりと言った。

「みんなから組むのを嫌がられて。結局僕たちに押し付けられたんだ」

「そう」

ウェンディが頷く。

「教室でも、ああなの?」

「うん」

ザップは頷く。

「僕たちも嫌だったけど。他に行けとも言えなくて」

大人しい二人に厄介者が押し付けられたということだろう。

アルマークは思った。

王族だろうと平民だろうと同様に扱われるこの学院で、ラドマールのあのやり方ではとても周囲に人が集まらないだろう。

嫌われようがどうしようが、学院側では何もしてはくれない。

王族、貴族、平民。

そういうものを越えた、一人の人間としての自分。

その力でどうにかしなければならない。

きっと、それが魔術師になるということでもあるのだ。

「ラドマールと一緒は嫌って言わなかったんだね」

ウェンディはそう言ってザップに微笑みかける。

「二人は優しいんだね」

「別に、そういうわけじゃ」

そう言ってザップが照れたように下を向く。

顔が赤く見えるのは、ランプの灯のせいばかりではないだろう。

アルマークは後ろを振り向いた。

ランプの灯が揺れている。

ラドマールとの距離が少し離れている気がする。

「モーゲン」

アルマークは、先頭で楽しそうにフィタに飛び魚亭の魅力を語っているモーゲンに声をかける。

「少しペースを落とそう」

「うん。いいけど」

モーゲンは不思議そうに頷く。

「ごめん、ペース速かったかい」

モーゲンが横を向いて尋ねると、フィタは首を振る。

「ううん、全然」

アルマークはラドマールが近付いて来るのを待って、モーゲンを促して歩き始める。

「ラドマールは」

ザップが小さな声で言う。

「魔法も勉強も運動も、全然ダメなんだ。でも王族だからってだけでいつも威張っている。みんなもラドマールが王族だって分かってるから何も言わない」

「そうなのね」

ウェンディが穏やかに頷く。

「みんなも大変ね。それにラドマールも大変」

「ラドマールも?」

ザップがウェンディを見上げる。

「うん。ラドマールも大変だよ。みんなそれぞれの大変があるんだよ」

「そうなのかな」

ザップが釈然としない顔をする。

アルマークはウェンディとザップの会話を聞きながら、心に引っ掛かりを感じていた。

運動もダメ?

運動もダメだって?

「ザップ、ごめん。ラドマールは運動もダメなのかい」

「うん。ダメだよ。体力も全然ないんだ。森にもほとんど来たことないんじゃないかな」

ザップの言葉にアルマークは顔をしかめて振り返る。

追い付いてきていた筈のラドマールとの距離がまた離れていた。

これは、思ったよりも大変かもしれないぞ。

アルマークは来た道を戻ってラドマールに近付いた。

ラドマールは肩で息をしていた。

さっきランプの灯りが揺れていたのは、疲れのせいだったのか。

「ラドマール。疲れたのかい」

ラドマールは肩を揺らしながら、返事をしない。

「まだ最初の採取地にも着いていない。このペースじゃ間に合わない」

アルマークは言う。

「森に入るのは、何度目だい」

ラドマールは返事をしない。

「答えたくないなら、口で答えなくてもいい。指で教えてくれ」

ラドマールは、ゆっくりと指を三本立てる。

2年生も半分以上を終えて、森に来るのが今日でたったの三回目。いったいどんな学院生活を送ってきたんだ。

アルマークは、ため息をつきそうになるのをぐっとこらえる。

「ランプは僕が持とう」

アルマークは強引にラドマールのランプを取り上げる。

ラドマールが険しい顔で何か言い返そうとした時、ランプの灯に惹かれて大きな蛾が舞ってきた。

「う、うわっ。毒蛾だ」

ラドマールが驚いて手を振り回す。

「やめろ、来るな」

「大丈夫だ。この蛾には毒はない」

アルマークは左手を伸ばして蛾を握りつぶす。

「蛾は何もしない。でも止まっていたら、いくらでも寄ってくるよ」

そう言って、手を叩いて死骸を払うと、ラドマールの背負っている荷物も手に取る。

「これも僕が持とう。モーゲン!」

「うん」

モーゲンたちは少し先で立ち止まって成り行きを見守っていた。

モーゲンが右手のランプを振って言う。

「ペースを落とすよ」

「そうだね。僕たち6人で一つのチームだ。ラドマールの歩けるペースで歩こう」

アルマークの言葉に、ラドマールがプライドを傷つけられた顔で歯軋りをした。