作品タイトル不明
出発
普段は昼食しか食べない食堂で、早めの夕食を食べてから出発することになっていた。
そのくらいの時間にはラドマールもちゃんと帰ってきた。
食堂へ行く途中、すれ違ったアインから、
「今日は君たちか」
と声をかけられる。
「ああ。アインたちは前回済ませたんだよね」
「ちょうど演奏会の前の日だったな」
アインは頷く。
「君たちも気を付けろよ」
「気を付ける?」
アインの意味深な言葉にアルマークが眉をあげると、アインは頷く。
「去年はフィッケが、女子にいいところを見せようと高い木に登って落ちて怪我をした。下級生の動きというのは意外と読めないものだぞ」
「ああ。そういう……」
アルマークが頷くと、アインはメンバーの顔を一瞥した。
「ふむ」
「アルマーク、先に食堂に行ってるね」
「あ、うん」
手を振って歩いていくウェンディに、アルマークは手を振り返す。
「ラドマール・トレイホルムか」
ウェンディたちが去った後、アインが呟いた。
「知っているのかい。王子様って聞いたけど」
アルマークが尋ね返すと、アインは頷く。
「彼だけじゃない。僕は初等部なら全員のことを知っている。彼はヴォルカド王国の現国王の姉の子の一人だ。まあ王族には違いないが、王子とは呼べないな。低いとはいえ王位継承権はあるのだろうが」
「へえ」
「まあ、そっちにも気を付けたまえ。王族なんてものは大抵口だけだからな」
アインはアルマークの肩を叩いて去っていこうとする。
「アイン。君らしくない言葉だな」
アルマークの言葉に、アインは少し虚を衝かれたような顔で振り返る。
「……そうだな」
小さく頷いてその言葉を認めた後で、アインは一言だけ付け加えた。
「まあ彼は実際に落第ぎりぎりのところにいるらしい。手が掛かるのは確かだろうな」
「そうなのか」
それではあの立ち居振る舞いも、自信のなさの現れかもしれないな、とアルマークは思う。
それにしても、とアインの去っていく背中を見て考える。
アインは、王族にあまり良い感情を持っていないように見える。
武術大会でのウォルフ王太子に対する反応も冷淡だった。
アインにも色々あるんだろうな。
みんな、それぞれに何かを背負っている。
それは、僕も同じだ。
アルマークは踵を返してウェンディ達を追った。
食堂で簡素な夕食を受け取ってテーブルへ行くと、フィタとザップがすでにウェンディの両端を固めていた。
「すっかりウェンディになついちゃったよ」
モーゲンが囁く通り、二人は最初の気まずそうな顔はどこへやら、ウェンディに満面の笑顔で話しかけている。
ウェンディがそれにいちいち丁寧に反応してくれるのが、また嬉しいのだろう。
「それで、ラドマールは?」
アルマークはそれを微笑ましく見やった後でモーゲンに尋ねた。
「あっち」
モーゲンが指差す先で、ラドマールが一人、誰からも離れた席に座り食事をしていた。
「一人がいいんだって」
「そうか。困ったな」
アルマークは苦笑いした。
「食事くらいなら一人でもいいけど、道を一緒に歩きたくないとか言い出さないといいな」
「そうしたら、お菓子分けてあげないよ」
モーゲンが顔をしかめてそう言いながら、食事を口に運ぶ。
「それは困る」
笑って応じて、アルマークは他のテーブルを見回す。
他の班は、どこも概ね和気あいあいと食事しているように見える。
レイラの笑顔はぎこちない気もするが、レイドーがうまく下級生の面倒を見ている。
ウォリスのそつのなさは言うまでもないし、トルクの班は班長が無愛想な分セラハが頑張っているようだ。
一番盛り上がっているのは、やはりネルソンとノリシュの班で、まるでもう馴染みのグループのような遠慮のない笑い声が下級生からも上がっている。
「他はどこも楽しそうだね」
モーゲンの声はどことなく羨ましそうだ。
「僕たちだけはわがまま王子様のお守りだ」
「まあそう言うなよ、モーゲン」
アルマークはモーゲンの言い草に思わず笑う。
アインによれば、彼を王子と呼ぶのは適切ではないようだが、まあ、そこはいい。
「夜は長いからね。じっくり打ち解ければいいさ」
「打ち解ける、ねえ」
モーゲンはため息をついた。
「打ち解けるより先にお日様が顔を出すと思うけどね」
森の入り口に集合したときには、日はすっかり沈んでいた。
2年生たちがめいめい手に持つランプの灯が、それぞれの顔を照らし出している。
この後で、各グループごとに出発することになる。
薬草の採取地は全部で五ヶ所だが、それを巡る順番がグループごとに異なっている。
途中ですれ違うことはあっても、違うグループ同士で一緒には行動できないようになっているのだ。
「僕たちはモガツキバナの採取からだね」
モーゲンが行程表を見ながら言う。
「最初から割と歩くんだよね」
ウェンディがそう言って頷く。
フィタとザップはもうウェンディの両脇にくっついて離れない。
ラドマールは一人離れたところに立って、足元の石を蹴っている。
「アルマークたちはモガツキバナからか」
声をかけてきたのはネルソンだ。
「俺たちはミキリハネクサからだ」
「そうか。かぶれないように気を付けて」
「おう」
ネルソンは笑顔で手を挙げてから、不思議そうにアルマークの背を見る。
「お前、なんでそんな物騒な物を背負ってるんだ」
「ああ、これ」
アルマークは背中の長剣を振り返る。
「万が一のために、クラスで一人だけは持っておけと先生が」
アルマークは聞かれたときのために前もって用意していた答えを返す。
「そうか。まあ夜の森だしな。万が一魔物が出ないとも限らねえか」
ネルソンはそう言って頷く。
「ちぇ。それなら俺も武術場から剣を持ってくるんだったぜ」
つまらなそうに杖を振るネルソンを見て、アルマークは笑う。
「君は本当に武術が好きだな」
「俺は騎士になるために魔術師になる男だからな」
ネルソンはそう言い返して笑うと、自分の班員に向かって、おし、お前ら行くぞ! と声をかける。
ノリシュの、ネルソン偉そうにしないでよ、などと混ぜっ返す声がして、楽しそうな笑い声と共にネルソンのグループが森の中に消えていく。
「楽しそうだなぁ」
モーゲンが羨ましそうに言う。
「よそはよそ。うちはうち」
アルマークの言葉にモーゲンは、
「お母さんみたいなこと言うね」
と、じと目でアルマークを見る。
「まあ、たくさん歩けばお菓子がおいしくなるからね」
モーゲンはそう言って気を取り直したように伸びをした。
「さあ、僕らも行こうか」
「うん」
アルマークはウェンディたちに声をかける。
「みんな、行けるかい」
ウェンディが頷き、フィタとザップが、はい、と元気に返事をする。
いい子達だ。アルマークは頷き返す。
「ラドマール、行くよ」
アルマークの言葉が聞こえているのかいないのか、ラドマールは顔を上げない。
「ラドマール」
ウェンディが呼び掛けた。
「行くわよ」
「分かっている」
ラドマールの不機嫌そうな声が返ってきた。
一応ついてくる気はあるようだ。
アルマークは夜の森を見上げた。
さあ、どんな夜になるのか。
「行こう」
もう一度言って、アルマークは歩き出した。