作品タイトル不明
説得
森の中を、アルマークは走った。
跳ね上げた土が遥か上まで舞い上がるほどの猛烈な走り方だ。
景色が飛ぶように流れる。
途中で、朝の訓練か何かをしていたらしいトルクが前から歩いてくるのに出くわす。
「どうした」
アルマークのあまりの勢いに、トルクが驚いて叫ぶ。
「また魔物が出たのか」
「出てない」
アルマークはそれだけ叫び返して、トルクとすれ違った。
トルクが何かを言った気がしたが、その時にはもうトルクはかなり後方に離れていて、その言葉はアルマークの耳には届かなかった。
アルマークはそのままさらに速度を上げた。
初等部立入禁止の立て札を過ぎ、モーラの原っぱやググの水場を通り過ぎる。
青い紋の描かれた石の脇を通り過ぎる頃には、さすがに息が切れ始めていたが、それでも速度を落とさずに走った。
やがて、森が開けた。
ルルの泉の向こう、ぽっかりと穴を開けた洞穴に、ちょうど一人の女子生徒が入っていこうとするところだった。
ほら、間に合った。
アルマークは走りながら、叫んだ。
「レイラ!」
静かな森の中に、アルマークの叫び声は自分でも驚くほどによく響いた。
レイラが弾かれたように振り返った。
驚いた表情のレイラが口を動かす。
声は聞こえなかったが、何でこんなところに、とでも言ったように思えた。
アルマークは泉に沿って走った。
「ちょっと待ってくれ、レイラ」
そう叫びながら、泉をぐるりと回り、レイラのもとにたどり着く。
「よかった。追い付いた」
「……なんで、こんなところにいるの」
レイラは、信じられないものを見る目でアルマークを見た。
「あなた、さっき寮の前でウェンディと話してたじゃない」
「走ってきた」
「走ってきたって」
レイラは首を振る。
「寮からここまでどれだけあると思ってるの」
「うん。だから、ちょっと疲れた」
アルマークは、腰に手を当てて大きく息をついた。
「こんなに長い距離を全力で走るのは、久しぶりだ。学院に来てから身体が鈍ってる」
「相変わらず、信じられないことをするのね」
レイラは呆れたようにそう言って、それからいつもの冷たい表情でアルマークをじろりと見る。
「それで、こんなところまで追いかけてきて、私に何の用?」
「君を止めに来た」
アルマークは額の汗を乱暴に拭って、そう答えた。
レイラの表情が一瞬険しくなる。
「泉の洞穴は、初等部の学生が入ってはいけないところだ。君はそこに一人で入ろうとしているんだろ」
「余計なことを」
レイラは吐き捨てるように言った。
「誰があなたにそんなことを頼んだの」
「誰でもない。僕の意思で来た」
アルマークは言った。
「レイラ、危ないことはやめるんだ」
「私は行く」
レイラは言った。
「したいのなら、先生に報告でも何でも勝手にすればいい。でもあなたに私を止めることはできない」
「違う」
アルマークは首を振った。
「先生とか決まりとか、そんなことじゃない」
アルマークの強い口調に、レイラが一瞬怪訝な顔をする。
「ここが初等部立入禁止だから、とかそんなことで僕は君を止めに来た訳じゃないんだ。現に、僕もここの第一層に入った」
その言葉に、レイラが眉を上げる。
「あなたも入ったの?」
「ああ。レイドーと二人でね。何とか第一層の最後まではたどり着いたよ。それでも大変だった。君はもっと下まで行ってるんだろ?」
「そう。あなたも入ったの」
レイラは呟くように言う。
「私は第三層の途中まで行った。今日は、第三層の最後まで行くつもり」
「凄いな」
アルマークは思わず素直な感想を漏らす。
レイドーと二人であれだけ四苦八苦したこの試練の洞穴で、たった一人でもう第三層まで到達したというのだ。
「レイラ、君は強い」
アルマークは言った。
それは、武術大会の時も思ったことだ。
レイラは強い。
強すぎる。
強すぎるが故に、仲間の必要性に気付かない。
一人で先へ進もうとする。
「でも、一人でこの洞穴の深くに潜るのは危険だ。僕も実際に入ったからそれがよく分かった」
アルマークはレイラの顔を見ながら続ける。
レイラはもういつもの冷たい無表情に戻っていた。
「中等部の学生でも、数人で組んで入るそうじゃないか。一人で入るのは、いくらなんでも無茶だ。入るなら、せめて仲間と一緒に入るべきだ。僕とレイドーがそうしたみたいに」
レイラはアルマークの言葉にも反応を示さない。アルマークはそれでも続けた。
「一人で入ろうとする君を、そのままに見過ごせない。今日はそれを止めに来たんだ」
その言葉にレイラが、ふん、と鼻で笑った。
「危険は百も承知よ。それを承知で挑んでるの」
「どうしてそんな無茶をするんだ」
アルマークは首を振る。
「君が無茶をすることで心を痛める人もいる」
「そんな人はいないわ」
レイラはにべもなく首を振る。
「いるよ」
「それならあなたが一緒に入ってくれるの?」
「え?」
意外な言葉に驚くアルマークを、レイラが挑むように見た。
「一人で入るのが無茶だって言うなら、ここにいるのは私とあなただけなんだから、あなたが一緒に入るしかないでしょ。それとも、さっきのは口だけ?」
レイラの目に火が宿っていた。
「いや、そうじゃなくて。僕が入っても君の足手まといになることくらい、自分でも分かる」
アルマークは言った。
「でも、一人は危険すぎる。こういう無茶はやめて、行くなら行くで、ちゃんと仲間を探すべきだ。たとえば、ウェンディだってちゃんと話せば分かってくれるはずだ」
レイラはすぐに首を振った。
「あの子はダメよ」
「どうしてさ。ウェンディは信頼できる子だ。君のことも心配している」
そこまで言ってから、アルマークは、ウェンディにちゃんとこの話をして協力を仰ぐ手もあったことに気が付いた。
なぜ、そうしなかったのか。
ウェンディに他の女子の話を自分から長々とするのが、なんだか躊躇われたのだ。
それが何故なのか、アルマークにはよく分からなかったが、自分の感情で選択肢を狭めてしまったのは、魔術師として失格かもしれないとは思った。
アルマークは心の中でイルミスとウェンディに謝る。
「戻って、ウェンディに話してみようよ」
「あの子に迷惑はかけられないわ」
レイラはそう言って、もう一度首を振った。
一瞬だけちらりと寂しそうな表情が覗いたのがアルマークにも分かった。
「どうして」
「前にも言ったけど、私には時間がないの」
レイラはアルマークの言葉を冷たく遮ると、これで終わり、とばかりに洞穴に向き直る。
「話がそれだけなら、もう行くわ」
「ダメだ、レイラ」
アルマークはそれでも抵抗した。
「一人は絶対ダメだ。どんな怪我をするか分からない。君に怪我をしてほしくない」
しかしレイラはもうそれに答えず、洞穴に走り込んでいく。
結局こうなる。
アルマークは思った。
薄々分かっていた気もする。
アルマークは自分の手の中の杖を見た。
だから、持ってきたんだ。
アルマークはレイラの後に続いて洞穴に飛び込むと、後ろからレイラの腕を掴んだ。
「待て、レイラ」
「離して」
険しい表情でレイラが振り向く。
「どうしても行くなら、僕も行く。君を一人にはさせない」
「あなたが?」
レイラは呆れたようにアルマークを見た。
「自分でも言ってたじゃない。足手まといにしかならないって」
「そうさ」
アルマークは頷く。
「それでも君と行くんだ」
そう言って、まっすぐにレイラを見た。
「君をもう、一人にしないって決めたんだ」
レイラが目を見開く。
「……バカみたい」
ややあって、戸惑ったようにレイラが言った。
「腕。離して」
そう言われて、自分がまだレイラの腕を掴んでいたことに気付く。
「ああ、ごめん」
謝って手を離す。
「……付いてきたいなら、付いてくればいいわ」
レイラはそう言って、歩き出した。
「本当に足手まといだったら、容赦なく置いていくからそのつもりで」
「それでいいよ」
アルマークはマルスの杖をしっかりと握り直した。
二人の目の前に、鉄の扉が姿を現した。