軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

休日の朝

その日は、寮に着く頃にはもう深夜に近い時間になっていた。

事前にレイドーがうまく話してくれていたようで、幸い寮では何の騒ぎにもなっていなかった。

「アルマーク、すまない。さすがに夕食はもう残っていないね」

「いいさ」

アルマークは首を振って、レイドーと別れた。

こういう時のために、焼き菓子のストックがある。

部屋に戻ったアルマークはローブを脱ぐと、焼き菓子を口に放り込みながら考える。

泉の洞穴の試練は、初等部の魔法でどうにかなるという第一層でも、なかなか難しかった。

おそらく、レイラはもっと下まで行っているのだろう。

もう中等部の二年目の魔法を学んでいると嘯いていた彼女のことだ。第三層くらいまで下りていても不思議ではない。

とてもじゃないけど僕にはそんなところまで着いてはいけない。今日以上の足手まといになるだろう。

しかし、最後の扉の罠のように、失敗してしまったら一人ではどうにもならなくなるような状況も間違いなく起きるはずだ。

レイラが一人で洞穴に行くことをやめさせなければ。

行くのをやめないのなら、せめて誰かと一緒に行くべきだ。そう伝えよう。

これは、僕が実際に洞穴に入ったからこそ言えることだ。

そういう意味でも、レイドーには感謝だな。

その時、部屋のドアが控え目にノックされた。

「はい」

返事してアルマークは立ち上がる。

誰だろう。モーゲンかな。それともウェンディか。

いや、このノックの感じはきっと。

ドアを開けてみると、アルマークの予想通り、リルティが立っていた。

「やあ、リルティ」

「今日、帰りがずいぶん遅かったって聞いたから」

そう言いながらリルティは、持っていた焼き菓子をアルマークの手に握らせる。

「いつもありがとう。こんな時間まで起きて待っていてくれたんだね」

アルマークの言葉に、リルティは小さく頷く。

いつもならそのまま恥ずかしそうに帰ってしまうのだが、今日のリルティは何か言いたそうに立っている。

「どうかした?」

アルマークが尋ねると、リルティは、ううん、と首を振ってから、やはり思い直したように一言だけ言った。

「演奏会、楽しみだね」

「ああ、うん」

アルマークは頷いた。

「そうだね。楽しみだね」

その言葉を聞くと、リルティははにかむような笑顔を浮かべた。

じゃあ、と言って手を振り帰っていく。

そうだ。演奏会だ。

アルマークは部屋に戻り、もう一度考える。

演奏会に行くためにも、レイラをしっかりと説得しないと。

今の僕には洞穴に入った経験もあるから、言葉に説得力もあるはずだ。

頑張ろう。

翌日からもアルマークは毎日、教室でのレイラの様子を窺っていたが、放課後急いで教室を出ていくような素振りは見られなかった。

それとなくウェンディに聞いてみても、夜遅くに寮に帰ってくることはなかったようだ。

「レイラはいつも暗くなるまで勉強したり自主訓練したりしてるけど、さすがにそこまで遅くなることはないと思うよ」

ウェンディはそう言って、自分で頷く。

「でも、私もレイラを見習って頑張らないと」

「ウェンディだっていつも頑張ってるじゃないか」

アルマークが言うと、ウェンディは照れたように首を振る。

「私はすぐ、楽しいことに逃げちゃうから」

「楽しいことを楽しむのは、悪いことだと思わないけどな」

アルマークの答に、ウェンディが苦笑いして尋ねる。

「アルマーク、勉強楽しいでしょ?」

「うん、楽しいよ。勉強も訓練も、この学院で学ぶことはどれもすごく楽しい」

「ほら。そういうところ」

ウェンディは笑う。

「私とは違うんだよ」

「ウェンディは勉強が楽しくないの?」

「もちろん楽しいこともあるけど、苦手なものとか興味ないものもあるから」

「そうなのか」

よく分からない顔をするアルマークを見て、ウェンディは、ふふふ、と楽しそうに笑う。

「きっとアルマークは楽しんでやってるんだと思う。でも、レイラはどうかな」

ウェンディの表情に少し影が落ちる。

「時々、レイラはすごく苦しそうに見えるから」

「そうだね」

アルマークは頷いた。

「僕にもそう見える」

「……レイラに何かあったら助けてあげてね、アルマーク」

ウェンディが呟くように言った。

「私たちには言えないことも、あなたになら言えるのかもしれないから」

「分かった」

アルマークが頷くと、ウェンディも微笑んで小さく頷いた。

レイドーと二人で第一層に挑戦しただけでも、寮に帰り着く頃には深夜になってしまったのだ。

きっとさらに下まで行っているのであろうレイラが、平日に泉の洞穴に行くのは、時間的に無理だ。

アルマークはそう目星をつけた。

そして、休日が来た。

アルマークは朝から寮の前でうろうろしていた。

朝食の前に、レイラがいつものように井戸で髪を洗っているのを見た。

それから、レイラはまだ寮から出てきていない。

出るなら、あまり人のいない早朝のうちのはずだ。

きっともうすぐレイラは来る。

アルマークは森へ続く道の近くでじっと待った。

寮の入口から、女生徒が出てくる。

「あれ、アルマーク」

ウェンディだった。

「こんなところで何してるの? 誰かと待ち合わせ?」

「やあ、ウェンディ」

アルマークは困って頭を掻いた。

「うん、ちょっと。別に待ち合わせってわけじゃないんだけど」

「そうなんだ」

ウェンディは少し不思議そうな顔をした後で、笑顔になる。

「今日の演奏会、楽しみだね。夜、一緒に行く?」

すごく行きたい。

でも、レイラが来ないことには何とも言えない。

「ごめん、昼間の用事、ちょっといつ終わるか分からないんだ」

「そうなんだ」

ウェンディが残念そうに眉根を寄せる。

その時、アルマークの目に、ウェンディの背後の寮から足早に出てくるレイラの姿が映った。

「あっ」

「え?」

ウェンディが首をかしげる。

「どうしたの?」

「い、いや」

アルマークは首を振る。

レイラはアルマーク達の方に歩いてこない。

森へ続く道ではなく、そのまま寮の裏手へと歩いていく。

泉の洞穴に行くんじゃないのか?

アルマークは疑問に思う。

「アルマークは音楽堂の場所、分かるの?」

ウェンディが尋ねてくる。

「ああ。えーと、分からないよ」

そう答えるアルマークの視界の隅で、レイラが寮の裏手に姿を消す。

「じゃあ教えてあげるね。正門から行くと……」

ウェンディが学校から音楽堂までの道順を丁寧に教えてくれるのを、アルマークは冷や汗をかきながら聞いた。

「ありがとう、ウェンディ」

アルマークは礼を言うと、右手を上げた。

「じゃあ、また夜に演奏会で」

「えっ。あ、うん」

「必ず行くから」

驚いた表情で見送るウェンディにもう一度手を振って、アルマークは走って寮の裏手に回った。

ちょうど、レイラが植え込みの陰に入っていくのが見えた。

あんなところに何があるんだろう。

アルマークは不審に思いながら、レイラの後を追い、植え込みの陰を覗いた。

レイラの姿はない。

あれ?

アルマークは一瞬自分の目を疑う。

植え込みの陰は行き止まりになっていた。

どこにも行けるところはないのに。

アルマークはきょろきょろと辺りを見回すが、やはりレイラの姿はない。

ふと足元に目をやると、地面に無造作に置かれた石に、見覚えのある青い紋が描かれているのに気付いた。

この紋、森で見たぞ。

アルマークは思う。

レイドーと泉の洞穴に行った時に途中で見た、森の奥にあった石と同じ紋だ。

なぜ、あそこにあった石と同じ紋が。

そう考えた時、アルマークはレイラの意図を悟った。

これは、移動の魔法の紋だ。

一つの場所から、対応するもう一つの場所まで瞬時に移動する魔法。

使うには、同じ紋を描いた石がそれぞれの場所に設置してある必要がある。

知識では知っていたものの、もちろんアルマークには使えない魔法だ。

アルマークだけではない。他のクラスメイトたちも使えないだろう。

これは初等部の魔法ではないのだ。中等部か、高等部で習う魔法のはずだ。

寮の裏手と、森の初等部立入禁止区域の道の脇。

石の置かれた場所からして、もう間違いないだろう。

これは、レイラが泉の洞穴に通うために描いた紋だ。

移動の魔法を使えば、帰りが深夜になることはない。

それにしても、まさかこんな高度な魔法まで使えるなんて。

レイラの魔法の実力に舌を巻きながら、アルマークは石の紋に触れてみた。

もちろん何の反応もない。

描いた術者本人にしか反応しないのだ。

今頃、レイラはもう森の道にいるのだろう。

なんてことだ。

アルマークは頭を抱えたくなった。

朝一番に捕まえるつもりが、いきなり取り逃がしてしまった。

一瞬諦めかけたアルマークだが、森の石があった場所はまだルルの泉までかなり距離があったのを思い出した。

レイラも、洞穴のすぐ近くに石を設置してしまうと、中等部の学生にばれてしまうと思ったのだろう。

女子の足なら、あそこから泉まではまだだいぶかかるぞ。

なら、全力で走れば間に合うかもしれない。

躊躇は一瞬だった。

アルマークは覚悟を決めた。

レイラが洞穴に入る前に捕まえる。

アルマークは身を翻した。

部屋に駆け戻ってマルスの杖をひっ掴むと、寮を飛び出す。

本気で走れば、間に合う。

アルマークは森に向かって猛烈な勢いで走り出した。