軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

やり方

不定形のどろどろとした塊が、アルマークの身体を包み込む。

「くそ、動けない」

アルマークは床に倒れたままで、首だけを動かしてレイドーを見た。

「レイドー、大丈夫か」

「ぼ、僕は大丈夫だ」

レイドーはそう答えると、慌ててアルマークに駆け寄ろうとする。

「今助ける」

「こっちに来ちゃダメだ」

アルマークは鋭い声で制止した。

「君までこいつに捕まったらおしまいだ」

その言葉に、レイドーが足を止める。

「大丈夫、心配ないよ。これは魔物じゃない。この洞穴の試練の一つだ」

アルマークは声を励ました。

「その証拠に、こいつは僕の顔までは覆ってこない。本当の魔物なら僕の顔を塞いで殺そうとするはずだ」

アルマークの言葉に、レイドーが戸惑ったように頷く。

確かにこの塊は、アルマークの全身をくまなく包み込んでいるが、顔にだけは触れようとしない。

アルマークは笑顔で洞穴の天井を見上げた。

「身体が動かないだけだ。考える時間はじっくりあるよ、レイドー。さあ僕を助けてくれ」

「分かった」

レイドーは表情を引き締め、杖を握り直す。

「炎で焦がしてみようか」

そう言って、杖の先端に鬼火を作る。

「炎か。いいかもね」

アルマークも答える。

鬼火の炎がふわりと浮いて、アルマークを包んでいる不定形の塊に近付く。

塊が、鬼火を嫌がるようにぞわりと動いた。

「お、嫌がってる」

アルマークが明るい声を出す。

「いいんじゃないか」

「そうだね」

レイドーが鬼火をさらに近付けると、塊の隅が焦げて、嫌な臭いが漂う。

「いてててて」

アルマークが苦しそうな声を上げた。

「ごめん、レイドー。ちょっと鬼火を遠ざけてくれ」

「あ、ああ」

レイドーが鬼火を引くと、アルマークは、ふう、と息を吐いた。

「こいつ、焦がされたら僕の身体を思いっきり締め付けてきたよ。凄い力だった。全身の骨が折れるかと思った」

「そうか。それじゃ炎はダメだな」

レイドーは鬼火を消す。

「それなら、逆に水はどうだ」

レイドーは杖をかざした。

湧水の術。

杖から水が吹き出し、不定形のそれに降り注ぐ。

「いてててて」

「あ、これもダメかい」

レイドーは杖を下ろす。

「それじゃ、冷気はどうだろう。霜下ろしの術だ」

「いてててて」

「これもダメか。風で吹き飛ばしてみようか。風の術だ」

「いてててて」

レイドーは他にも手持ちの色々な魔法を試してみたが、アルマークの呻き声が洞穴にこだますばかりで、効果がなかった。

「ダメだ」

レイドーは膝をついた。

「ごめんよ、アルマーク。僕がうかつだったばかりに」

「そこは気にするな、レイドー」

アルマークはだいぶ長いこと身体を締め付けられていたにも関わらず、相変わらず元気な声で言った。

「僕は大丈夫だ。さあ、もっと色々と試してくれ」

「そうはいっても」

レイドーはうつむく。

「もう思い付かないんだ」

「でも、君が中等部の人から聞いた話では、第一層は初等部の魔法の応用で何とかなるんだろ。きっとこいつだって何とかなるはずだよ」

「それも本当かどうか」

レイドーは唇を噛んだ。

「ごめん、アルマーク。僕は本当にダメな奴だ。君をこんなところまで付き合わせて、庇ってもらって、助け出すことさえできない」

「諦めるな、レイドー」

アルマークは声を強めた。

「考えることをやめちゃダメだ。そんなことを思っていても僕は助からない」

それから、いつもの穏やかな声に戻って続ける。

「ほら。君はいつも言ってるじゃないか。彼は僕の弟みたいだ、とか、あの子は僕の姉さんに似てる、とか。さっきも彫像の部屋で、そのおかげで答が分かった」

アルマークは、首を持ち上げて辛そうな顔のレイドーを見る。

「きっとそれが君の得意なやり方なんだ。僕には僕のやり方が、君には君のやり方がある。分からなくなったら、そこに戻ってごらんよ」

「僕のやり方……」

レイドーは呟いて、それから首を振る。

「武術大会ではそれで失敗したんだ。その考え方で、自分の中の熱を逃してしまった」

「やり方が合う場面と合わない場面があるんだ」

あくまでアルマークの声は穏やかだ。

「僕もこの洞穴では自分のやり方が通用しなそうだと思ったよ。僕はとりあえずすぐに壊そうとしてしまうからね。でも君はもっと柔軟に考えてくれた。ここは武術場じゃない。一回失敗したからって全部を否定する必要はないよ」

アルマークの言葉の意味は、レイドーにも理解できた。

しかしそれよりも、こんなに苦しい状況でも辛そうな表情一つ見せず、自分を責めることもしないアルマークの態度が、レイドーの心を動かした。

「分かった。情けないことを言ってごめん。もう一度考えるよ」

レイドーの言葉に、アルマークは笑って答える。

「もう謝るな、レイドー。僕は君を信じて待つよ」

レイドーは考えた。

僕のやり方。

相手を家族の誰かに模して、その考え方を類推する。

それが、この状況で役立つというのか?

相手は人間でもない、生き物なのかどうかも分からない、不定形の謎の物体なのに。

いや。

レイドーは心の中で自分の迷いを打ち消す。

役立つのか? じゃない。

役立てるんだ。

しばらくして、ようやくレイドーが立ち上がった。

通路の床に転がっていた石を手に取る。

アルマークが見守る中、レイドーは杖を短く持ち、石に当てた。

目を閉じて、集中する。

難しい魔法を使うつもりのようだ。額に汗がにじむ。

アルマークは黙って待った。

正直、アルマークには自分がどうやってここから抜け出せばいいのか、皆目見当もつかなかった。

最後の手段として、こいつが魔術的な何かなら、銅貨の魔術師相手にやったように、魔力を全身から発散させて吹き飛ばせるかどうかだと思っていた。

しかし、それが成功するにしても失敗するにしても、魔力をほとんど使い果たして、また医務室送りになるのは間違いない。

だから、それは本当に最後の奥の手だ。

アルマークは、楽観的に考える。

でも、レイドーならきっといい考えを思い付いてくれるさ。

やがて、レイドーが顔を上げた。

レイドーの手の中で、石が小さなネズミに変わっていた。

変化の術。

レイドーは膝を曲げて、地面にネズミをそっと下ろした。

ネズミが走り出す。

ネズミはまっすぐにアルマークの方へと駆け寄ってくると、アルマークを包んでいる塊の脇を素早く駆け抜けた。

塊が、反応した。

通路の奥へ走っていこうとするネズミを追いかけるように身体を伸ばす。

しかしネズミは機敏な動きでそれを避けると、さらに通路の奥へ走っていく。

塊が、アルマークから離れた。

ネズミを追って、ずるずると滑っていく。

意外なまでの素早さでネズミを捕らえると、塊は満足したようにその場に留まった。

レイドーはその塊に向けてもう一度杖をかざした。

湧水の術。

水が降り注ぐと、塊は嫌そうに身をくねらせた。

ネズミから元の姿に戻った石が、締め付けにたまらず塊の中で砕け散るが、レイドーは構わず水を注ぎ続けた。

やがて、しゅうしゅうと煙を上げて、塊は小さくなっていき、石の床に吸い込まれるようにして消えた。

「やった」

思わず呟いた後で、レイドーはアルマークに駆け寄った。

「アルマーク、大丈夫か」

「ああ。大丈夫」

アルマークは通路の脇にもたれるようにして立ちあがっていた。

「さすがだな、レイドー」

「君の助言のおかげだ」

レイドーは恥ずかしそうにうつむいた。

「考えたんだ、家族のことを。そうしたら思い出した」

「うん」

アルマークは頷いて続きを促す。

「何をだい」

「いつも、自分の好きなおもちゃを抱え込んで離さない弟がいてね。その弟からおもちゃを取り上げるのにどうしていたか」

家族のことを思い出すとき、レイドーの表情は決まって優しく緩む。

「力ずくで取り上げようとしても、弟は泣きわめいてかえってしっかり掴んで離さない。だから、目の前にもっと面白そうなおもちゃをちらつかせてやるんだ」

「なるほど」

アルマークは笑った。

「僕には思い付きもしなかった。君のやり方の勝ちだ」

通路の先には、地下へと下りる階段が口を開けていた。

「第一層はここまでみたいだ」

レイドーがアルマークに言う。

「ありがとう、アルマーク。ここまで来ることが出来たよ」

「僕もいい経験になった」

アルマークも笑顔で答える。

それから、ちらりと後ろを振り返る。

「どうやって帰るんだろう」

「もと来た道を戻るしかないのかな」

二人は、もと来た通路を戻り始めた。

すぐに、鉄製の扉が二人の前に立ちはだかる。

「さっきの奴か」

アルマークが顔をしかめるが、レイドーは落ち着いて魔力の有無を確かめる。

「いや、普通の扉みたいだ」

それから、慎重に押し開ける。

すると、目の前にはさっきまでの平らな床ではなく、ごつごつとした岩肌の通路が延びていた。

その先の方から、ぼんやりと月明かりが差し込んできている。

「最初の扉だ」

アルマークとレイドーは顔を見合わせ、それから通路を走った。

洞穴から出ると、もう外はすっかり夜になっていた。

「ありがとう、アルマーク」

あらためてレイドーが言った。

「本当にやりとげられた」

「自信は取り戻せたかい」

アルマークの問いに、レイドーは微笑んで首をかしげた。

「どうかな。取り戻せたような、そうでもないような」

「君の強さが証明できたじゃないか」

「強さ……と言っていいのかな」

レイドーは覚束ない表情で首を捻る。

「戦いに勝つことだけが強さじゃない」

アルマークは言った。

ウェンディの強さ。

モーゲンの強さ。

僕は、ここでそれを学んだ。

「強さと弱さは、コインの裏表みたいなものだよ」

アルマークは言う。

「表を出すか、裏を出すか。それは自分の気持ち次第だ」

「難しいな」

レイドーが顔をしかめる。

「簡単に言うと、自信を持てば君は強いってことさ」

アルマークはレイドーの肩を叩いた。

レイドーが照れたように笑う。

そのレイドーの笑顔に、またいつもの穏やかさが戻っているのを見て、アルマークは安心した。