作品タイトル不明
噴水台
小鬼の彫像が開いてくれた通路は、そのまま次の扉に繋がっていた。
レイドーが扉を慎重に確認してから、そっと押し開ける。
「また小部屋だ」
アルマークが呟いた通り、そこは先ほどの小鬼の部屋とさほど変わらない大きさの小部屋だった。
壁に灯ったランプの灯が、室内を照らし出している。
部屋の真ん中に、龍を象ったごく小さな噴水台が設置されていた。
龍を囲むようにして水受けがあり、本来なら龍の口から水が出るよう設計されているようだが、今は水は枯れてしまっていた。
部屋の四方の壁を見ても、やはり先へ進む扉や通路は見当たらない。
「さて、また謎解きの時間かな」
アルマークがそう言って噴水台を見る。
「レイドー。君はどう見る?」
「そうだね……」
レイドーは腰を屈め、噴水台を四方からじっくりと眺めた後で、アルマークの顔を見た。
「この噴水台から、ある程度の魔力は感じるね」
「うん」
アルマークは頷く。
「だけど、それ以上の手掛かりはないな」
レイドーはそう言って腰を伸ばし、龍を上から見下ろした。
「水を流してみようか」
「そうだね」
アルマークは同意する。
「噴水台なんだし、水を流すのが自然だと僕も思う」
「よし」
レイドーは杖の先端を噴水台に向けた。
一瞬の静寂。
集中。
杖から、水が吹き出した。
湧水の術。
アルマークが初めて習った霧の魔法は、魔力を水に変えるときに水をさらに小さな粒に変えることで霧を発生させたが、湧水の術は、魔力をそのまま水として顕現させる。
比較的簡単な魔法だが、その代わり、消耗する魔力も多大だ。
杖から噴出した水で、噴水台の水受けはたちまちいっぱいになった。
しかし、龍の口からは水が流れない。
「あれ?」
レイドーは水を止め、噴水台を覗き込む。
「変だな。水が出ないぞ」
「水を汲み上げる装置が動いてないんじゃないか」
アルマークの言葉に、レイドーは首を捻る。
「きっと魔法で水を汲み上げてるんだと思うんだけど」
「そうなのかい」
アルマークも噴水台に近付く。
確かに、龍の尻尾に水の吸い上げ口とおぼしき穴が開いている。
「魔法がうまく働いてないのかな」
アルマークが言い、レイドーは首を振った。
「湧水の術だけじゃ足りないのか」
「そんなに簡単じゃなさそうだね」
二人はしばし沈黙して、噴水台を眺めた。
難しい顔をして悩んでいるレイドーの横で、同じように考えてみたものの、いい考えも浮かばず、アルマークは龍の頭を撫でた。
「これは、火龍だね」
何の気なしに言う。
「分かるのかい」
レイドーが驚いたようにアルマークを見た。
「本格的な魔物の勉強は、中等部からなのに」
「北は南に比べて遥かに魔物が多いんだ」
アルマークは龍に目を落としたままで答える。
「魔物のことを知らないと生きていけない」
「そうなのか。厳しいところだね」
レイドーの言葉に、アルマークは苦笑いして頷く。
「まあ龍は魔物ってわけじゃないし、僕も実際に龍を見たことなんて、ほとんどないけれどね」
それを聞いたレイドーは
「ほとんどってことは、見たことがあるんだね」
と目を丸くする。
「水龍はね。でも、これは違う」
そう言って、噴水台の龍の頭を叩く。
「噴水台だから、水龍なんじゃないのかい」
「水龍は水の中に棲んでるから、ちょっと魚っぽい姿をしてるんだ。火龍や飛龍とは明らかに違うから、そこはすぐに分かるよ。これは火龍だ」
アルマークの説明に、レイドーは改めて腕組みをして噴水台の龍を見る。
「そうか、火龍か……」
「龍の鱗はとにかく硬くて、剣も矢も通さないからね。倒すなら、目か口の中を狙わないと」
アルマークはそう言いながら、ふと思い付く。
「弱点の目を潰してみようか」
「いや、そういう乱暴なことじゃないと思う」
レイドーは首を振る。
「でも、火龍なんだね。何か思い付きそうだ」
「そうか。頼もしいな」
アルマークは、そう言って自分でも噴水台を観察する。
「水の出ない噴水台、か」
そう言いながら、レイドーの出した水に手で触れる。
「水じゃないのかも」
アルマークはレイドーを振り返った。
「火龍なのに水を吹くっていうのもおかしな話だ。火龍ならやっぱり火を吹かないと」
「火か」
レイドーは腕組みを解いた。
「それもそうだね。やってみようか」
「火を吹かせるのかい」
アルマークが目を輝かせる。
「うん。アルマーク、悪いけどちょっと水受けの水を捨ててくれるかい」
「よしきた」
アルマークは両手を噴水台に突っ込んで、水を全て掻き出した。
「出したよ」
「ありがとう」
礼を言うレイドーの杖の先には、既に炎が点っていた。
「灯の術か」
アルマークが嬉しそうに言う。
「僕も使えるよ。僕にやらせてくれないか」
「いや、違うんだ」
レイドーは首を振って、杖の先を慎重に噴水台の方へと向ける。
炎が杖の先からゆっくりと離れた。
「鬼火の術か」
アルマークが唸る。
炎は、そのままするすると龍の尻尾に近付くと、穴の中に姿を消す。
それから少しして、龍の体内を通った鬼火が、龍の口から姿を現す。
確かに口からちろちろと炎をはみ出させたその姿は、火龍と呼ばれるに相応しく見えた。
「なるほど、火龍はこうでないとね」
アルマークが頷く。
「うん」
レイドーも頷き、少し心配そうに噴水台を見守る。
「どうだろう」
「きっと正解だよ」
二人はしばらく待った。
しかし、噴水台には何の変化も起きない。
「……違うのかな」
レイドーが肩を落とす。
「いい考えだと思ったんだけど」
「うーん……」
アルマークは口から炎を覗かせる火龍を見て、首を捻った。
「確かにこれだけだと、火を吹いてるって感じはしないかもしれない」
そう言って、火龍の後ろに回る。
「レイドー、こっち側から風を吹かせられないかな。そうすれば火を吹いているように見えるかも」
「なるほど。いい考えだね」
レイドーは微笑んで頷くと、アルマークの隣に立つ。
「風の術を使うよ」
「ああ」
アルマークも頷く。
レイドーが杖をかざすと、そこから風が巻き起こった。
龍の背後から吹き付ける風は、龍の口の中に留まっていた鬼火を揺らめかせる。
口から炎が揺らめき出て、まるで火龍が炎を吹き出しているように見えた。
「すごいぞ、レイドー」
アルマークが声をあげる。
「これでこそ火龍だ」
「そう見えるかな」
と、突如龍の口が大きく開いた。
かと思った瞬間、そこから炎がほとばしった。
風で揺らめかせた鬼火などではない。本当の炎の息吹だ。
炎が勢いよく壁にぶつかったかと思うと、壁の一部が溶けるように剥がれ落ち、新たな通路が現れた。
「正解だ」
二人は顔を見合わせて笑った。
そんな風にして、二人は知恵を絞り、魔法を駆使して、小部屋を五つも通り抜けた。
「そろそろ終わりかな」
またも現れた鉄製の扉を前に、レイドーが言う。
「中等部の人に聞いた話では、第一層ではだいたい五つくらいの部屋を通れば終わりだって」
「そうか。もうそのくらいは越えてきたね」
アルマークも頷く。
「じゃあ、この部屋で最後かもしれないね」
「そうだね。開けるよ」
そう言いながら、レイドーが扉に手を当てる。
その瞬間、アルマークの野性が反応した。
しまった。
本能は、瞬時に危険を告げていた。
さっきまでレイドーは、開ける前にいつも、扉自体に魔力が感じられないことを確認していた。
今、レイドーはそれをしなかった。
「レイドー!」
アルマークは腕を伸ばした。
「離れろ!」
そう叫んでレイドーを引き寄せる。
扉が生き物のようにぐにゃりと曲がった。
「ちぃっ」
アルマークはとっさにレイドーを後ろに突き飛ばした。
扉が、アルマークに覆い被さる。
いや、これは扉ではない。
その証拠に、通路はその背後にまだ続いている。
これは、擬態した罠。
アルマークの身体を奇妙な不定形の塊が押し包む。
「アルマーク!!」
レイドーが悲痛な叫び声を上げた。