軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彫像

洞穴に足を踏み入れると、やはり灯なしではとても歩けないほどに暗い。

「灯の術は僕が使うよ」

アルマークはそう言って、自らの手の上に炎を出現させる。

「僕はほとんど魔法が使えないから灯り役に徹するよ。レイドーは自由に動いてくれ」

「ありがとう」

レイドーは微笑むと、少し表情を硬くして杖を構え直す。

二人は足元に気を付けながら、ごつごつした岩肌の道を歩いた。

少し歩くと、その先の床が人に加工されたように平らになっていた。

「ここからが本番かな」

アルマークはそう言って灯で前方を照らすが、まっすぐな通路が遥か先まで続いていて、終わりは見えない。

「ずいぶん歩くみたいだ」

「そうだね」

レイドーが頷く。

しかし、二人が平らな床の通路に足を踏み入れた瞬間だった。

二人は自分の身体が一瞬ぶれるような感覚を覚えた。

「うっ」

思わずアルマークは声を出す。

気付くと、さっきまで果てしなく続いているように見えた通路はすっかり消え失せ、目の前には鉄製とおぼしき重厚な扉が現れていた。

「どうやら、ここからが本当の始まりみたいだ」

レイドーがそう言って苦笑いする。

「入るたびに中の構造が変わるっていうのはきっとこういうことなんだろうね」

「そういうことか」

アルマークも頷く。

泉の洞穴の試練が、いよいよ始まったのだ。

アルマークは今さらながらに、マルスの杖を持ってこなかったことを後悔したが、無いものは仕方ない、と傭兵育ちの切り替えの早さを発揮する。

レイドーが、扉自体が魔力を発していないのを慎重に確かめた後で、扉に手を当てた。

「開けるよ」

そう言って力を込めて、押し開ける。

中は、岩を四角くくりぬいたかのような小部屋になっていた。

二人が足を踏み入れると、壁に掛けられていたランプに自然に灯が点る。

「灯付きか」

言いながら、アルマークは自分の手の上の炎を消した。

「僕もあっという間にお役ごめんだ」

「そんなことはないさ」

言いながら、レイドーが室内をぐるりと見回す。

奇妙な部屋だった。

狭い室内に、二体の小さめの彫像が置かれている。

どちらも、小鬼のような魔物を模したものだ。

一体は床にあぐらをかいて座り、くつろいだような笑顔を見せている。

もう一体は、壁際で胸に手を当てて苦しそうに喘いでいた。

どちらの彫像も半裸で、口許から小さな牙を覗かせていた。

部屋には、今入ってきた鉄製の扉があるばかりで、先に進む扉も通路も見当たらない。

「いきなり行き止まりか」

アルマークは、四方の壁を軽く叩いてみたが、冷たい石の感触が返ってくるばかりだった。

「隠し扉みたいなものはなさそうだ」

「うん」

レイドーは腕を組んだ。

「きっとこの彫像に秘密があるんだろうね」

「そうだね。いかにも怪しいからね」

アルマークも頷く。

二体の彫像からは、ぼんやりとした魔力を感じる。

きっと何か仕掛けがあるのだろう。

「魔法でこの彫像を破壊するとか」

アルマークの言葉に、レイドーは首を捻る。

「いきなりそんな乱暴な方法は使わないんじゃないかな」

そう言って、レイドーは彫像におそるおそる手を伸ばした。

レイドーの指先が彫像に触れるが、彫像は微動だにしなかった。

「いきなり動き出すことはなさそうだ」

レイドーは今度は少し大胆に彫像を触りながら、じっくりと眺める。

「この体勢と表情が何かのヒントになっていそうだよね」

「そうかもしれない」

アルマークも改めて彫像を見直す。

床に座ってくつろぐ小鬼と、壁際で苦しそうに喘ぐ小鬼。

「一体は気持ち良さそうで、一体は苦しそう、か」

「うん」

レイドーが頷く。

「その対比に何か意味がある気がするんだ」

二人はしばし、二体の小鬼を睨んで考えた。

「こいつは、何を苦しんでるんだろう」

アルマークが壁際の小鬼の肩を叩く。

「胸を押さえてるよね」

レイドーはそう言って、腕を組んだまま、苦しそうな小鬼の像を見つめる。

「呼吸が苦しいのかな」

「そうも見えるね」

アルマークは答えて、次に床の小鬼に近付く。

「こっちは気持ち良さそうに笑ってる。何が楽しいんだろう」

「何だろうね。ゆったりと座って」

レイドーは小鬼の顔をじっと見た。

難しい顔で小鬼を見つめていたその顔が、急にふっと緩んだ。

「どうしたんだい」

アルマークの問いに、レイドーは、いや、と首を振る。

「なんだか僕の弟に似ている気がしてね」

「君の弟に」

アルマークは思い出した。

「そういえば、君にはたくさん兄弟がいたんだったね」

レイドーは頷いて、彫像を優しい目で見た。

「僕の弟も夏の暑い日は、よく日陰でこんな格好で涼んでいたな」

涼む。

レイドーのその一言に、アルマークは閃くものがあった。

「もしかして」

床の小鬼の真横に立ち、両手を広げる。

「あっ」

アルマークは声を上げてレイドーを振り返った。

「どうしたんだい」

「風だ」

アルマークは答えて、頭上を指差した。

「上から、少しだけ風が吹いている」

「え?」

怪訝な顔で近寄ったレイドーも、床の小鬼の上に手をかざして、目を見張る。

「本当だ」

部屋の天井は、壁や床と同じ飾り気のない石でできている。

どういう仕組みかは分からないが、隙間があるわけでもないのに、ごく微量の風が床の小鬼に向かって吹き下ろしていた。

「そうか」

レイドーが目を輝かせる。

「分かったよ、アルマーク。風曲げの術だ」

「風曲げ……そうか」

アルマークも頷く。

風曲げの術は、ボルーク卿の庭園の迷路でウェンディやネルソンが使っていた、吹いている風の方向を変える魔法だ。

レイドーは杖をかざすと、魔法の力で、床の小鬼に吹き下ろしている風の向きをねじ曲げた。

壁際の小鬼の方へと。

苦しそうな小鬼に、そよ風が吹き下ろす。

「これでどうかな」

レイドーが心配そうにアルマークを見る。

「僕もこれでいいと思う」

アルマークは答える。

風を受けた壁際の小鬼の像には、しばらく何の変化もなかった。

しかし、その苦しそうな表情に、徐々に変化が現れ始める。

「レイドー、小鬼の顔が」

「えっ」

アルマークに指摘され、レイドーも気付いた。

小鬼の表情が、少しずつ柔和に変わっていく。

二人が見守る中、小鬼の顔は最後には床の小鬼と同じ、くつろいだ笑顔になった。

「笑った」

アルマークが声を漏らす。

と、小鬼の像が、突如まるで生きているかのように動き、握り拳で自らのすぐ脇の壁を叩いた。

「あっ」

二人は同時に声をあげる。

小鬼に叩かれた壁が、割れるように開き、先へ進む通路が現れた。

「正解だったんだ」

アルマークがレイドーを振り返ると、レイドーは笑顔で頷いた。

「君のおかげだ」

「違う。僕だけだったら、とっくに彫像を壊している」

アルマークは言った。

「君の力だよ、レイドー。さあ先へ進もう」