軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

座学の授業を数時間こなした後、治癒術の授業になった。

今までは主に薬草の煎じ方や薬湯の作り方を習っていた授業だが、今日は魔術実践場に場所を移した。

いよいよ治癒術そのものを教えてもらえるのだ。

「みんなの魔力も安定してきたので」

講師のセリアがいつものように穏やかな口調で言う。

「今日から、治癒術の実践に入ります。治癒術は魔力が不安定なまま使うととても危険な魔法だから」

セリアのきつく縛った髪に輝いている髪飾りを見ながら、アルマークは、つい先日自分も治癒術に救われたのを思い出す。

武術大会の日、背中を切り裂かれたときにイルミスがあっという間に傷口を塞いでくれた。

今、背中を見てももうあの時の傷跡は全く残っていない。

それまでに刻まれたたくさんの傷跡は全て残っているというのに。

「治癒術は、万能の魔法ではありません」

美しい顔を少しだけ曇らせて、セリアは言う。

「治癒術で治せるのは、切り傷や打撲傷、それに骨折や捻挫などの外傷です。ほとんどの病気は治癒術では治せません」

病気の治療は薬湯の役目、とセリアは続ける。

「病気はその人の身体そのものの治癒力を高めて治さなければならないから。薬湯はそれを手助けします。厳密には、治癒術で病気を治すこともできるのだけれど……」

セリアはそこで少し言葉を切って、学生の顔を見回す。

「それはとても危険な行為。その人の身体にとても大きな負担をかけることになる。だから、覚えておいてください。治癒術で病気を治そうとは思わないこと」

はい、とアルマークたちは返事する。

それから、それぞれが針で指先を刺し、ごく小さな刺し傷を作った後で、それを自ら治癒術で治療した。

アルマークも治癒術に挑戦することを許された。

そして、大半のクラスメイト同様、最後までうまくいかないままその日の授業を終えた。

その日の放課後。

魔術実践場で、いつものようにアルマークはイルミスと向かい合っていた。

「持ってきたかね」

イルミスの言葉に、アルマークは「はい」と頷いて、杖を取り出す。

杖と言うにはやや不格好なその「棒」は、先日学院長から改めて引き渡された伝説の魔法具、マルスの杖だ。

「本来は、杖の使い方を教えるのはもう少し先、と思っていたのだが」

イルミスはそう言いながら、マルスの杖に目をやる。

「君がその杖の正式な所有者となった以上、いつまでも棒として振り回してばかりもいられないだろう。闇の罠とやらで、いつその杖の力が必要になるかも分からないことだしね」

「ありがとうございます」

「では」

イルミスが右手を振ったかと思うと、もうその手には一本の杖が握られていた。

いつもながらの鮮やかな魔法に、アルマークが目を輝かせる。

「アルマーク。最初に君に出した宿題の、二つ目だ」

イルミスはそう言ってアルマークの顔を覗き込んだ。

「覚えているかな」

「はい」

アルマークは頷いた。

「一つ目は、魔術師はなぜローブを着るのか。二つ目は、魔術師はなぜ杖を持つのか」

「うむ」

イルミスは頷く。

「では、まず聞いてみようか。魔術師が杖を持つ理由は何だと思うね?」

「みんなの姿を見て、その答えはなんとなく分かったんです」

アルマークはそう言って少し微笑む。

「ほう」

イルミスの口許が楽しそうに緩む。

冬の屋敷で、杖を振って家具を次々に使用人の姿に変えていったウェンディ。

杖を突きだして北の傭兵ギザルテを窓の外に吹き飛ばしたモーゲン。

闇の魔獣エルデインと対峙し、杖をかざしてその弱点をアルマークに示したアイン。

「杖は、魔法の増幅装置ではないかと思います」

彼らは皆、素手でも強力な魔法を操ったが、杖を持ったときの魔法の威力は段違いだった。

杖が、きっと彼らの魔法の発動を手助けしているのだ。

「杖を通して魔法を使えば、素手よりももっと強力な魔法が使えるのではないでしょうか」

「なるほど」

イルミスは頷いた。

「半分、当たりだ」

そう言って薄く笑う。

「半分ですか」

アルマークは落胆する。

「絶対そうだと思ったのに」

「実際に使ってみよう」

イルミスはそう言って、自分の杖の先に灯りをともす。

「君の灯の術も、だいぶ安定してきたところだ。杖で灯の術を使ってみよう」

「はい」

言われるがままに、アルマークは杖をかざす。

「えーと」

「魔力はそこまで練らなくてもいい」

イルミスはそう言って、マルスの杖の先端を指差す。

「この杖が自分の腕の延長だと思いたまえ。いつもは自分の手の上に灯りをともすイメージをするだろう。それと同じように、杖の先に灯りをともすイメージを」

「はい」

アルマークは、魔力をいつも右手に集める要領で、魔力を杖の先に集めようとする。

「えっ」

思わず声が出た。

ろくに練られていない魔力が、杖を通した瞬間、あっという間に練られていくのが分かる。

純度が高まった魔力が杖の先端で炎として発現し、アルマークは危うく調節を誤りそうになった。

「すごい」

アルマークは慌てて炎の大きさを調節しながら、感嘆の呟きを漏らす。

「魔力が勝手に」

「そうだ」

イルミスは頷き、アルマークにいったん灯りを消させる。

「次は、よく魔力を練ってからやってみよう」

「はい」

「気を付けなさい」

イルミスの言葉に頷く。

魔力を身体の中でしばらく練ってから、アルマークは魔力を杖に注ぐ。

「うっ」

杖の中で魔力が凄まじい純度で渦巻くのが分かった。

とても先ほどまでの比ではない。

魔力が、自分では扱ったこともない純度まで研ぎ澄まされていく。

「出せません」

アルマークは思わず言った。

「今の僕には、これは」

こんな純度の魔力がこの密度で渦巻いている状態を制御できる自信がなかった。

小さな灯りを出そうとしただけで、イメージも何もかも全て吹き飛んで、この間エルデインの背中にぶつけたような巨大な火柱が立ち上りそうだった。

「大きな炎を出す必要はない」

イルミスは静かな声で言った。

「小さな。目で見えないほど小さな炎を作るイメージを」

「そんな」

これだけ莫大な魔力でそんな小さな炎を作るなんて、今の僕の実力ではとても。

アルマークはそう思ったが、イルミスの真剣な眼差しを見て覚悟を決めた。

「分かりました」

アルマークはイメージした。

小さな、小さな、目に見えないほどの小さな炎。

それはもう小さな光といってよかった。

すると、杖の先端で魔力が驚くほどに凝縮していくのが分かった。

そして杖の先端に、光が生まれた。

発光体は小さくて見えないが、四方に強烈な光を放っている。

灯のイメージの凝縮に成功していた。

「すごい」

アルマークは呟く。

「イメージと魔力の調整がこんなにもうまくいくなんて」

「そうだ」

イルミスは自分の杖をマルスの杖に合わせてアルマークの光を消すと、頷いた。

「杖は、魔力の錬成装置でもあり、イメージと魔力の調整装置でもある」

「すごいです。素手であんな魔力を扱ったら間違いなく暴走させてしまいます。いや、その前に、杖なしであそこまで魔力を練ることができない」

「やはり君は実際に経験すると理解が早いな」

イルミスはそう言って笑う。

「だが、普通は初めてでここまではできない。大抵の子は杖の使い方で四苦八苦するものだが、君は杖の使い方が格段に上手いな。この杖が君の所有物だからなのか、それとも……」

イルミスはアルマークを穏やかに見た。

「君がずっと剣を振るってきたおかげで、こういう物の使い方を感覚で理解しているのか」

「そうかもしれません」

アルマークには、後者のように思えた。

「杖は便利なものだが、使い方を誤るととても危険だ。何よりも、杖を持ったときの力を自分の本当の力だと過信しないことだ」

「はい」

イルミスはそれから、杖を使う際の様々な注意をアルマークに与え、杖で魔法を使う練習に遅くまで付き合ってくれた。