作品タイトル不明
チケット
レイラを説得するなら、彼女が泉の洞穴へ向かう現場を押さえないといけないだろうな。
そうしないと、僕の話に耳も貸してくれないだろう。
そんなことを考えながら教室に入ると、アルマークは、レイドーと別れて自分の席に座る。
隣の席のウェンディはもう来ていて、いつもの女子グループで話していた。
「おはよう」
アルマークが声をかけると、ウェンディの席に集まっていたノリシュとリルティも一緒に、三人で笑顔で挨拶を返してくれる。
「おはよう、アルマーク」
声がきれいに重なって、三人で顔を見合わせて笑う。
「あ、そうだ」
ノリシュが思いついたように、ウェンディの肩を叩く。
「アルマークも誘う?」
「うーん……どうかな。アルマークは興味あるかな」
ウェンディが戸惑ったように笑う。
「ん、何の話?」
アルマークが尋ねると、ウェンディは返答に困ったように微笑む。
「今度の休日なんだけどね」
答えたのはノリシュだ。
「リルティのお父さんたちの知ってる楽団が、ノルク島へ演奏に来るんだって」
「楽団」
アルマークは久しぶりに聞くその言葉を一度口の中で繰り返す。
「そうか、リルティのご両親は確か」
「うん」
リルティが恥ずかしそうに頷き、ノリシュが代わりに説明する。
「そう、フォレッタ王国の王立音楽院の楽士だからね」
華奢で怖がりなリルティは、夜の森にハンカチを一緒に探しに行って以来、時折アルマークの部屋にお菓子を持ってきてくれることがある。
しかしその時も、恥ずかしそうにお菓子だけアルマークに押し付けると、すぐに去っていってしまう。
今日も、リルティは自分の両親の話なのに説明をノリシュに任せてしまっているようだ。
「リルティのご両親のお知り合いが団長をしてる楽団が、毎年ガルエントルに演奏に来るんだけど、今年はノルク島まで足を伸ばしてくれるんだって」
隣で恥ずかしそうにしているリルティに代わって、ノリシュがそう説明してくれる。
「演奏会は三日間あるんだけど、そのうちの一日がちょうど学院の休日に当たってるから、みんなで行こうかって話をしてたところなの」
「次の休日か」
昨日の休日は、訳の分からない決闘に巻き込まれて一日終わってしまった。
正直、音楽のことはほとんど分からないけど、ウェンディたちと一緒に演奏会に行くというのも面白そうだ。
アルマークは笑顔で頷こうとして、窓際の席に一人で座っているレイラに気が付いた。
そうだ。
さっきレイドーと話していた時に、レイラは、泉の洞穴に休日に行っているんじゃないかと考えたところだった。
コルエンの昨日の言葉が蘇る。
『中等部の学生でも、数人で組んで入るような場所だ』
演奏会には行きたいが、レイラをそんな危険なところへみすみす一人で行かせるわけにはいかない。
「うーん……」
アルマークが唸ると、ウェンディの顔が曇った。
「あ、別に無理にとは言わないけど」
ノリシュの言葉に、アルマークは仕方なく、
「うん、ごめん。行ってみたいけど、お金がないから」
と答える。
残念だけど、断るしかなさそうだ。
「ふっふっふ」
ところがアルマークの言葉に、突然ノリシュが不敵に笑った。
「そう言うだろうと思ってね」
そう言って、リルティを振り返る。
「見せてあげて、リルティ」
「うん」
リルティが頷いて、小さな手でローブの袖からたくさんの紙片を取り出す。
「見なさい、これを」
ノリシュが胸を張る。
「これは……チケットかい」
アルマークが目を丸くする。
「正解」
ノリシュが頷く。
「私が自慢気にする話でもないんだけど、リルティのお父様がわざわざ、みんなで聴きに行きなさいってこんなにたくさんお父様の署名入りのチケットを送ってくれたんですって」
「すごい」
「だから、これからほかの子達も誘おうかって話してたところ。ね、リルティ」
「うん」
リルティが頷いて、恥ずかしそうにうつむいたままで言う。
「だからアルマークも、もしよかったら来て」
しまった。断り方を間違えた。
アルマークはうろたえて、リルティの手の中のチケットを見る。
「ん?」
チケットに書かれた開演時間に気付く。
「あ、演奏会は夜やるのかい」
「うん」
ノリシュが頷く。
「夜の演奏会。素敵でしょ」
そうか。夜なら、間に合うんじゃないか。
アルマークは考えた。
レイラが泉の洞穴に行くとすれば、昼間だろう。
レイドーの言うように距離がかなりあるのなら、朝早くから出発するのではないか。
寮を出るレイラを捕まえて、無茶をやめるよう説得して。それなら十分に間に合いそうだ。
「分かった。僕も行かせてもらうよ」
その言葉に、ウェンディとリルティの顔が輝く。
「やったね」
ノリシュが二人に言うと、リルティが耳を赤くして「うん」と頷き、ウェンディも嬉しそうに微笑む。
「さて、あとは誰だろう」
とノリシュがクラスを見回す。
「チケット、まだいっぱいあるもんね」
「ノリシュ、ネルソンを誘って」
リルティが小さな声で言うと、ノリシュがあからさまに嫌そうな顔をする。
「ええ? ネルソンは音楽を聴いても分からないよ、きっと」
「でも、みんなに聴いてほしいから」
リルティの言葉に、ノリシュも仕方なく、うー、と唸りながらネルソンの席の方に歩いていく。
アルマークの耳にも、ネルソンの
「はあ? なんで俺がお前と」
といううろたえた声が聞こえてきた。
「二人っきりのわけないでしょ!」
というノリシュの怒鳴り声もすぐに聞こえてきて、アルマークはウェンディと顔を見合わせて笑う。
結局ノリシュの熱心な勧誘で、レイラを除く女子全員と、トルクたち三人を除く男子全員が行くことになった。
モーゲンは最後まで、音楽を聴くとお腹が減るから、と難色を示していたが、照れ隠しに必死のネルソンに猛烈な説得を受け、渋々折れた。
レイラはどう答えるのかアルマークも注目していたのだが、ノリシュの誘いに、その日はやることがあるから、とすげなく断っていた。
やっぱり泉の洞穴に行く気なのかもしれないな、とアルマークは考えた。
トルクはノリシュの誘いに、間髪いれず「柄じゃねえよ」と首を振り、デグとガレインもそれに頷いた。
トルクは二人を振り返り、
「お前らは行ったらどうだ。たまには音楽でも聴いて心をきれいにしてこいよ」
と話を向けたが、ガレインは無言で首を振り、デグも「俺はきっと途中で寝ちゃうよ」と申し訳なさそうに笑った。
「ということで」
ノリシュはウェンディの席に戻ってくると、ウェンディとアルマークに言う。
「次の休日は、音楽堂に集合ね」
「うん」
「わかった」
二人は頷く。
ノリシュが自分の席に戻った後で、ウェンディが気遣わしげにアルマークの顔を見る。
「アルマーク、本当は何かその日予定があったんじゃない? 大丈夫?」
「うん。昼間に少しね。夜なら大丈夫」
アルマークはそう言ってウェンディに笑顔を見せた。
「でもすごいね。こんなちゃんとした演奏会、僕は初めてだ」
アルマークの言葉に、ウェンディが嬉しそうに笑う。
「それなら良かった。楽しみだね」
「うん」
ウェンディのこの笑顔が何度でも見たい、とアルマークは思う。
そのためにも、頑張ってレイラを説得しないと。
そう心に決めた。