作品タイトル不明
感謝
医務室に、セリアとともに険しい顔のイルミスが入ってくると、三人が無事に目覚めたという和やかな雰囲気は消し飛んだ。
「まずは、三人ともよく無事で帰って来た」
険しい顔のまま、イルミスは言った。
三人は、はい、とか、ありがとうございます、とか口々に答える。
「身体を動かしてみたまえ。おかしなところ、動かしづらいところはないか」
その言葉に、三人はベッドを下りてそれぞれ身体を動かしてみる。
「違和感はないか」
イルミスの問いに、三人とも頷く。
「ならばよし。魂はきちんと身体に入ったな」
そう言ってからイルミスはセリアを振り返って、頷いてみせる。
セリアも頷き返し、穏やかに
「薬湯を用意してくるわね」
と言って席を外す。
扉が閉まるのを待って、イルミスは、さて、と言って三人を見る。いつになく厳しい顔をしている。
「モーゲンからだいたいの事情は聞いてはいるが」
神妙な顔の三人を一人一人見ながら続ける。
「君たち自身の口からもきちんと話してもらおうか。今回、君たちが一体何をして、何をせず、そして何が起きたのか」
説明は主にアインが担当した。アルマークとフィッケはところどころでその説明に補足を加えた。
噂話の発端。その推理と検証。
フィッケの意識喪失と、朝のアルマークの部屋でのやり取り。
図書館での罠。
洞窟での目覚めと、魔獣との遭遇。
説明の間、イルミスはずっと黙って聞いていた。
魔獣エルデインとの戦いの説明の際には、途中でフィッケが、
「アルマークが一人で化け物を引き付けて走り回ってるのが上からも見えました。すげえと思った」
と興奮ぎみに口を挟み、思い付いたように、
「突進をぎりぎりのところでかわして、走って。そう、見たことないけど、まるで北の戦場の傭兵みたいでした」
と口にした。
「傭兵か。言い得て妙だな」
アインが涼しい顔で相づちを打つ。
「アルマークは北の出身だと聞きましたが、まるで話に聞く北の傭兵のような戦いぶりでした」
そう言って、ちらりとアルマークを見る。
アルマークが黙っていると、たまりかねたようにウェンディが口を挟んだ。
「二人とも、失礼だよ。アルマークを傭兵にたとえるなんて」
アインは興味深そうにウェンディを見た。
「そうか」
「そうだよ」
ウェンディはアインの顔を睨む。
「それはすまなかった。取り消そう」
アインはあっさりと撤回した。
「えー、でも何かちょっと怖いくらいの戦い方だったしさ。北の傭兵って感じだったじゃん」
フィッケがそう言って口を尖らすのを、イルミスが遮った。
「そこはもういい。それからどうした」
それを受けてアインが、魔獣を倒した後、上空からの光を浴びて三人が意識を失い、次に目覚めたときはこのベッドの上だったということを簡潔に説明する。
「なるほど」
イルミスは頷いた。
「君たちのしたことは分かった」
それから、もう一度三人の顔を見る。
「では、君たちがしなかったことはなんだ。アイン、君は」
「先生への報告です」
アインは即答した。
「フィッケが倒れたと聞いた時点で、先生にことの次第を報告すべきでした」
「分かっていて、なぜそうしなかった」
「フィッケを危険にさらしたのが自分なら、自分で責任をとろうと思ったからです」
イルミスは、ほう、と言い、次にアルマークを見る。
「アルマーク、君がしなかったことは」
「先生への報告です」
アルマークも即答した。
「アインから朝、フィッケの話を聞いた時点で、先生に報告すべきでした」
「分かっていて、なぜそうしなかった」
「アインが一人で危険に向かっていこうとしていたからです」
アルマークは答えた。
「アインの決意は固そうで、止めても無駄だと思いました。それならば僕も行こうと思いました」
「なぜ」
「アインを一人で行かせることは、勇気ある者のすることではないと思ったからです」
「そうか」
イルミスは、厳しい表情で首を振った。
「君たちは思い違いをしている」
そう言って、二人を見る。
「物事には優先順位というものがある」
イルミスはフィッケを指差した。
「今回の場合、何よりも優先すべきはフィッケの命だ。君たちの誇りや勇気などは二の次だ」
フィッケがこくこくと頷く。
「魂を抜かれてから時間が経てば経つほど、フィッケの命は危険に晒されることになる。今回フィッケが助かったのは、幸運以外の何物でもない」
それから、とイルミスは続ける。
「魔獣との遭遇は君たちにも予想外だっただろうが、今回の勝利を間違っても君たち自身の実力によるものだなどとは思わないことだ。君たちの勝利は、信じられないほどの幸運に支えられていた」
「はい」
アルマークは素直に頷いた。
それは自分でも痛いほど分かっている。
母さんのペンダントの護りがなければ、あの時エルデインに踏み潰されて死んでいた。
「好奇心を持つのは悪いことではない。だが、ことの軽重を考えたまえ。感情で目を曇らせる前に、目の前のありのままを見ることだ。分かるか」
「はい」
アルマークとアインは神妙に返事をする。
「分かるなら、今回のような真似は二度とするな」
イルミスの言葉に、二人は頷いた。
イルミスは厳しい表情のまま、続ける。
「フィッケ。災難ではあったが、君も軽率な行動は慎むことだ」
「はい!」
フィッケが元気に答える。
「モーゲンもウェンディも泣きながら私のところに来た」
イルミスはそう言って、アルマークを見た。
「友達に、あんな顔はさせるな」
「はい」
泣きながらイルミスのところへ走っていく二人の姿を想像すると、アルマークは胸が詰まった。
イルミスはそれでも最後に少しだけ表情を緩めた。
「とはいえ、みんな本当に無事でよかった。それがなによりだ」
セリアの薬湯を飲み、今回の件についてはこちらで詳しく調べる、とイルミスに告げられた後で、五人は解放された。
外に出て初めて、アルマークたちは今がもう真夜中に近い時間であったことを知った。
校舎から寮に戻るまでの道すがら、フィッケが楽しそうに本の中の洞窟での出来事を話し、モーゲンは時折あくびしながら律儀に頷いていたが、アインは何も喋らず、アルマークとウェンディも言葉少なだった。
寮に入ったところで、それぞれの部屋へと別れる。
アインとフィッケは、じゃあ、と手を上げてさっさと階段を上っていく。
「ウェンディ、モーゲン」
アルマークは二人を振り返る。
「今日は本当に心配をかけてごめん」
「いいんだよ」
モーゲンが笑顔で首を振る。
「アルマークたちが無事で本当によかった」
「うん。本当によかった」
ウェンディも頷く。
「でも先生の言うとおり、もう無茶はしないでね」
また思い出したのか、ウェンディの声が少し震えた。
「もうあんな思いはしたくない」
「ごめん」
アルマークは謝った。自分に抱きついてきたときにウェンディの体が震えていたのを思い出した。
「もうそんな思いはさせない」
本心から、そう言った。
「でも、心配してくれてありがとう。嬉しかった」
アルマークがそう言うと、ウェンディは小さく頷いてくれた。
三階の廊下を自分の部屋へと歩いていたアルマークを、後ろからアインが呼び止めた。
「アルマーク」
アルマークは振り返って怪訝な顔をする。
「アインか。フィッケと一緒に部屋に戻ったのかと思っていたよ」
「君に一言だけ言っておこうと思ってね。追いかけてきた」
アインはそう言ってアルマークに歩み寄ると、その肩を叩いた。
「前途多難だな。鍛冶屋の息子」
「え」
「今日は本当に助かった。信じるかどうかは君次第だが、僕は君の味方だ」
素っ気ない口調でそれだけ言うと、さっさとアルマークに背を向ける。
「話はそれだけだ」
最後に背中越しにそう言って、アインは階段を下りていった。