作品タイトル不明
帰還
学院の医務室には、深刻な表情のモーゲン、ウェンディ、それにイルミスと治癒術教師のセリアが集まっていた。
ベッドに寝かされ、意識を取り戻さないでいるのはアルマーク、アイン、フィッケの三人だ。
アルマークは寮の自室にモーゲン宛の手紙を残してきていた。
図書館を閉めようとした司書のタミンが、書庫で倒れているアルマークとアインを見つけた頃、モーゲンもアルマークの部屋で手紙を見つけていた。
泡を食ったモーゲンがその手紙をウェンディに見せに走り、イルミスは半泣きの二人からその報せを受けた。
医務室に運び込まれた二人をセリアに任せると、イルミスは図書館の書庫で、三人の魂を吸いとった件の本を発見した。
その本の意味するところを直ちに察知したイルミスは、高位の護りの術を自らの魂に施した。
本を開いた瞬間に現れた無数の手は、イルミスの魂に触れた瞬間全て樹氷のように凍りついた。
闇の罠を解いたイルミスはその本を医務室に持ち帰り、セリアに見せる。
「見ろ、セリア。魂を抜き取ってこの本に閉じ込める陰険な罠だ」
イルミスは、言いながら本のページをめくる。
「本の中で待ち構えているのは、闇の魔獣エルデイン。こいつが魂を喰らう仕組みだ」
「闇の魔獣」
セリアは、美しい眉間に皺を寄せる。
「一体、誰がそんなことを」
「あの、魂を喰らうって」
震える声で口を挟んだのは、ウェンディだ。
「魂を食べられたら、どうなっちゃうんですか」
「魂の死は、肉体の死につながる」
イルミスは淡々と答える。
「魂が喰われれば、二度と肉体が目覚めることはない。やがて肉体も衰弱して死に至るだろう」
「そんな」
ウェンディが絶句する。
「僕のせいだ」
モーゲンがうなだれる。
「僕が変な噂話をしたばっかりに」
「モーゲンのせいじゃないよ」
ウェンディが首を振り、小さくなっているモーゲンの肩を抱く。
「モーゲンのせいじゃない」
そう言いながらも、ウェンディの目からは止めどなく涙がこぼれる。
「イルミス。この本から脱出する方法はないの」
セリアに尋ねられ、イルミスは難しい顔で頷く。
「あるにはある。おそらく、この闇の魔獣エルデインを倒すことができれば出ることができるだろう」
「倒すって、闇の魔獣を子供たちだけで? 他にもっと現実的な方法はないの」
セリアの言葉がいくぶん非難の調子を帯びる。
「それを今、考えている」
イルミスが仏頂面で答える。
「倒す?」
モーゲンが顔を上げた。
「倒せば出られるんですか」
「理論上はな」
イルミスは渋い顔で頷く。
モーゲンは、身体を前に乗り出した。
「先生。そういえばアルマークは、剣を持って倒れてましたよね」
「ん? ああ。ローブの中に忍ばせていたようだな」
イルミスが頷くと、モーゲンは勢い込んで尋ねる。
「たとえばですけど、先生。剣を持ってるときに魂を抜かれたら、そのまま剣を持って本の中に入れたりはしませんか」
「ふむ……?」
イルミスは少し考える。
「その可能性はあるな」
「それなら」
モーゲンの顔が輝いた。
「助かります。アルマークたちは」
「助かる?」
イルミスが片眉を上げるが、モーゲンはそれに構わず、ウェンディを振り向く。
「ウェンディ、大丈夫だよ。アルマークなら、倒せる」
「えっ」
真っ赤な目のウェンディが戸惑った声を上げるが、モーゲンは力強く頷いて見せる。
「アルマークは助かる。だから泣かないで」
モーゲンは、笑顔でイルミスに向き直った。
「闇の魔獣がなんだっていうんだ。先生、僕は知ってるんです。剣を持ったら、アルマークは無敵なんです。誰にも負けないんです。ウェンディ、アルマークは必ず二人を助けて帰ってくるよ」
モーゲンは、ウェンディの肩を抱き返した。
「僕は信じてる。ウェンディ、君もアルマークを信じてあげて」
「うん」
ウェンディはすがるように、モーゲンの力強い言葉に頷いた。
目を覚ましたとき、アルマークには、そこが学院の医務室であることがすぐに分かった。
以前にもここでこうして目を覚ましたことがあったからだ。
あの時も、竜の炎を使ったんだったな。
そんなことを考えながら、ゆっくりと身体を起こす。
「アルマーク!」
聞き慣れたはずのその声に、懐かしさといとおしさを感じてしまう。
涙目のウェンディの顔が、すぐそこにあった。
ああ、ウェンディだ。
アルマークはぼんやりと思う。
僕は、生きて君にまた会いたかった。
君のおかげで、最後まで走ることができた。
「ウェンディ。また会えた」
「よかった」
抱きつかれて、思わずアルマークはベッドから転げ落ちそうになる。
「なんだ、君だけずるいな」
言いながらアインも上体を起こしていた。
「よかった。さすがアルマークだ」
ウェンディの後ろから、モーゲンの声がする。
「心配かけてごめん」
アルマークは謝る。
「心配はしたけど。君なら大丈夫だと思ってた」
「僕も、モーゲンなら手紙を見てくれると思ってた」
アルマークはウェンディの背中越しに、モーゲンに笑いかけた。
「よかった、目が覚めたのね」
セリアの声もした。
いつも、迷惑をかけてばかりのセリア先生。
「すみません」
そちらに向けても謝る。
「モーゲン君の言ったとおりね。でもフィッケ君だけ目を覚まさないわ」
セリアの声が曇る。
「ああ、セリア先生お構い無く」
アインがそう言って右手を上げると、中指を眠ったままのフィッケに向けて弾く。
見えない力が、フィッケの額を打つ。
「いって」
フィッケが声を上げた。
「分かってるんだ。早く起きろ」
「なんだよ。もう少し寝てれば俺にも誰かが抱きついてくれるかと思ったのによ」
ふて腐れた顔でフィッケも上体を起こす。
「誰もいない。寮に戻ってエメリアにでも頼め」
「アイン、そりゃひでえよ」
フィッケの情けない声に、アルマークも思わず声をあげて笑う。
「よかったわ、みんな無事で。イルミスを呼んでくるわね」
セリアが慌ただしく出ていく。
「本当に無事でよかった、アルマーク」
抱きついたままのウェンディが、もう一度小さく呟いた。