作品タイトル不明
称号
フィッケはするすると壁を下りてくると、最後は、よっ、という掛け声とともに、自分の身長の二倍くらいの高さから床に飛び降りた。
「いやー、ひどい目に遭った」
明るい声でそう言いながら、アインとアルマークに近づいてくる。
「アイン、それにそっちは2組の転入生か。助けに来てくれたのか」
だが、声をかけられた二人とも、力を使い果たしていてまともに立ち上がることもできない。
「ありがとな」
あっさりとそう言って、フィッケはいつもの緊張感のない顔でエルデインに近付く。
「もう動かないよな」
エルデインの黒い角を爪先でこつこつと蹴って、にやりと笑う。
「すげえ化け物だったな。まぁ俺の岩で倒しちゃったけどさ」
ぬけぬけと言い放った後で、うずくまっている二人を交互に見比べる。
「なんだよ、どうしたんだよ二人とも」
その瞬間、広間が闇に包まれた。
アインが鬼火を消したのだ。
「うわ、暗いって!」
「うるさい。僕はもう疲れた。君が灯りをつけろ」
アインが冷たく言い、フィッケが慌てて手に灯をともす。
「ひでえな。びっくりしたじゃないかよ」
「びっくりしたのはこっちだ」
アインが言う。
「エルデインの足元に君のぼろぼろのローブがあった。こっちは君が喰われたのかと思ったんだぞ」
フィッケはきょとんとする。
「エルデイン? 誰?」
「そいつの名前だ」
アインが、床に横たわる巨体を指差すと、フィッケは、ああ、と頷く。
「こいつのことか。いや、ほんとだぜ。いきなり暗い洞窟にぶちこまれて、長いこと歩かされたと思ったらこんなでかい化け物に襲われて。まあローブの端っこ食いつかれただけで壁に登れたから助かったけどさ」
「ずっと壁にへばりついてたのか」
「いや、それがさ」
フィッケの声はあくまで明るい。
「登ってみたら、あそこ。いい感じの窪みがあるんだよ」
そう言って、壁の遥か上の方を指差す。
「そこで、こいつがどっかに行くのを待とうと思って座ってたんだけど、やることもないし気付いたら寝てた」
「寝たのか」
アインの声が震える。
「こっちが心配でろくに眠れなかったというのに」
「あそこ、横になれるくらいの広さがあるんだ」
フィッケはアインの表情など全く意に介さず、続ける。
「でも不思議なんだよな。ずいぶん寝たはずなのに、腹も減らないし喉も渇かないんだ」
「それはこの身体がかりそめだからだ」
アインがそれでも説明しようとする。
「君も本に吸い込まれたんだろう」
「おう。そうそう、そうだよ」
フィッケが思い出したように頷く。
「図書館に、アインの言った通り、光った本があったんだよ。これだと思って開いたら、その本の中から突然手が伸びてきて」
「光った本はその隣だ。君は一冊間違えたんだ」
アインが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「あ、そうなの? でもびっくりしたぜ。気がついたらこんなところでさ」
フィッケは屈託なく言った。
「まあでもそんなに心配はしてなかったけどな。アインが助けに来てくれるって分かってたからさ」
「それは……当たり前だろう」
アインが頷くのを見て、フィッケが笑う。
「信じてたけど、やっぱりほんとに来てくれたのが分かった時は嬉しかったな」
「む……」
アインがばつの悪そうな顔で黙る。
そこに、ようやく立ち上がったアルマークが近付く。
「フィッケ、無事でよかった」
「おう、転入生。アルマークだっけか。こうして話すのは初めてだな」
フィッケはにやりと笑った。
「すごかったな、あの魔法。背中で爆発してたな」
雑に魔法を誉められ、アルマークも頷く。
「ああ。君こそ、最後の岩は的確だった。助かったよ」
「あれ、よかっただろ?」
フィッケは得意気に笑う。
「二人が来たのは分かってたからさ。この化け物が壁に突っ込んで巻き上げた岩を、魔法で一個引き寄せてキープしてたわけさ。それでいつ出て行こうか迷ってたら、アインが、弱点はあそこだって叫んで、その後でお前のでっかい火柱が上がったじゃんか。ここだって思ったね」
フィッケは自分の言葉に頷いて、手で何かを手繰り寄せるジェスチャーをする。
「あの火柱からも炎を引き寄せてさ。ほら、俺ってそういう魔法得意だからな。そんで燃やした岩をこいつの背中に、ずごーん、さ」
「すごいな」
「だろ」
フィッケは得意そうに微笑む。
それからまじまじとアルマークの全身を眺めた。
「それにしてもひでえざまだな。全身血まみれじゃねえか。お前こそ大丈夫かよ」
「大丈夫」
アルマークは微笑む。
「慣れっこだ」
その答えにフィッケが目を剥く。
「慣れっこってお前。骨とか折れてないか」
「多分ね。でも、かりそめの身体だから」
「かりそめ……えっと、それはつまり」
フィッケはアインを振り返る。
アインもゆっくりと近付いてきていた。
「本当の君の身体は今、学院の医務室で眠っている」
アインは言った。
「昨日からずっとだ」
「ほんとかよ」
フィッケが声を上げる。
「じゃあ、これは?」
言いながら、自分の身体をべたべたと触る。
「かりそめの身体だと言っただろう。魂のようなものだ」
「へえ」
フィッケはすっとんきょうな声を上げる。
「魂か。じゃあ二人も、魂なのか」
「だから、そう言っているだろう」
うんざりした顔で言ってから、アインはアルマークに向き直る。
「アルマーク。君には辛い役目を引き受けさせてしまった」
そう言って、アルマークの身体を痛ましい顔で見る。
「いくらかりそめとはいえ、これは……命を落としてもおかしくなかった」
「いいんだ」
アルマークは首を振る。
「僕には、エルデインの弱点を探す方法なんて思い付かなかった。君は見事に自分の役目を果たしてくれた。さすがだよ、アイン」
そして、アインの顔を見て、微笑む。
「君の誇りを見せてもらった」
「僕の方こそだ」
アインが言う。
「最初の予定どおり、僕一人で来ていたら、間違いなく僕はあいつの餌食になっていた。僕にはこいつほどの運動能力はないからね」
そう言って、フィッケを顎で示す。
「最初から最後まで、一貫して君は勇敢だった。あれだけの魔獣を前にしても、君の勇気はいささかも揺るがなかった」
そして、頭を下げる。
「敬服する。アルマーク。君の勇気に」
「よしてくれ」
アルマークは手を振った。
「どちらが欠けていても倒せなかったんだ。君の頭脳こそ、少しも濁らなかった」
アインは首を振る。
「フィッケがやられたと思って動揺した。恥ずかしいところを見せた」
「なあ」
フィッケが二人の会話に割り込んだ。
「あいつを倒したのは、俺ってことでいいんだろ?」
「ああ、そうだな」
アルマークは笑顔で頷く。
「魔獣殺しの称号は君のものだ」
「よっしゃ」
拳を握るフィッケの頭をアインが叩く。
「やめておけ。分不相応な称号だ」
「なんでだよ」
「倒したのは、ほとんどアルマークの手柄だ。アルマーク、君の……」
アインはアルマークを見る。
「あんな戦い方は、南の人間にはできない。君は北で、一体何をして育ってきたんだ」
アルマークは、アインの目を見返して答える。
「北には魔物が多いから。それで慣れていた」
だが、その言葉にアインは納得しなかった。
「君のご両親は何を」
「母さんは死んだ。父さんは旅の鍛冶屋だ」
「鍛冶屋」
アインはアルマークの答えを繰り返し、探るようにアルマークの目を覗き込んだ。
アルマークは目をそらさない。
しばらく互いに見つめあった後、アインは諦めたように笑った。
「君がそう言うなら、まあそうしておこうか」
「何の話してるんだよ。俺も混ぜろよ」
フィッケが不満顔で言ったときだった。
急に辺りが明るくなった。
上空から光が差し込んできたのだ。
「牢獄の扉が開くぞ」
アインが言った。
「ここから出られるのか」
フィッケが声を弾ませ、アルマークが笑顔で頷いたとき、光が急激に強さを増した。
三人は、その光の中で意識を失った。