作品タイトル不明
対戦相手
アルマークは先頭にたって、試合場の中に入った。
天井が高い。
観客たちの拍手が降り注がれてくる。
さっき、応援席にいたときとは、まるで違う。
自分の番だ。
そう、強く感じる。
これから自分が試合をするのだ。
アルマークは、試合場の中央に向かってゆっくりと歩いた。
後ろを歩いていたネルソンが、その歩みの遅さに危うくアルマークの背中にぶつかりそうになる。
「アルマーク、ちょっと歩くの遅くねえか」
小声で文句を言ってくる。
「そうかな」
アルマークはとぼけた。
だが、それは自分でも分かっていた。
足が重い。
上半身に比べ、下半身の回復が遅いことをアルマークは感じていた。
さっきも武術場のすぐ外で、ネルソンに早く来いと呼ばれても、構わずゆっくり歩いて近付いていった。
別に余裕を見せたかったわけではない。足がいうことを聞かず、走ることができなかったのだ。
「このチーム、この五人で戦うのは、今回一度きりなんだ」
アルマークは振り返ってネルソンに笑いかけた。
「せっかくだからゆっくり歩こうよ」
「なんだよ」
拍子抜けしたようにネルソンが言う。
「お前、全然緊張してねえじゃんか」
「そんなことないさ」
言いながら、ゆっくりと確かめるように、一歩ずつ。
徐々に試合場の中央へ。
反対側から、同じようにして3組の学生たちが入ってくる。
さあ、誰だ。
僕の相手は誰だ。
アルマークは、先頭を歩いてくるのが見覚えのある顔だと気付いて、思わず口許を緩めた。
中央で、2組と3組の代表選手が向かい合う。
それぞれの目の前に、自分の対戦相手がいる。
アルマークの前には、ポロイス。
ネルソンの前には、エストン。
ノリシュと因縁のある大柄な二人が並ぶ。
ネルソンは自分の最も戦いたかった相手と当たり、すでに鼻息荒くエストンを睨み付けているが、逆にエストンはろくにネルソンの方も見ずにどこ吹く風の様子だ。
レイラの前にいるのは、利発そうな顔立ちの少女。
体格はレイラとほぼ変わらない。
これが学年二位の才女、ロズフィリアか。
アルマークは彼女をそっと観察した。
ロズフィリアは、どこか笑っているように見える大きな瞳で、じっとレイラを見ている。
いつもモーゲンたちを震え上がらせるレイラの冷たい視線をまっすぐに受け止めて、いささかも臆する様子がない。
むしろ、どこか面白がっているようにも見える。
これは、難敵だな。
アルマークは思った。
レイドーの前にいるのは、小柄な少年だ。さっきモーゲンが名前を出していた、ルゴンという学生だろう。
そしてモーゲンの前にいるのが、ずば抜けて背の高い少年だ。
しなやかそうなその身体は、おそらくバネのような筋肉に覆われているのだろう。
周りをゆっくりと見回すその姿は自信に満ち溢れている。
3組で一番強い、とネルソンが言っていたコルエンだ。
モーゲンは、足元を見たままコルエンと決して目を合わせようとしない。
すっかりコルエンの雰囲気に呑まれているように見える。
「名前はなんといったかな」
不意に目の前のポロイスに話しかけられて、アルマークは彼を見た。
「どこかで会ったことがある気はするんだけどね」
ポロイスは薄く笑っていた。
「申し訳ないが、僕は自分が興味をもった相手の名前しか覚えないものだから」
ああ、とアルマークは頷いた。
「僕の名前はアルマークだ、ポロイス」
そう言ってから、付け加える。
「僕には会った人の顔と名前を覚えられる程度の知能はあるよ。君と違ってね」
ポロイスはその言葉に、一瞬片眉を上げてみせたが、すぐに口許を歪めて笑顔を作った。
「頑張って安っぽい挑発をしてくるじゃないか。でも」
アルマークの顔を見て、忍び笑いを漏らす。
「いくら強がっても、緊張しているのがばればれだよ。気付いてるかい? 自分の顔が、血の気がすっかり引いて真っ白になってしまってることに」
その時、場内に両チームが紹介され、二人の会話は中断した。
紹介が終わると、観客たちから再度、選手たちに拍手が送られる。
アルマークたちが拍手に応え、観客席に向かって頭を下げているときに、そっとネルソンが囁いてくる。
「何か言われたのか」
「まあね。こっちも軽く挑発してみたけど」
アルマークはネルソンに囁き返す。
「乗っては来なかった。意外と中身を伴った強さがあるね」
ネルソンは不愉快そうに、へっ、と笑う。
「頼むぜ、リーダー。しょっぱなでしくじるなよ」
「ああ」
挨拶が終わると、いよいよ試合の始まりだ。
第一試合の選手二人以外の選手は後ろに下がっていく。
試合場の中央には、アルマークとポロイスだけが残る。
しばしの沈黙の後。
「アルマークといったね」
ポロイスが口を開いた。
「先に謝っておく。君には辛い思いをさせることになるだろうから」
「どういう意味だい」
アルマークが尋ねると、ポロイスは眉をしかめて気の毒そうな顔を作ってみせた。
「誰だって、これだけ大勢の観客の前で、惨めに負けたくはないだろう。もしかしたら、君は相当な恥をかくことになるかもしれない」
「ああ、そんなことか」
アルマークは下を向いて微笑んだ。
「それは奇遇だ。僕も同じことを思っていた」
ポロイスが訝しげな顔をする。
「同じことをだって? どういう意味だ」
「でも良かった」
ポロイスの質問に構わずに、そう言って顔を上げたアルマークは、どこか突き放したような口調で言った。
「それならお互い、どんな試合になっても恨みっこは無しでいこう」