作品タイトル不明
北の流儀
審判のボーエンが二人の横に立ち、口頭で規則の確認をする。
どれも分かりきったことばかりなので、アルマークとポロイスは黙って頷く。
ボーエンは淡々と確認を終えた後、二人がそれぞれ頷くのを見届けて、軽く手を挙げる。
それに合わせて、場内に女性の声で選手の名前が紹介される。
まず、ポロイスの名前が読み上げられた。
普通はそれに合わせて頭を下げたり、手を挙げたりするのだが、ポロイスはそのどちらもしなかった。
名前が呼ばれ終えた後、ポロイスは優雅に三歩下がった。
何が始まるのか、と観客席がざわめく。
観客が見守る中、ポロイスは右手に持っていた剣を、ゆっくりと持ち上げ、剣先をアルマークにぴたりと向ける。
左手は腰に。
それから、アルマークに突きつけた剣を左肩にゆっくりと振りかぶる。
笑みを含んだ余裕のある眼差しはアルマークに向けられたままだ。
一瞬の間。
次の瞬間、ポロイスは剣を一気に振り下ろし、再び剣先をぴしりと真っ直ぐにアルマークに突きつけた。
「スタウツ家当主メリクが次子、ポロイス!」
ポロイスのよく通る声が場内に響き渡る。
おおぉ、というどよめきと拍手が観客席から起こる。
「ガライ王国の貴族の伝統的な決闘の名乗りだ」
応援席で見ていたトルクがガレインたちに説明する。
「貴族が誇りと名誉を懸けて決闘に臨むときは、ああして名乗るのさ」
「派手なことをする奴だな」
デグが顔をしかめた。
「かっこいいけどさ」
素直な感想も付け加える。
「平民にはすることのできねえ名乗りだから、わざとやってるのさ。趣味がいいとは言えねえな」
トルクは言い、俺がアルマークだったら、と続ける。
「あんな真似されたら冷静じゃいられねえな」
アルマークは、そのポロイスの名乗りを新鮮な気持ちで眺めた。
そうか。
そういうのもありなのか。
アルマークの胸を懐かしい高揚感が包む。
その感情の正体が知りたくて、アルマークは周りを見回す。
観客席。
応援席。
自分たち二人を、遠巻きに見守る大勢の人々。
そして今、目の前で見た、ポロイスの名乗り。
ああ、そうだ。
アルマークは気付く。
似ている。
これは、似ているんだ。
北の戦場。
傭兵同士の一騎討ちに。
たとえば、名のある傭兵団同士が戦場でまみえたとき。
たとえば、幾日も膠着した戦況が続いたとき。
北の傭兵たちは、時に儀式のように一騎討ちに戦況を委ねる。
勇者同士の戦いの勝敗が、その日の戦況を左右し、戦い全体の勝敗にまで影響を及ぼすこともある。
だから、一騎討ちは戦場の華だ。
所属する傭兵団の誇りと、その日の戦の流れを懸けて、数多の戦士が見守る中、双方一人ずつの強者が進み出る。
居並ぶ歴戦の傭兵たちも、この時ばかりは手を出すことは許されない。
そして二人は、互いに正々堂々と名乗りをあげ、戦うのだ。
どちらかが命を落とすか、決着がつかず周囲の戦士たちが堪えきれなくなるまで。
アルマークにも、さすがに戦場での一騎討ちの経験はない。
傭兵団の誇りを背負って戦う一騎討ちに、子供のアルマークが出してもらえるはずがなかった。
だが、憧れだった。
一騎討ちに憧れない傭兵などいるものか。
父レイズが。
斧の名手ゲイザックや父の片腕ヤーガスが。
時には、飄々と団長ジェルス自らが。
ただ一人、居並ぶ戦士たちから抜け出し、全員の誇りと名誉と勝利をその背に負う。
その背中を、アルマークは何度見つめてきただろうか。
自分もいつかああなりたい。
自分もいつかああなるんだ。
そんな焼き付くような憧憬を抱えながら。
北を離れ、もう二度とそんな機会はないだろうと思っていた。
戦場で一騎討ちをすることなど。
もちろんここは本当の戦場ではない。
だが、やってもいいのか。
いいのなら、僕は大切な仲間たちの誇りと名誉と勝利のために、正々堂々と彼の名乗りに応えよう。
場内に、アルマークの名前が読み上げられる。
アルマークはポロイスを見て、にこりと笑うと、自らもゆっくりと三歩、下がった。
それから、持っていた剣をこれもゆっくりと自らの真正面、ポロイスに向ける。
お前も見よう見まねで名乗りをやる気でいるのか。
ポロイスが口許に嘲りの笑いを浮かべた。
できるものか。
観客席からも戸惑ったようなざわめきが漏れる。
しかし、アルマークの動きはポロイスのものとは違った。
アルマークは、そのまま剣を、風切り音がするほどの速さで水平に、右へ。
そこからゆっくりと左へと回していく。
居並ぶ戦士たちも見よ。
左へと回しきった剣をそこで止め、再びゆっくりと真正面に戻すと、アルマークはその剣を一気に真っ直ぐ、天に向けて突き出す。
天の神々も照覧あれ。
剣と共に天を見上げたアルマークの顔がまたゆっくりと前を向く。合わせるようにゆっくりと胸元に引き寄せられた剣の柄。それを持ったままの拳で、胸を叩く。
強く、叩く。
我が勇気は、ここにある。
それは見ていた人々が思わず息を呑むような、荒々しさと優雅さを兼ね備えた動き。
決して洗練されているわけではないのに、どこか神々しさをまとった動き。
今までに、それを実際に目にしたことのある者はその場には誰一人としていなかった。
しかし、迷いのないその動きにただ圧倒された。
北の流儀。
傭兵たちの一騎討ちの儀式。
戦士の名乗り。
その迫力に、ポロイスが目を見開く。
アルマークはポロイスから目を離さず、心の中で告げた。
黒狼騎兵団副官“影の牙”レイズが長子。
そして、最後の一言に、全ての思いを込める。
「アルマークだ」