作品タイトル不明
決着
「あ、アルマークどこ行ってたんだよ!」
ネルソンが応援席に駆け戻ってきたアルマークを見て声をあげた。
「もうピルマンの試合終わっちまったぞ」
「ごめん」
謝って試合場に目をやると、既にデグの試合が始まろうとしていた。
「ピルマンはどうだった」
「負けた」
ネルソンは試合場を見ながら顔をしかめた。
「よく頑張ったんだけど、体のでかい相手に力で押し込まれた。アインの得意そうな顔が腹立ったぜ」
「そうか……」
これで二勝二敗。
アルマークは1組の応援席に目を向ける。
ちょうどアインもアルマークを見ていた。
目が合うと、アインは笑顔で手を振ってきた。
アルマークも手を振り返す。
「おい、アルマーク。なんで敵に手ぇ振ってんだよ」
ネルソンが見咎めて声をあげるが、アルマークは首を振った。
「敵じゃないさ」
アルマークもこの大会当日までは敵同士だと思っていた。
しかし、同じ目的に向かって修練を積んできた者同士だ。そこには、憎しみも命のやり取りも存在しない。
それを北の人間は敵とは呼ばない。
その時、はじめ、というボーエンの声が響いた。
「始まったよ。デグの相手は?」
「ムルカ。……正直、実力はデグよりちょっと上かな」
「アインが計算してるのなら、まあそういう相手が来るよね」
アルマークは頷いた。
「でも、アインはよく知らないからね」
「何を?」
「あの三人のことを」
アルマークは、試合を見守るトルクとガレインに目をやった。
デグは、ムルカの鋭い突きを自分の剣で受けた。
危ない。
しかし、ほっとする間もなく次の攻撃が飛んでくる。
なんとかそれも受け流して間合いをとる。反撃する暇もない。
くそ、強いや。
デグはムルカの自信満々の顔を見ながら思った。
相手はトルクの腰巾着だ、強気で攻めればすぐにぼろを出す。
きっとアインからそんな風に言われているんだろう。
ムルカがまた踏み込んでくる。デグの攻撃など、全く恐れていないかのように。
その攻撃をまた必死で受け流す。反撃の糸口はつかめない。
「ムルカ、押せ! 相手はびびってるぞ!」
良く通る声。
アインだ。あの頭のいい奴。
くそ。確かにびびってるよ。
ムルカの猛攻に、観客席が沸く。
ピルマンが負けて、2対2になったとき、正直、デグは震えた。
自分の勝敗に、この試合全体の勝敗が懸かってきてしまった。
そもそも自分はそんな重責を担えるような人間ではないのだ。
きっとこの場面なら、まだガレインの方が堂々といつも通りの力を発揮しただろう。
試合場の中央に立ったときから、自分の身体が萎縮しているのが分かった。
相手のムルカのことはよく知らないが、きれいな顔で女子に人気があるという噂を聞いたことがある。
向かい合ったときの、その自信に満ちた整った顔を見たら、もうそれだけでデグは敵わないような気になってしまった。
せめて自分くらいおどおどした相手だったら。
ムルカの突きが危うくデグの胴を掠め、観客席から1組の女子の、きゃあ、という歓声が上がった。
ほら、女子もみんなこいつを応援している。
俺じゃダメだ。
アルマークやネルソン。せめてレイドーなら。
デグはずるずると後退した。
「デグ! 頑張れ!」
アルマークとネルソンの声が聞こえる。
ごめんよ、練習に付き合ってもらったのに。
2組の女子たちの悲鳴のような応援の声も聞こえる。
ごめん、でも俺には荷が重かった。
ほら、俺だって必死で頑張ってるんだよ。こうやって。
デグはなんとか決定的な一打はもらわずに堪えていた。
だが、それも時間の問題か。
その時。
「デグ!」
アインほど良く通る声でも、女子たちのように華やかな声でもない。だが、その声はデグの耳にはっきりと届いた。
トルクの声。
「頼む」
あれは、トルクが武術の授業でアルマークにやられた、その翌日のことだったか。
トルクは表面上は普段通り強気を装っていたが、内心ひどく動揺しているのが、いつも行動を共にしてきたデグとガレインには分かった。
寮への帰り道、三人だけになったとき、トルクが不意に言った。
「俺の力は分かっただろ。所詮あの程度だ」
二人が何も言わないでいると、トルクは二人の方を見もせずに、さらに続けた。
「愛想が尽きたらいつでも離れろ。それで恨むほど小さくはねえ」
「俺はトルクと一緒にいる」
デグはすぐに言った。ガレインも頷いた。
「俺は頭が悪いから、うまく言えないけど」
デグは理由を言おうとしたが、言葉が上手く出ない。
自分の気持ちがはっきりと言葉にできない、いつものもどかしい気持ちをまた味わった。
「トルクは、強い」
それしか言えなかった。
ガレインも、何も言うつもりはないようだった。二人で黙ってトルクの顔を見た。
トルクはしばらく黙って二人の顔を見て、最後に、好きにしろ、と言った。
だから、好きにした。
クラスの他の人間と話す機会も増えたが、それでもデグとガレインは基本的にはトルクの傍にいた。
トルクはその時もひどく傷ついていたはずだけれど、傍にいてくれ、とも、一人にしてくれ、とも言わなかった。二人に何も頼まず、ただ、二人の好きにさせた。
一年生が魔物にさらわれたときも、トルクは一人でアルマークの後を追った。
その時やその後、何があったのかデグは知らない。トルクも話さなかった。
しかし、いつの間にか、トルクはアルマークとどこか認め合っているように見えた。
トルクは誰にも頼らない。
デグとガレインはいつもトルクの傍にいたが、トルクは二人になにかを相談したことも頼ったこともない。
大事なことは、いつも一人で考えて、決めて、その結果も一人で受け入れてきた。そして、きっとまた一人で立ち上がったのだろう。
そのトルクが、昨日の夕方、二人に言った。
「明日の試合、お前たちの試合までは俺の力じゃどうにもならねえ。でも」
勝ちてえんだ、と呟いた。
デグには分かった。
朝、アルマークに団結の言葉を言わせたからだ。
あの言葉を聞いたからだ。
トルクは、きっとそれで自分だけでなく、クラスとしても勝ちたくなったのだ。
本人に聞いても、そんなことねえ、と首を振るだろうが。
「ガレイン、デグ。絶対勝て、とは言わねえ。だけど、絶対に諦めるな」
トルクは二人の肩を叩いた。
「いいか、約束だ。自分が辛いときほど、攻めろ。一番きつい時こそ、攻撃をしろ」
できるか、と言われ、二人は頷いた。
「できるよ」
「できる」
アルマークやウォリスの強さは、驚異の対象にはなっても、自分とは全く異質の強さすぎて憧れの対象にはならなかった。
自分は絶対にああはなれないんだ、という現実を見せられるだけだったからだ。
だが、デグにとってトルクの強さは、違った。
能力も高いが、それ以上に、誰にも頼らずに生きていく強さのようなもの。貴族なのに、トルクは最初からそんな強さを持っていた。
「デグ、頼む」
そのトルクが今、俺に「頼む」と言った。
あの誰にも頼らないトルクが、この俺に、頼む、と。
デグは自分の身体に力がみなぎるのを感じた。
余分な硬さが抜け、熱い気持ちが全身を駆け巡っていくのを感じる。
トルク。トルクが、あんな切実な声で、こんな俺を頼ってくれるのか。
辛いときほど、攻めろ。
約束は守る。
よく見たら、こいつの攻撃なんてトルクやネルソンに比べたら、屁みたいなもんじゃないか。
デグが、ムルカの剣を強く打ち払った。
今までの弱々しい動きからの急激な変化が、ムルカにとっては完全なフェイントとなった。
戸惑って目を見開いたムルカのがら空きの胴に、デグは剣を強く突き込んだ。
鈍い感触とともに、ムルカが尻餅をつく。
「それまで!」
ボーエンの声が響く。
トルク、勝ったよ。
デグは誇らしげに高々と剣を掲げた。
俺を頼ってくれて、ありがとう。