作品タイトル不明
叫び
デグが勝ち名乗りを受けて試合場を下りてくると、トルクたち四人が一斉にデグを取り囲む。
トルクがデグの胴を思い切り叩き、ガレインが続けてデグの肩を思い切り叩く。
ウェンディとピルマンは笑顔でそれを見守っている。
「トルクのおかげで勝てた」
デグが頬を紅潮させて言う。
「何言ってんだ」
トルクが笑う。
「寝ぼけてんのか。お前が勝ったんだ」
「デグ、よくやったぞ!」
ネルソンが応援席から声を張り上げる。
デグは照れくさそうに右手を挙げた。
「デグー!」
観客席の女子たちが叫んでいる。
その声を聞いて、トルクがふとアルマークたちの方を見た。
それから、にやりと笑ってデグに何か耳打ちをする。
デグは最初驚いた顔をしたが、すぐに悪ガキのような笑顔で頷いた。
トルクは、ガレインとピルマンにも何かを伝える。
二人も同じように驚いた顔をしたが、すぐに頷く。
隣で聞いていたウェンディは苦笑いをしている。
「あいつら、何話してるんだ?」
ネルソンが訝しげに言い、アルマークは、さあ、と首をかしげる。
と、トルクたち男子四人が観客席に身体を向けた。
「ノリシュ!」
トルクが叫んだ。
「リルティ!」
ガレインが続く。
「キュリメ!」
ピルマンも叫ぶ。
「セラハ!」
デグも叫んだ。
そして、四人が声を揃えて叫ぶ。
「お前らのために勝ったぞ!!」
女子たちから、きゃあー、と黄色い歓声が上がり、観客席も、どっと沸く。
「あいつら!」
ネルソンが叫ぶ。
「汚ねえ! 俺たちのアイディアをパクりやがった!」
「ははは、これは一本とられたね」
レイドーが笑う。
トルクが、どうだ、と言わんばかりにアルマークの方を見る。
「対抗意識もここまで来るとすげえな」
ネルソンは呆れた顔をした。
「トルクの奴、お前がやるって言ったら裸踊りでも先にやりそうだな」
「まあ、この件はトルクに譲るよ」
アルマークは苦笑いしながら言った。
「彼らにはその資格がある」
「……そうだな。よく勝ってくれたぜ」
ネルソンは真面目な顔になって頷いた。
「次は俺たちの番だな」
「うん。恥ずかしい戦いは見せられないね」
アルマークの言葉に、モーゲンとレイドーも頷く。
アルマークは三人の顔を見て、それからレイラを振り返った。
「僕たちも勝とう」
四人が黙って頷いた。
試合を終えた両チームは、再度、試合場の中央に整列するよう告げられた。
はしゃいでいたトルクたちの顔がもう一度引き締まる。
「ガレイン、ピルマン」
トルクは負けた二人に声をかける。
「胸を張れ。俺たち五人で一つの勝利だ」
二人が頷くのを見て、トルクは前に向き直る。
「よし、行くぞ」
頭上から拍手の雨が降ってくる。
その中を、トルクたち五人はゆっくりと歩いた。
それぞれの対戦相手と、中央で握手する。
「なかなかいい跳躍だったぜ。苦戦した」
トルクがフィッケに声をかけると、フィッケは意外そうに眉を上げた。
「トルク、お前変わったな」
そう言って、自分の腹を押さえる。
「すごい突きだった。まだ痛いよ」
「悪いな」
トルクが言うと、フィッケは首を振って笑った。
「いい防御だった。崩せなかった」
ガレインがラープスに言う。
ラープスは首を振る。
「紙一重さ。いつやられてもおかしくなかった」
ウェンディはエメリアに、ありがとう、と声をかけたが、エメリアはうつむいたまま最後までウェンディの顔を見ようとしなかった。
ピルマンとその対戦相手もお互いの健闘を称え合う。
「次は負けない」
とムルカがデグに言う。
「またやろう。次も負けない」
そう言って、デグは笑った。
試合が終わると、休憩になった。
多くの観客が観客席から外に溢れ出る。
彼らは彼らで、この大会をいい機会として社交の場を楽しむのだ。
そこかしこに談笑の輪ができる。
その中を縫うようにして歩いていたアルマークは、アインに呼び止められた。
「やられたよ」
そう言いながらも、アインは笑顔だった。
「いい試合だったけどね」
「君は、ずいぶん作戦を立ててたみたいだったね」
アルマークは言った。
「こっちのチームの出る順番まで読んでたのかい」
「まあね」
こともなげにアインは頷く。
「トルクの性格は読みやすい。順番は全部当たったよ。勝敗もおおむね予想通りだった」
そして、アルマークの顔に人差し指を突き付け、にやりと笑う。
「君のガールフレンド以外はね」
「ガールフレンド……って、ウェンディのことかい」
「他に誰がいるんだよ。まさかトルクが君のガールフレンドか?」
皮肉な笑みでそう反駁してから、真面目な顔になって続ける。
「エメリアがウェンディに負けたのだけは予想外だった。純粋な技術だけならウェンディの方が上かもしれないが、彼女にエメリアの気迫を凌ぐほどの芯の強さはないと思っていた」
エメリアの意気込みは凄かったからね、とアインは言う。
「ウェンディの戦いぶりは、まるで別人のように老練だった。君が彼女に何か吹き込んでいたにしても、だ」
黙ったまま聞いているアルマークに、アインは、最後に笑ってこう言った。
「夏に何かあったんだろ? あれだけの貴族の子に手を出すと苦労するぜ。せいぜい気を付けるんだね」
「どういう意味だい」
「そのままの意味さ」
アインはもうアルマークに背を向けていた。
「次は僕も試合なのでね。応援よろしく頼むよ」
人の波が急に割れた。
アルマークは人に押されてよろめいた。
王太子だ、というざわめきが広がる。
ウォルフ王太子がお付きの従者たちとともに歩いてくる。
貴賓用の休憩所へ移動するのだ。
それを避けて人の波が割れていく。
アルマークは、その一行のなかに先ほどの白のローブの男性の姿を認めた。
ライヌル。
彼の言うことは嘘ではなかった。
ローブを深く被った王太子の斜め後ろを歩いている。
アルマークは彼の右手に光る金色の指輪を、見るとは無しに見ていた。
「アルマーク!」
その声は、王太子一行を挟んだ反対側の人垣から聞こえてきた。
「アルマーク! 急いで!」
真っ白い肌に黒い髪の少女が、必死な顔で人垣の向こうからアルマークに向かって叫んでいた。
「寮へ! 早く、寮へ!」
あんな大声で叫んでいるのに、周りの人は誰も彼女を見ない。
アルマークの目の前を、何事もないように王太子の一行が通りすぎていく。
「急いで! 手遅れになる前に!」
少女は必死に叫んでいた。
アルマークをまっすぐ見つめて、悲痛な表情をしている。
「アルマーク! 寮へ!」
王太子の一行が去り、人垣が崩れる。
少女の姿はその中に埋没してしまう。
アルマークの心の中に強い不安が沸き起こった。
アルマークは走り出した。