作品タイトル不明
40話~お話聞かせて貰っても良いですか?~
特区から帰ってきた次の日。俺は普通に出社した。
家を出れば狭い道路に大量の車が連なり、古い型の電車に男達が寿司詰め状態になっている。
そんな様子を傍目に見ながら通勤すると「ああ、戻ってきたんだな」と実感する。それと同時に、自分がどれだけ非日常的な世界に居たのかと言う事を改めて認識させられた。
本当に、目まぐるしい変化と厳しい状況だった。その場その場に付いて行くのがやっとで、今こうして思い返すことでやっと、実感が湧いてくる。
その中でも一番は…本物の鈴木さん、やっぱり可愛かったな。
「おはようございます。先輩」
「うぉっと」
彼女の事を思い出していたら、不意に声を掛けられた。いつの間にか、松本君が出社したみたいだ。
後ろめたさから、俺はつい声を上げて驚いてしまったが、なんとか「おう、おはよう」と取り繕う。すると、松本君の目がキラリと光った。
「無事に帰って来られて良かったです。あまりに居心地がいいからって、もう帰ってこないんじゃないかと思っていたんですよ」
「そんな、夢の国って訳でもなかったぞ?」
俺は周囲の目を気にしながら、松本君に特区の話を聞かせる。
とても綺麗で整備された街だけど、女性だけだから人手不足な分野が出来てしまったり、外と隔離されているから技術が育っていなかったと。
すると彼も「それは深刻ですね」と状況を理解してくれる。でも、俺が入区早々に捕まった話をすると「流石は先輩です」と言った。
それ、褒めてないだろ?
「違います。褒めていますよ。たくさんの女性に包囲されるなんて、他の人だったら昇天しちゃいますから」
「ああ…まぁ、そこはある程度耐性があるからな」
前の世界のお陰で。
「でも、だからこそ怖かったんだ。敵意を向けられ、銃口を向けられたんだからな」
全部セーフティが掛かりっぱなしだったけどさ。
「まぁ、でも、楽しい事も色々あった。沢山お礼の言葉も貰えたし」
オペレーターの娘達も、最後は信用してくれたみたいだし、やって良かったと思える仕事だった。何より、トラブルを未然に防げたのは大きい。やっぱり成果が見えやすい現場は良いなと感じた。
あっ、そうだ。
「済まない、まっちゃん。約束してたお土産なんだが、すっかり忘れてしまった。そもそも、検問が通らないみたいで…」
「お土産、ですか?そんなのしてましたっけ?」
えぇ?
あっ、してないわ。俺が勝手にしなくちゃって思ってただけだった。
「それに、こうして出張先の話を聞くだけでも十分ですよ、僕は」
「謙虚だなぁ、君は」
ならば、なるべく役に立つことを話してやろうと、俺は見聞きしたことを色々と話して聞かせる。すると、その内の一つに食いついた。
特区の、大規模工事についてだ。
「良いですね。大規模工事。僕らもちょっと、行ってみますか?」
「うん?現場にか?」
それは構わないけれど…工事現場なんか見てどうするんだ?
そんな疑問を持ちながらも、就業後に松本君と共に練馬区近くの繁華街へと赴く。
同じ繁華街だが、何時も行く所とはだいぶ違う街並みだった。なんだか食べ物屋が多いし、飲み屋やギャンブル系の店が幾つも連なっている。
本当に、飲み屋街みたいな所だな。
「がはははっ!」
「んだと、てめぇ!表出ろ!」
「そんでよぉ。そこで俺が、こう言ってやったのよ」
そして、客層もかなり異なる。
若者からお年寄りまで居た葛飾区外の繁華街と違い、ガタイが良くて荒々しいおっちゃんが多い。格好も汚らしい人ばかりだし、無精髭を伸ばしっぱなしな奴もいる。
これは…。
「大規模工事をやってる職人達かな?」
「正解です。今ここは、工事業者の為の街になっているんです」
松本君の説明に、俺は納得する。
大きな工事とか産業とかがあると、自然と街はその人達を中心に回る。工事で懐が暖かくなった彼らが、そのお金を落としてくれるからだ。だから、店も街も潤って行くのだろう。
そう思って店先を見ていたが…どうもそれだけではなさそうだった。
俺達が立ち寄った屋台で、水を出すより先にこんな事を聞かれた。
「兄ちゃん達は工事関係者じゃないだろ?」
「ええ、違います」
「だよな。小綺麗過ぎる。じゃあ、通常料金で払って貰うからな」
うん?それって、工事関係者なら特別料金って事か?
気になって松本君に聞いてみると、どうもそうらしい。
「彼らは女性の為に働いていますからね。基本はタダです」
「たっ、タダって…じゃあこの屋台はどうやって運営しているんだ?」
「基本は自費ですね。店長やスタッフが今まで貯めた貯金を使って、彼らに奉仕しています。あとは企業からの寄付金も多いですね。ここも…ほら、寄付金を受けているみたいです」
そう言って彼が示す先は、店の壁。そこには、大手ビール会社や印刷会社のポスターが貼られており、下に〈 出資企業(スポンサー) 〉と書かれていた。
これは…。
「間接的に女性へみつ…奉仕している感覚ってことだな?」
「そうです」
管理局員に尽くすのと一緒だ。直接女性の為に働く人達に奉仕することで、間接的に女性の為になっているつもりなんだろう。
推し活…みたいなものか?
「そんな第一線で働いているのが、彼らです」
そう言って松本君が示すのは、カウンターで楽し気に飲み食いする男達だ。赤ら顔で大笑いする彼らの目は、異様なほど輝いていた。
ちょっと怖い。
そう俺は思ったが、松本君は違った。来たばかりのジョッキを持って、彼らの中に突撃した。
「済みません。ちょっと、お話聞かせて貰っても良いですか?」
「なんだ、兄ちゃん。俺達今、仲間内で飲んでんだよ」
「久しぶりのビールなんだよぉ」
男達が迷惑そうにしても、松本君は引かない。
「済みません。女性の街を直すヒーローの、お話を聞かせてもらいたいと思いまして」
「ん~?そうかぁ?まぁ、ちょっとくらいならいいぞぉ」
流石だな。あれだけ強固な男達の間に、スルスルと入ってしまった。
「俺達は今、練馬区のマンションをリフォームしてんだ」
「築50年だからな。もう柱からやり直しで、殆ど新築みたいになってるぜ」
そして、松本君に転がされる男達は、いとも簡単に仕事内容を教えてくれる。
彼らは基本、女性の住宅地を任されているみたいで、古い家から順に建て替えやリフォームを行っているらしい。
「立て直している間、住人の女性はどうするんですか?」
俺もつい疑問が湧き、ぶつけてみる。
松本君に十分気持ち良くされた彼らは、俺の質問にも快く答えてくれる。
「そりゃ勿論。セカンドハウスに移るんだよ」
「セカンド?」
「そうだ。女性の皆様は、特区の中に幾つもお住まいを持たれている。集中工事中はそこが使えないから、別の区に建てたお家に住まわれるんだ」
「会社とか、工場とかも一緒だぜ?」
なんと、そんなことになっているのか。
ああだから、女性は100万人しかいないのに、これだけ大きな土地が必要だったと。
俺が納得していると、携帯の音が響く。俺のかと思ったが、おっちゃん達の携帯からであった。
「へい。分かりやした!」
携帯に出たおっちゃんは、更に目をギラつかせ、勢いよく立ち上がった。
どうしたの?
「野郎ども!緊急で工事依頼が来た。臨時ゲートの一部にひび割れが見つかったらしい。今すぐに行くぞ!」
「「っしゃぁ!!」」
突然入り込んだ仕事。束の間の休息の終わり。
なのに、男達は嬉しそうにガッツポーズをする。その顔にはやはり、女性に貢献できるという狂気じみた笑みが浮かんでいた。
その表情を浮かべたまま、男達は店を後にする。目を血走らせ、酒では消えぬクマを携えながらも。
その異様な男達の背を、店中から「頑張ってくれ!」とか「羨ましいぜ!」と言う声が追いかける。
異様。だが、ちょっと慣れてきた風景。
それでも、
「まっちゃん。臨時ゲートって何だい?」
聞き慣れない単語に、俺はまた後輩を頼る。
そして、彼はまた答えてくれる。
「それはですね。工事中の地区に造っている、新たな壁ですよ」
彼が言うには、今我々が見ている壁の他に、工事中の区域をぐるりと取り囲むように新たな壁が新設されているのだとか。その壁は工事を請け負う男性達が、女性達の住まう特区に入らないようにする為の壁との事だが…。
「その壁の一部に、欠陥があったみたいですね。突貫で作った壁とは言え…彼らもプロの筈なんですけどね。そんなミスをするなんて」
そう言ってやるな。大規模工事ってのは、余裕がない物。彼らの濃いクマからして、きっと夜勤続きなんだろう。
俺は労いに近い思いを抱きながら、男達が消えていった壁の方へと視線を向けていた。すると、そちらへと大勢の人が駆け寄っているのが目に入る。
うん?何か他にもイベントごとがあるのか?
「マジか!今日の臨時に?」
「こりゃ、俺達も行かねぇと!」
他の客も、折角頼んだ料理や酒を置いて店から出て行ってしまう。
なんだ?なんだ?臨時って、他にも何かあるのか?
「先輩。どうやら今日の臨時慰問会に、特別ゲストが来るみたいですよ?」
松本君がスマホを見ながら嬉しそうに報告して来るけど…そもそも、臨時慰問会ってなんぞ?
「あっ、済みません。説明していなかったですね。こうやって大規模工事が行われている区域の繁華街では、通常の慰問会とは別に、複数の個所で臨時の慰問会が開かれているんです。特区を整備している工事業者と、それを支える関係者のみんなを労う為だって聞いています」
ふむ。なるほどねぇ。ただ働きみたいなことをさせている自覚が、女性側にも少しはあるという事なのだろうか?
…なんか、裏がある気もするけれど。
「その臨時に、誰が来るって言うんだ?」
「なんとですね。千代田区の区長様がいらしているらしいです。事前告知も無しに、ゲリラとはサプライズです」
「千代田区の、区長、さん?」
千代田区と言えば、鈴木さん達JIEの本社があった区であり、俺が関わった下水処理場の区だな。
なんか、親近感が湧くな。
「まっちゃん。それ、俺らも見れるんかな?」
不思議と、俺は好奇心が湧いていた。鈴木さんや俺にも関りがあったトップというのがどんな人なのか、一目見たい気持ちが生まれていた。
それに、松本君はキラリと目を輝かせる。
「流石は先輩。千代田区の区長様は美人で有名なんですよ」
…その流石って言葉も、やっぱり褒めてないだろ?