軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39話~いつでも来ますよ~

「しっかし、ヤバイ仕事だったなぁ」

下水処理施設を出て暫く車を走らせていると、後ろの席で佐川さんが窮屈そうな伸びをしながら零す。

それを、運転手の鈴木さんが拾う。

「本当に恐ろしかったですね。まさか、爆発の恐れがあったなんて。現場って、こんなに恐ろしい所なんですか?」

うん?俺に聞いてるのか?

「まぁ、場所に寄ってではあるけどね。俺が経験した限りでも、大量の異物でボイラーが閉塞したり、コンベヤ上で火災が起きて、それが工場内部で燃え広がったり、破砕機が爆発して窓ごと吹っ飛んだなんて事もあったな」

「ええっ!そんなこともあるんですか?」

鈴木さんが驚くと、佐川さんが「なんでお前が驚くんだよ?」と突っ込む。

「仕方ないですよ。私まだ3年目で、現場も数えるくらいしか行ったことなかったですし」

「なんだ3年目かよ。5年目のあたしの方が、先輩ってことだな」

「あら?壁に張り付いているのが、先輩の姿なんです?」

「ぐっ…仕方ないだろ?汚いもんは、汚いんだからよぉ」

確かにそうだ。

前の世界でさえ、こう言う仕事は女性が少なかった。男女平等が叫ばれる世界でもそれなんだから、女性の地位が跳ね上がったこの世界なら尚更だ。そんな中でも、2人は良く働いてくれた。臭くて危険なあの状況でも、よく逃げずに立ち向かってくれたと思う。

「2人ともお疲れ様。凄く助かったよ」

「それは私のセリフです、黒川さん。今回も助けて頂いて、ありがとうございます」

鈴木さんがふわりと笑みを見せる。それを見ただけで、疲れが吹き飛ぶと言うもの。

やべぇな、俺。係長達の気持ちが分かっちまう。もう十分、この世界に染まっているかも。

ちょっと危機感を感じていると、後ろから「なぁ」と声を掛けられた。

「黒川は何年目なんだ?なんかすげぇバリバリ仕事してて、ベテランっぽかったけどさ」

「ベテランなんておこがましい。俺は中堅の8年目だ」

「大ベテランじゃねぇか」「そうですよ」

2人から反論されてしまった。

俺なんて、会社のベテラン勢からすると、まだまだなんだがな。

「しっかし、8年目って事は30くらいか?」

ぐっ…。

「そうだよ。もう三十路のおっさんだよ」

地味にキツいブローをくらい、俺は視線を落とす。

すると、追撃される。

「あたしは27だ。鈴木は?」

「えっと、25です」

ぐっ!ごっ!

みんな20代。鈴木さんなんて、5つも離れている。なんか、この空間に居るだけで犯罪な気がしてきたよ…。

「まぁ、でも、アレだな。男の歳って、見た目じゃ分からねぇな」

「…そう、か?」

それって、俺の見た目はおっさんに見えないって事?

ちょっと優しめの言葉を聞き、ノックアウトされていた俺は顔を上げる。

佐川さんは「ああ」と頷く。

「黒川はもっと上かと思ってたぞ」

「ぐはっ…」

上げた顎にクリーンヒット。

完全ノックアウト。

「くっ、黒川さん!?」

「おっ、おい。違うぞ?黒川。あたしはただ、お前の働きっぷりがベテランだったって言いたかっただけで…」

何か聞こえた気もしたが、ダメージを受け過ぎた俺の脳みそでは理解出来なかった。

ただ夕焼けを浴びる車の中で、俺は真っ白に燃え尽きていた。

そんなハプニングはあったものの、車は無事に特区の壁へと到着する。そこには既に、大量のパトカーが待ち構え、ゲートの前には局員が立ち並んでいた。

お役目が済んだ俺は、直ちに特区を出て行かねばならないのだ。

「黒川さん」

佐川さんに連れていかれる俺の背に、運転席から降りた鈴木さんが駆け寄って来る。心配そうに、俺を見上げた。

「また、来てくださいますか?その、今回は散々でしたけど」

「ああ、勿論」

確かに、拘束されたり差別されたり、なかなかカルチャーショックを受けたけれど、それ以上に多くを得ることが出来た。特区がどういう所なのか分かったし、鈴木さん達と仲良くなることも出来た。

「いつでも来ますよ。なので、気軽にお声がけ下さい」

「はい!ありがとうございます!」

笑顔の花を咲かせる鈴木さん。

ああ、こんな顔をされたら、呼ばれなくても来たくなってしまう。こんな所を会社の奴らに見られたりしたら、さぞかし怨嗟の罵声を吐かれて…って、ああ!

「しまった!」

「ど、どうしました?」

つい声を上げてしまい、鈴木さんを驚かせてしまった。

済まない。でも…。

「後輩に土産を頼まれていたのに…忘れていた」

済まない、松本君。でも仕方がないだろう。俺も入区する前は、まさか拘束されて、こんな大勢に監視されるとは思わなかったんだ。

また次に入区出来たら、その時に買おう。

そう思って気持ちを立て直したのだが、見上げた先の佐川さんが首を大きく振った。

「そりゃ、どちらにしても無理だろ。今からまた、身体検査受けるんだから」

「あっ…」

そうか。どちらにせよ、検問があるから無理なのか。特区の中に持ち込むのも厳しかったのだから、特区から何かを持ち帰るのも厳しいと。

こりゃ、松本君に謝らないといけないな。

「ほら、黒川。あんまり待たせると、あいつらに何されるか分かんねぇぞ?」

確かに。女性局員達がイライラしているのがここからでも分かる。

俺は肩を落とし、佐川さんに連れられて局員の元へ。

「じゃあな、黒川。それなりに楽しめたぜ。また遊びに来いよ」

「佐川さん…。えっと、はい。お世話になりました」

遊びじゃなくて、仕事なんだけどな。

そう言いたかったが、純粋な笑みを向けられてしまったので、ただ手を振り返して背を向ける。

俺の世界へと、目を向けた。

〈◆〉

「以上が、今回の出張報告となります」

私の前に立つ小柄な女性が、胸を張り声を張り、自信満々にそう言い終える。その様子から、そして、彼女が提出したこの見事な資料を見れば、今回の案件が上手く行った事は想像に難しくなかった。

勿論、事前に彼女達の話は現地の所長からも聞いているから、読まずとも成功したのは知っているのだが。

「お疲れ様でした、鈴木さん。難しい案件でしたが、とても手際よく解決してくれたと思います。丸塚所長も、貴女にとても感謝していました」

「ええっと…はい。ありがとうございます」

輝かしい功績に、しかし彼女は苦い顔を浮かべる。幾度か視線を彷徨わせて、最後は小さく頷いた。

その姿に、私はつい口元を緩めていた。

「ふっ。分かっていますよ。この案件に、彼の力が不可欠であったことは」

「はいっ。その通りです、社長」

知的なプレゼンをした彼女は一転、年相応の少女の様に目を輝かせて、私のデスクに両手を乗せる。そこで、はしたなかったと気付いて、慌てて元の位置に戻る。

ふふっ。若いわね。

「ですが、鈴木さん。貴女はもっと誇るべきです。彼の近くで多くを学び、その技術をこうして形にした。それは、とても大きなことです」

私が提出された資料を掲げると、彼女は「はい」と微妙な表情で頷いた。

納得していないようね。

「今はまだ、彼の知識に縋っているだけかもしれません。ですがこうして、貴女も学んでいる。彼の視点で物事を見ている。それはとても大きなことです。あわよくば、彼の知識と技術を盗み取りなさい」

「盗むなんて、そんな…」

「あら?大昔の職人はそうやって、自分の技術を磨いていたのよ?一日でも早く、師匠に追いつく為にね」

「追いつく…」

鈴木さんの目が、キラリと光った。

技術者としてのプライドに火が付いた…って感じとは違うけれど、心が燃えているのは伝わって来る。良い傾向ね。

そうして彼女を見上げていたら、社長室の電話が鳴った。

「ごめんなさいね」

「いえ。失礼いたします」

鈴木さんが退室するのを見ながら、私は電話を取る。秘書から伝えられたのは、ここの区長の名前。

「進藤です。川咲区長」

『こんにちは、社長。とても良いニュースを丸塚所長から聞きましたわ』

案の定、区長は案件解決についての話題を口にした。悩みの種だったのか、換気扇を取り換えるだけで解決したことに大変喜ばれた。

そして、

『今回の件、丸塚からは鈴木という社員の功績だと聞いているけれど、本当は違うのよね?』

「…っ」

私はつい、喉を鳴らした。区長の言い方は全てを知っている風だ。あれだけ警察が騒いでいたから、きっと彼女にも黒川の存在は知られている。そもそも区長には、管理局から連絡が行っているかもしれない。

隠したり誤魔化すのは、悪手ね。

「はい。今回の件は、弊社の男性社員、黒川が主に動きました」

『そう』

さて、どう出るか。

私は身構え、受話器を握る手に力が入る。

川咲区長が黒川を嫌えば、 本社周辺(ここ) での活動が大きく制限される。下手をしたら、二度と入区が叶わなくなるかもしれない。

どう反応するか。区長の次の言葉を、私は息をのんで待つ。

そして、

『では次回から、その男の警備を少なくするようにしましょう』

「…宜しいのですか?」

厳しくするどころか、警備を緩くするなんて。

一体、何を考えているの?

『ええ。だって今回の事で、特区のインフラ事業の脆弱性が露見したもの。外の技術を取り入れていかないと、いずれ大きな事故が起きてしまうわ』

区長は『ふふふ』と笑い声を上げるけれど、それが負の感情を抑える為の物だと何となく感じた。

区長は怒っている。区の基盤となるべきインフラ事業が、これ程にも無知な集団の集まりだったことに。

私は唾を呑み、感情を押し留める。

「ご配慮いただき、ありがとうございます」

『ええ。でもその代わり、私の案件を優先させて下さらない?』

…ああ、そう言う事ね。

黒川の事を優遇する代わりに、この千代田区を第一に見るようにと、彼女は言っている。我々の無知を嘆くと同時に、黒川を手元に置けなかった時のリスクを考えて、焦っているようにも感じた。

「分かりました、区長。黒川が自由に動ける 千代田(この) 区でしたら、彼の力も存分に奮えることでしょう」

『そうね。この区の為になるのなら、ある程度の自由を認めましょう。ただし、この区の…特区の秩序を乱す様なら、迷わず排除させてもらうわよ』

区長は再び『ふふふ』と笑う。

でもこの笑いは、喜びでも怒りでもない。

もっと黒くて恐ろしい物だと、私の直感が伝えていた。