作品タイトル不明
41話~分かったんです~
美人と名高い千代田区長のゲリラ慰問会を見る為に、俺達は特区の壁付近へと向かう。俺達と同じ目的の人ばかりみたいで、その道は多くの人で流れが出来ていた。これなら、目を瞑っていても目的地に着ける。
そう思っていたが、
「ありゃ。流れが3つに分かれたぞ?」
「臨時慰問会は別々の場所で行いますからね。みんな、お目当ての会に流れているんでしょう」
まるで野外ライブだな。
俺達は逸れる2つの支流を傍目に、1番大きな本流に乗って先を行く。
千代田区長が1番人気みたいだな。こりゃ、期待が膨らむ…って、何を考えているんだ、俺は。
…いや、この流れに乗っている時点で、スケベ心全開か。
「「「おぉおおっ!」」」
反省していると、向こうの方で男達の歓声が聞こえた。見ると、巨大スクリーンを前に大勢の男達が集まっていた。
別の臨時慰問会だ。
『それでは、練馬区代表の園田様からのお一言です!』
『私の家、早く直しちゃってよね』
「「「うぉおおお!」」」
『続いて、中野区代表の斉藤様よりお一言頂きます!』
『前の会社のオフィスは狭かったから、次はもっと広くしな』
「「「よっしゃぁ!」」」
うん?慰問会って、こんな感じなのか?
俺が驚いていると、隣を歩いていた松本君が「ああ」と俺と同じ方向を見る。
「何時もの慰問会と違うでしょ?臨時慰問会は質問形式ではなくて、ああしてお声掛けを頂く物なんです。大抵は、工事を受けている地区の住人さんとか、有名人が慰問官に選ばれます」
「なるほど」
俺はスッキリした。さっきまで感じていた違和感…この慰問会の本当の意味が分かって。
松本君は関係者の慰労と言っていたが、実際は彼らのやり気を引き出す為のイベントなのだろう。実際、慰問会に参加した人達は、やる気に満ちているし。
ほら、あそこでも…。
「最高のお言葉でしたね、親方。俺、明日からもっと働けます!」
「なに言っていやがる。今からだろうが!アレ聞いて、おめぇ、やる気出ただろ?」
「当たり前やないっすかぁ!」
「おしっ!朝までもうひと仕事だ!」
「ゾス!気持ちの良い夜っすねぇ!」
こんな危ない会話が、至る所で放たれる。そして、みんなは降ろそうとした仕事道具を再び担ぎ、特区の中へと戻って行く。
こうやってみんなのやる気を引き出して、仕事をさせているのか。なんて恐ろしいイベントなんだ…。
そうは思いつつも、俺は引き返さなかった。既に本流に乗ってしまったというのもあるが、俺はまだ、この人達の様にはならないという自信があった。
この前まで特区に居て、鈴木さんとか佐川さんとかと直で接しているんだ。今すぐに、スクリーン越しの声掛け程度でどうこうなるとは思えない。
「着きましたね」
そうしてやって来た会場は、大きな広場の一角。元々は公園だった所に、組み立て式のステージを設けただけの臨時会場。
そこに、大勢の人が詰めかけていた。土建屋っぽい人も多いが、エプロン姿の人や、俺達みたいなスーツ姿の奴もいる。きっと、区長を見に来た野次馬だろう。
俺達と一緒だ。
そうして周囲を見回していると、ステージ上に設置されたスクリーンに投影が始まる。そして、そこにスーツ姿の女性の上半身が映った。
局員が彼女に向かって敬礼した後、こちらを睨み付ける。
『この方が、千代田区長の川咲様に在らせられる!皆、有難くお言葉を拝聴するのだ!』
「「おぉ…」」
周囲から肯定とも取れる吐息が吐き出される。
確かに美人だ。亜麻色の髪がたおやかに靡き、切長な瞳が強気な性格を表しているよう。
とても美しい女性。区長と言うから進藤社長くらいかと勝手に想像していたが、俺より若いんじゃないか?
『こんばんは。千代田区長の川咲です』
「「「おぉおお…っ!」」」
そして、声もなかなかに美しい。オトハ様程ではないが、耳に心地よく響き、遠くまで通る声だ。演説等で声の出し方に慣れている人の喋り方。
だからだろう。彼女の魅力に当てられた人達はみんな、堪らずに 蹲(うずくま) る。感情を 昂(たかぶ) らせてその場で果てる。
それでも、彼女は降壇しない。我々に訴えかける。
『貴方達が手掛けるのは、私達の生活する基盤。決して手抜きなどが許されない部分です。特にインフラ。水道、電線、ガスライン。それらは十分に点検と補修を行うこと。最新の技術を導入しなさい。私達の生活を支えると考えて、抜け目なく修繕なさい』
「「うぅう…」」
熱く語る区長の言葉に、しかし、男達は呻き声を上げるだけ。あまりに多くを語る彼女の声に、発情してしまってそれどころではなかった。
俺の隣でも、後輩が胸を押えていた。
「大丈夫か?まっちゃん。ちょっと離れよう」
「だっ、大丈夫ですよ、先輩。これくらい、まだ」
それでも、松本君は首を振る。赤い顔を上げて、俺に笑って見せた。
それに、俺は驚いた。今までの彼なら、そんな微笑むなんて余裕は無かったから。これが彼の強がりでも、今まではその余裕すら無かったのだから。
『特区の基盤工事は急務です。良いですか?一日も早く、この集中工事を終わらせなさい。そして、他の区の整備も急ぐのです。以上で、私からの慰労の言葉とします』
漸く、区長がスクリーンの前から去る。それと同時に投影も終わり、局員達がスクリーンを片付け始める。まだ多くの人が地面に倒れる中、早々に引き上げて行った。
助け起こそうともしないか。何時もの事だけどさ。
「うっ…」
「まっちゃん。大丈夫か?何処かで休むか?」
「いっ、いえ。行きましょう、先輩。遅くなっちゃい、ますよ」
彼の意志を尊重し、俺は彼に肩を貸しながら来た道を戻る。倒れる人達を回避しながらなので、なかなかに大変だ。松本君の足取りがもっと怪しかったら、きっと会場から離れる事も出来なかっただろう。
本当に、彼は変わった。
「凄いな、まっちゃん。あれだけ長い演説を良く耐えた。俺達以外、立っていたのは局員くらいなもんだったぞ」
お陰で、その局員からは凄い目でジロジロ見られてしまった。あいつら何者だ?って、同僚に肩を貸す局員は眉を寄せていたし。
「以前の君だったら、あの死体の山の中に埋もれていただろ。どうやって克服を?」
一瞬、耳栓でもしているのかと思ったが、彼の耳には何も詰まっていない。綺麗なものだ。
俺の問いかけに、松本君はまた小さく笑った。
「何も、していませんよ。ただ、先輩と一緒に慰問会に参加して、先輩の話を聞いていたら、こう思ったんです。この壁の向こうにいらっしゃる彼女達も、僕たちと同じ人間なんだって」
「そりゃ、まぁ」
何を当たり前の事を?と、俺は眉を上げる。
すると、松本君は大きく首を振る。
「先輩にはそれが、普通の事なのかもしれません。でも僕は…僕たちは、そうじゃなかった。ずっと女性の皆様は、僕たちとは違う高貴な存在だと思っていました。僕たちとは違う世界のお方で、僕たちでは見上げる事しか出来ない存在で。そんな風に思っていたんです」
「そんな…」
それで、彼らは過剰に反応しているのか?そんな上の存在から声を掛けられるからと、感情を昂らせていたのか。
一体、
「一体誰が、そんな事を?」
「みんなですよ。みんな、周りはみんなそう言います。寮長も、友達も、教師も。学校の教科書にもありました。女性は全ての源で、僕たちを作り出してくれた有難い存在だって」
「…まるで、神様みたいだな」
教科書にも書かれているなんて…。
こいつは完全に洗脳教育だ。特区の女性達が男を偏見で見るのと同じく、この世界の男達は女性を敬う様に教育されている。
それは、女性を守る為の教育なのかもしれないが、少々やり過ぎじゃないか?職人さん達、まだ立ててないぞ?
「なるほどな。つまりまっちゃんは、女性に慣れてきたって事か」
「先輩ほどではないですけれどね。同じ人間なんだって思ったら、ちょっとだけ心に余裕が出来ました。川咲区長様の言葉も、最後まで聞けましたし」
おおっ。そいつは凄い。耳栓を疑って悪かったよ。
俺が心の中で謝り、彼に笑顔を向ける。
「きっと、彼女達も喜ぶよ。女神だなんだって言われるより、対等に話せる人を欲しているだろうから」
「それを聞けて、僕も自信が出ましたよ。もっと女性の言葉を聞ける気がします」
松本君は背筋を伸ばし、しかしそのまま首を傾げる。
「良く聞けて思いましたけど、随分と特区のインフラを心配されていましたね」
「確かに。なんでだろうな?」
今考えれば不思議だ。違う区の工事にまで出向いて、工事を急げと言うなんて。
そんなに特区のインフラはボロボロなのか?行って見た感じ、設備自体は最高レベルだったと思うけどな。
…それを扱う人間は、まだまだレベルアップが必要だけど。
「何はともあれ。とても有意義な時間だったよ。集中工事や臨時慰問会の事も知れたし、まっちゃんの成長も見れた」
「それに、美しい区長様にも会えましたからね」
「まぁ…それなりに美しかったな」
「鈴木様と、どちらがお綺麗ですか?」
えっ!?
ニヤリと笑って聞いてくる松本君に、俺は驚き顔を返してしまう。
すっかり回復しやがって。こいつ。
俺もニヤリと笑う。
「鈴木さんはタイプが違う。彼女は可愛い系だ」
「おや、そうなんです?では、警察官の佐川様とはどうです?」
「うん?うーん…顔だけで言えば、佐川さんの方が上だな」
あくまで顔だけだぞ?言動も含めると…俺は好きだけどな、佐川さんのラフな感じ。ちょっと…いや、かなり疲れるけど。
「おおっ。区長様以上ですか。なんだか僕も、一目お会いしたくなりました」
「おっ、良いね。次の入区は、まっちゃんも行っちゃう?」
「いやいや、無理ですって。僕が入ったら、魂が昇天しちゃいます」
どうだろうな。このまま耐性を付けて、もう少し身なりを整えたらあるいは…。
これは、松本育成計画を始動せねば。
そんな俺の野望は、早々に頓挫する。
翌日。俺が熱い思いを持って出社すると、周囲はそれ以上に熱く燃えていたのだ。
「資料出来たぞ!早く送れ!」
「資産堂の整備見積もり、どうなってる!?」
「部品が届かないだと!?誰か、群馬まで走ってくれ!」
早朝だと言うのに、多くの社員が右往左往していた。
「どう、なってんだ?」
戦場と化したオフィスを前に、俺は固まった。