軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36話~毎日じゃ、ないんですか?~

汚泥タンクのスクリューに、何が起きているのか。それを知る為に、俺は早速所長さんからヒアリングをしようと思った。

のだが、俺が話しかけようとすると、彼女は顔をクシャクシャに歪めて、首を振りながら部屋から出て行ってしまった。

なんだ?俺と喋りたくなかったのか?

分からなかったので、取り敢えず彼女の背中に付いて行く。

すると、

「あぁ~、汚らしい!」

そこには、必死になって体中を摩る彼女が。まるで、ハムスターが毛づくろいしているみたいだ。

滑稽な姿に、しかし、俺は心配になる。工場の長ともあろう人が、現場を軽んじるような発言をするなんてと。これが所員にも伝わったら、誰もこの部屋に近付かないんじゃないかと。

…いや、今は置いておこう。

「所長。幾つかお聞きしたいことがあります」

「うん?なんだね。私個人の事は教えないよ」

いや、聞かないよ。

俺はツッコミたい衝動を抑えて、質問する。スクリューの故障以外、何か気になったことはないか。ここ最近で変わったことが起きなかったかや、操業条件を変えなかったかなど。

しかし、

「そんなことは無い。我々は昔から変わらず、ここを操業してきたんだ」

芳(かんば) しい答えは返ってこなかった。

所長は頭を抱える。

「変わらずやっている筈なのに、急にスクリューが壊れ始めて…とんだ大赤字だ。スクリュー一本が幾らするか知っているか?1000万は下らないんだぞ?それが毎年壊れるようになったら、修繕費が大幅に膨れ上がって区長からも怒られてしまう。この前の地元連絡会でも、住人達からやり玉に挙げられてしまった。きっと、スクリューの質が下がっているんだ。お前達男がサボっているから、私が 辱(はずかし) めを受けているんだ」

ブツブツ呟く所長。

なんでも、スクリューは特区の外から搬入しているらしい。だから俺達男のせいだと、所長は思っていると。

その可能性はある。素材を変えたとか、製法を変えたとかね。けれど、真っ先に生産者を疑う姿勢はどうかと思う。

何か、理由があるのか。そう聞いてみると、

「他にも、タンク周りは劣化が激しいんだ。配管も漏れるし、タンクの亀裂も大きくなる一方。スクリューもタンクも、外に発注している物だ。だから、男達が手を抜いているとしか考えられない」

そう言って、俺まで睨みつけて来る所長。

だが、俺は気にしていられなかった。所長が言ったその損傷も、大切なヒントに思えたから。

何だろうな。スクリューを摩耗させて、配管やタンク本体にもダメージを与える物。入って来る汚泥に変化があるのか?それとも、漏れによる機器の劣化?

現場だけでは分からない。

なので、俺は中制に戻ってきた。ここで、操業のデータを見せて貰おうとしたのだ。

だけど…。

「はぁ?操業データが見たい?男のあんたが?」

席に戻ってきていたオペレーターに話しかけると、呆れた顔をされた。そして、次の瞬間には大笑い。その女性が笑うと、中制にいた他の人達もみんな笑い出した。

四面楚歌。

誰も彼女もが、俺を見て笑う。男なんかに出来る訳ないと、一方的に決めつけてくる。

どうするべきか、俺は迷う。信頼が0どころかマイナスの俺では、何を言ってもやっても裏目に出る。何か手はないか。そう考えていた時、

「お願いします!」

鈴木さんの声が響く。

彼女は真剣な眼差しで、笑い続ける女性達に頼み込んでいた。

それを見て、笑っていた人達も動きを止める。どうする?と顔を見合わせ、やがて制御パソコンの1つを明け渡した。

「ありがとうございます!」

鈴木さんが頭を下げるも、女性達は小さな嘲笑を浮かべるだけ。コソコソ話し合って、こちらを見ながら笑ている。

それを見て、流石の鈴木さんも顔を顰める。

彼女が何か言う前に、俺は声を掛けた。

「ありがとう、鈴木さん。さぁ、早速調べようか」

だから、あんな人達を貴女が構う必要ないですよ。

「黒川さん。操作方法分かりますか?」

椅子に座ってデスクトップ画面の前に座った俺に、鈴木さんが心配そうに聞いてくる。

俺は頷き、画面横のロゴを指さす。

「ああ。このメーカーのDCS(一括監視するための専用システム)画面は何度も触ったことがあるから、大体の操作方法は分かるよ」

そう言いながら、俺はトレンド画面に移動し、汚水処理関係の折れ線を呼び出す。時間軸とレンジを微調整して、表示し直して…。

「う〜ん。特に目立つ物はないなぁ…」

そうして画面を出すことには成功したが、俺は首を捻る。

水質が変わったかと思ったけど、水温も水量も大きな変化はない。水質を示すpHは高くなっているけど、過去を遡って見てみると時期的なものだと分かる。

これを見る限りでは、特に変わった変化は見られなかった。

「ほらね」

「やっぱ男じゃ」

俺が唸ると、周りの声が大きくなる。それに鈴木さんが反応しそうになっていたので、俺は首を振ってそれを止めた。

でも、

「うっせぇな。今、調べてるとこだろうがよ」

佐川さんまで止められなかった。

彼女が腕組みしながら睨みつけると、女性達は一斉に押し黙った。そして、そそそっと、俺達から距離を取るようになった。

静かになったのは有難いが…質問し辛い雰囲気になってしまったな。

「佐川さん。俺達は大丈夫だから、ちょっと休憩して下さい」

俺が椅子を進めると、彼女は「うぃ」と鳴いて、椅子に勢い良く座る。

…素直な人ではあるんだよな。

「黒川さん。もっと昔のデータを探しましょうか?変化があった去年より前から見れば、もしかしたら…」

「それも有り得るね。ちょっと探して貰える?」

「お任せ下さい」

鈴木さんが駆け出す。俺は彼女を見送ったあと、また画面に視線を戻した。彼女が頑張っている間に、他のトレンドも見ておこうと思って。

すると、

「うん?」

1つ、異様な動きをしている折れ線を見つけた。汚泥タンクのレベル計だ。普段はなだらかに推移しているのに、時折ピョン、ピョンと跳ねている。

これは…なんだ?

「あの〜…済みませ〜ん」

「……」

声を掛けても、誰もこちらを見ない。ふいっと中制を出ていく人もいた。

無視だ。完全無視を決め込んでいやがる。やっぱ、さっきのでヘソを曲げちまったのかも。佐川さんも俺達を思って声を上げてくれたんだろうけど…ちょっと強過ぎたか。

俺はつい、佐川さんの方を見てしまう。すると彼女は何を勘違いしたのか「よっこいしょ」と立ち上がった。

そして、

「おーい。聞こえないのかぁ?呼んでんだけどぉ?」

のっしのっしと、無視を決め込んでいたオペレーターに近付く。それを見て、その娘の肩がビクッと跳ねた。

「はっ、はい!」

「質問あんだから、答えてくれよ」

「なっ、なんでしょう?」

めっちゃビビらせてるじゃん。佐川さん。助かるけど、貴女はただでさえ威圧感があるんだから、ちょっと手加減してくれ。

俺は佐川さんに再び椅子を勧め、ビビるオペレーターにヒアリングする。画面を指さし、こんな事が今までも起きていたか聞いてみる。

「どうでしょう?」

「分かんないけど、レベル計なんてそんなもんじゃない?他のところもハンチングしてるし」

オペレーターはそう言って、他のトレンドを表示する。

確かに、他のレベル計を見たらハンチングしているが…それは流れがある水路のレベルだからだろ?常に大きく変動しているそこと、変動が少ないタンクとでは違うんだ。

「そうですね。ありがとうございます」

でも、俺はそんな事は言わず、ただ頭を下げた。するとオペレーターは何も言わず、また壁際まで逃げ帰って、同僚達とコソコソし始めた。

また俺の陰口か?嫌な雰囲気だが…嘲笑が無くなったのは救いだ。

俺は無理やり視線を画面に戻し、調査を継続する。すると、スクリューの電流値も異常な事に気がつく。特定の時間だけ、電流値も上がっているのだ。

俺はトレンドを編集して、電流値のトレンド画面にタンクレベルを追加した。すると…。

「ピッタリだ」

水位が跳ねる時間と、電流値が上がる時間が合わさった。やはり、タンクの中で何かが起きているんだ。

「済みませ〜ん」

「……」

俺の問いかけに、無言を返す彼女達。でも今回は、ゆっくりと近付いてきた。遠目で、俺を見下ろす。

「…なに?」

「これを見て欲しいんですけど」

俺が画面を見せると、3人は「えっ?」と驚く。

「この画面、どうやって作ったの?」

「トレンドの追加?こんなの、知らないんだけど…」

そっちに驚いていたのか。

まぁ確かに、DCSってクセがあるから、やり方知らないと編集なんて出来ないよな。俺はメーカーから教えて貰ったから出来るけど。

っと、優越感に浸っている場合じゃない。

「この水位と電流値、一緒に跳ねているじゃないですか。点検の時とかに、何かお気づきになった事はありませんか?」

「さぁ?」

「私らそこの点検に行くの、年に数回だし」

えっ!?

「毎日じゃ、ないんですか?」

「毎日なんてやってられないわよ。私達も忙しいのに」

「それ以外の場所は、ちゃんと週1で回ってるわ。汚水室みたいな汚いところだって、本当は行きたくもないんだから」

「そうよ。ここで座ってるのが、私達の仕事なのよ」

ちょっとキツイ口調になって、彼女達は中制から出て行ってしまった。

完全にヘソを曲げてしまった様子。

「黒川さん!」

入れ替わりで入ってきた鈴木さんが、心配そうに俺へと駆け寄る。そして、出ていった3人の背中を睨みつける。

「何かありました?あの3人に、何か言われたとか」

「いやいや。少し質問をしただけなんだ。でも、あまり現場を知らなくてね。毎日点検しないのかと聞いたら、怒って出て行ってしまった」

「毎日、点検ですか?」

鈴木さんまで驚いている。

おいおい。そんなんで工場が回るのか?そもそも、客先との契約はどうなっているんだ?

気になった俺は、鈴木さんに頼んで要求水準書(お客様と取り決めた約束事をまとめた本)を持ってきて貰った。

それを読むと…。

「点検が…週1回以上になってる…」

他の工場では、毎日1回以上ってなっていたのに。まさか、彼女達が正しいとは。

カルチャーショックを受けていると、鈴木さんが解説してくれる。

「特区で使われる品は最高級品だから、メンテナンスが要らないって聞いた事があります」

「なるほど。そう言う事か」

女性しか居ない場所だから、点検もメンテナンスも極力減らすように設計されているんだ。だから、彼女達は知らない。現場で何が起こっているのかを理解していない。

これが特区。これが、女性だけの世界。

俺はまた、特区の異常な常識に直面したみたいだ。