軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37話~なっ、なに?何の音なの!?~

所長に聞いても分からない。現場に聞いても分からない。

知らないばかりの下水処理施設。

犬のお巡りさんじゃなくても、ワンワン泣きたい気分だ。

でも、そう嘆いても仕方がない。現場が分からないのなら、自ら調べるしかないんだ。

「って事で、俺は暫く現場に張り込むから、2人は中制で見張っていてくれ」

「いえ。私も同行します」

さて、早速行こうかと腰を上げると、鈴木さんが意気込んだ様子で俺の前に進み出る。

いや、現場って汚泥処理場だぞ?下水処理施設の中でも1番汚い所だ。そんな所に、君のような可愛らしいレディを同行させられない。何時まで居るか分からないんだぞ?

そう言う意味で留めようとしても、彼女は引かない。お供しますの一点張りだ。

うーん。これは、連れていくしかないか。あの場所で携帯の電波が入ってくれたら、ワイヤレスカメラとかを置いて監視出来たんだけど…。

生憎、そういう面の 壁(ガード) は厚いから、電波通らないんだよな。

「はぁ…。あたしも行くしかないかぁ」

「まぁ、そうでしょうね」

佐川さんの重いため息に、俺は大きく頷く。

すると、彼女は「おい」と突っ込んで来た。

なんですの?

「差が激し過ぎんだろ!あたしとその子の対応がよぉ!ちったぁあたしにも「大丈夫?」の一言くらい掛けろよ!」

「…大丈夫?」

「遅いわ!取って付けたように言うな!」

随分と要求が多い。

そんなワガママを言いふらす佐川さんだったが、任務には忠実だ。しっかりヘルメットを被り、俺達の後ろを付いてきた。けれど、汚泥処理場に入るとすぐに隅っこへと退避した。

いや、そんな離れんでも。

「だって怖いだろ!そのタンクが爆発するかもしれんし」

「しませんよ。そんな簡単に爆発していたら、特区はすぐに汚水塗れになりますって」

「もしもの事を言ってんだよ。もしもの」

佐川さんは完全にビビって壁に張り付く。

そんな怯えんでもいいのに…。

「仕方ありませんよ、黒川さん。私だって、これが仕事でなかったら、佐川さんや所長さんみたいになっていたと思います」

「鈴木さんも?」

「はい。だってこういう仕事って汚くて危険で、特区の中でも特に人気がありませんから」

特区は女性の街だ。それ故に、女性がやりたがらない職は人手不足なのだとか。

こう言う下水処理施設などの汚い職業や、建築業などの危険な仕事などは特に。

「なので、こう言うお仕事は給金も良いですし、慰問会は完全免除なんです。それでも人手が集まらないのに…佐川さんは報酬も無い中でも付いてきてくれて、とても凄いと思います」

「凄かねぇよ。後で先輩に怒られるのが嫌なだけだ」

壁に張り付いて訂正する佐川さんを見て、鈴木さんが「ふふっ」と笑う。

なるほど。だから所長もすぐに逃げてしまったし、オペレーターの人達もかなり自由にやっているんだな。そうしないと人手が足りないから、少しでも職場環境を良くしていると。

でも…。

「それで回るんかね?特区のインフラは」

インフラ業は特に、3K(きつい、汚い、危険)が多い職種だ。下水処理はまだ監視業務が中心だから良いけれど、他の職種はそうもいかんだろ。建築や工場業者なんかは、特にその色が強い。

その場合はどうするのかと聞くと…。

「外注…つまり特区の外に任せられる事は、なるべく特区の外に発注しているみたいです」

このスクリューと一緒だ。外で作って特区で組み立てる。特区で回収して外で直す。外に任せられる物はなるべく、男達に任せているらしい。

「下水は無理ですけど、例えばゴミなんかの多くは、外の処理場に持っていくらしいですよ?建築も十数年に一度、一部の区を立ち入り禁止にして男性達に大規模修繕を依頼していますし」

「今の練馬区とか中野区とか、足立区なんかがそうだな。完全閉鎖して、特区の壁も増設して、中で男達がトンカンやってるみたいだ」

なるほど。そうやって少しでも女性の負担を減らしていると。

そして…大手ゼネコンの小林組が人気な理由も分かった。女性が居ない禁止区域とは言え、入区出来るんだから。

俺は嫌だけどな。あいつらが入区なんかしたら「女性の為に寝ないで作業しろ!」「そんなの当たり前やないっすかぁ!」みたいな会話が広がっていそうだから。

「なぁ、おい。なんか、変な音しないか?」

転職は絶対に嫌だなぁと考えていると、佐川さんが不安げな声を上げる。それに、耳を澄ませてみると…確かに、何かのモーター音が聞こえる。

でもこれは、

「汚泥タンクの中で、攪拌が始まったみたいだな。大丈夫、ただ処理工程の一部が始まっただけだ。何の問題もな…」

問題はない。

そう断言しようとした俺の耳が、微かな異音をキャッチした。

俺は慌てて、タンクに近付く。そのまま耳を着けて…。

「くっ、黒川さん!?」

「きったねぇ!えんがちょ!黒川、えんがちょ!」

タンクに耳を当てる俺を見て、慌て出す2人。

「ちょっ、2人とも静かに!」

2人の声に、俺も慌てて静かにするよう手を突き出す。

そして2人が口を閉じると、集中する。耳に全神経を集中させる。

そうすると…。

「聞こえる…!」

ポンッ、ポンッと、何かの破裂音がタンクの中からする。次いで、金属が軋む音も聞こえてきた。

何か…タンクの中で何かが起きている。

これは…もしかしたら、思った以上に不味い状態かもしれない。俺の取り越し苦労なら良いが、もしかしたら…。

「鈴木さん!すぐに中制に戻って、ガス検知器を借りてきてくれ。それと、タンクに登る許可も」

「分かりました!」

「佐川さんも一緒に付いて行ってくれ!」

「えっ?いやあたしは、お前の監視があるから…」

「佐川さん。一緒に行きましょう!」

「おっ、おい。引っ張るなって。おまっ、小柄なのに力あるなぁ」

ワチャワチャしながらも、2人は部屋を出ていく。

鈴木さんだけだと、所員に舐められて借りられないかもしれないからね。佐川さんが同行してくれるなら、脅してでも持ってきてくれるだろう。ビビらせるのは気が引けるが、そうも言っていられない状況かもしれないんだ。

俺の取り越し苦労であれば良いが…。

そう思って送り出したのだが、その見立てはハズレる。

良い方向に。

「黒川さん!皆さん来てくれました!」

「えっ!?」

なんと、オペレーターの皆さんも一緒に連れてきた2人。

いや、脅し過ぎでしょ!

そう思ったが、どうも違うみたいだった。

「なんか、解決しそうなんだって?」

「早くしてくれよ。また配管から汚水漏れて、掃除させられるの勘弁なんだわ」

来てくれた女性達はみんな、期待の籠った目でこちらを見てくる。部屋にこそ入って来ないが、どうなるか気になっている様子。

なるほど。汚水が漏れて一番困るのは、現場のこの人達だからな。気になって見に来てくれたらしい。

そんな彼女達の姿勢が、俺は嬉しかった。点検もマトモにしないけど、ここを自分達の職場だと思ってくれている事に。

「来てくださってありがとうございます。ガス検知器はありますか?」

「ほらよ」

投げ寄越して来た手のひらサイズの機器を何とかキャッチして、電源を入れる。そのままタンクに備え付けられたタラップを登り…。

「うわっ、マジかよ…」

「やっぱ男って、頭おかしいわ…」

…うるさいな。君達の為にやっているんだぞ?

彼女達の事は無視して、タンクの天辺にたどり着く。そこにある点検口を開けようとして…って、あれ?なんか、点検口からふわりと匂うな。普通、こういう密閉空間って負圧にしている事が多いのに、正圧なのか?

嫌な予感がしたので、俺は少し体をズラして点検口の正面に立たないようにする。そして蓋を開けると…。

「うっ」

案の定、少しだけ匂いが漏れてきた。

嫌な予感がする中、俺はタンクの入口にガス検知器を近づける。

すると、

ピロピロピロピロ!!!

けたたましい警報音が鳴り響く。

それを聞き、入口付近で見上げていたみんなも慌てる。

「なっ、なに?何の音なの!?」

「地震か?」「火事?」

みんなガス検知器の警報音を知らないのか、右往左往している。

その中から、鈴木さんと佐川さんが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?黒川さん!」

「おいおい。マジで爆発するんじゃないだろうな?シャレにならねぇぞ」

「佐川さん。こんな時に冗談は…」

佐川さんを 窘(たしな) める鈴木さん。

それを、俺は「いや」と止める。

「こいつは冗談じゃないかもしれないぞ、鈴木さん」

「えっ?」

驚きで目を丸くする彼女に、俺はガス検知器の画面を向ける。

そこには…。

「水素とメタンが振り切れている。下手したら、爆発するかもしれない」

「ええっ!?爆発!?」

「ほら!あたしの言った通りじゃねぇか!」

爆発の一言で、みんなは慌てる。佐川さんは「ウンコが爆発すっぞ!早く逃げろ!」と大声で叫び、オペレーターの皆さんを部屋の外へと避難させた。

有難いけど…乙女がウンコを連呼するな。

「鈴木さんも早く逃げてくれ」

「でも、黒川さんはどうするんですか?」

「俺は、もう少し調べるよ」

何故こんな事になっているのか、調べる必要がある。

そう言うと、鈴木さんが大きく首を振る。

「ダメです!黒川さん、危険です!爆発するんでしょ?」

「いや、爆発ってのは、あくまで可能性であって…」

危険性があるからみんなを退避させたけど、そんなすぐに起きるとは思えない。火種になる物も無いし、精々汚水が跳ねて顔にかかるくらいだろう。

でも、そうだなと俺は考え直す。調査するには、このタンクの中に首を突っ込む必要がある。そうなったら、中はガス検知器がけたたましい警報を上げるくらいの酸欠状態。一歩間違えると、一瞬で死んでしまうかも。

「そうだね。ありがとう、鈴木さん。俺も一度、退避しよう」

これは、今の装備ではダメだ。一番良いのを頼まなければ。

俺は点検口をしっかり閉めて、タラップにトラテープで大きく✕印を付ける。

登ろうとする女性はいないだろうけど、念の為だ。

「よし。良いよ、鈴木さん」

「早く逃げましょう。黒川さん」

分かったから、そんなに腕を引っ張らないでくれ。

これは少々、みんなを脅し過ぎたかもしれない。

俺は少し、反省した。