軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34話~なんか、着いたっぽいぞ?~

「出ろ」

翌朝。

そんな声にたたき起こされた俺は、眠い目を擦りながら開け放たれた留置場の扉を潜り抜ける。

昨日は佐川さんのお陰で美味いメシにありつけたが、同時に独房のトイレ掃除をさせられた。俺の所だけじゃなく、空いているとこ全部をさせられたから、結構遅い時間になってしまった。

結構臭かったしな。手に匂いが付いてないだろうか?スンスン…。

「それではこれより移動する。昨晩みたいに、妙な真似をするなよ?」

険しい顔の警察官。彼女の装備は、昨日よりもグレードアップしている。プロテクターを付けているし、人によってはライフルみたいな銃器を担いでいる。

昨日の腕相撲で、警備がより厳しくなってしまったみたいだ。

そんな厳しい彼女の目が、俺からその隣へとスライドする。

「お前もだ、佐川」

「うぃ~」

昨日の巻き込み事故を起こした張本人が、俺の隣で気の抜けた返事を返す。

それに、警官がより目を鋭くさせる。

「分かっているのか?佐川。お前がそいつの担当だ。そいつが何かしでかせば、お前の責任が問われることになるぞ?」

「えぇ~!なんであたしなんだよ?」

「それは…お前が適任だからだ」

そう言って、少し視線を伏せる警官。

嘘だな。確かに佐川さんは署内一の力持ちで、男の俺にも対応できる切り札だ。でもこの配置、明らかに昨日の事を引きずっている。俺の警備が厚くなったのと同じで、彼女にも追加の罰が下ったんだ。男の俺を担当すると言う罰が。

「おい、お前。良いか?お前が変な事したら、あたしが怒られるんだからな?」

佐川さんが肘で突いて来るけど…どっちかって言うと、貴女の方が心配なんだけど?

そう言いたかったが、俺は大人になって頷く。

「気を付けます」

「マジで気を付けろよ?なんかやったら、コブラツイストだかんな?」

いや、佐川さん。それよ、それ。そのズレた思考が、巻き込み事故を起こしてるんだからね?

俺は目で訴えるも、彼女は気にした素振りもない。そのまま俺の肩を掴んで、護送車へと乗せる。

そして、護送車は静かに発車する。どこに向かうのか、俺は大きな不安を抱えながら鉄格子の間から景色を覗く。建物がどんどん近未来的になっていき、道路も2車線から4車線になってきた。佐川さんの言っていた、都会へ近づいているのかもしれない。

「おい、見ろよあれ。最近話題になってるクレープ屋だぜ」

どこに向かうのかドキドキしている俺に反して、隣の女傑は気楽なもんだ。楽し気な様子で窓を指さし、列が出来ている屋台に目をキラ付かせる。

クレープ屋ねぇ。そう言えば、鈴木さんも前に言っていたな。同僚がクレープ買いに抜け出すから、困っていると。

「鈴木さん…」

ドタバタして忘れそうになっていたけど、元々特区へ来た理由は彼女の依頼をこなす為であった。市長だか区長だかから頼まれた工場の問題を、解決しようと思って入区したのに、入った洗礼が強烈過ぎて記憶が飛びそうになっていた。

流されるなよ、俺。俺は仕事でここに来ているんだ。

「おっ。なんか、着いたっぽいぞ?」

えっ?マジで?

佐川さんの声で視線を上げると、護送車は速度を落としており、目の前の大きな建物へと吸い込まれていく。随分と立派な建物で、白い外装と幾何学的なフォルムで芸術作品かと思ってしまう。でも、その建物へ入っていくスーツ姿の女性達を見るに、ここは何かの会社なのだと分かる。

「立て」

その会社のエントランスに護送車が停まると、後ろの警官が俺に冷たく言い放つ。

何が何だか分からない不安と不満を抱きながらも、俺は命令通りに立ち上がり、護送車から降りる。

ここは何処なのかと周囲を観察し、情報を得ようとするが…スーツ姿の人達が、目を見開いて見返して来る。中には腰を抜かしたのか、尻餅を着いて見上げて来る人まで。

男。それだけで彼女達からしたら、殺人犯やテロリストみたいに見えるのかも。

そんな彼女達を見ていると、ビルの壁に描かれたロゴが目に入る。メチャクチャ見覚えのあるそのマークの横には、銀色の文字で〈JIE〉の3文字が。

うん?JIE?

JIEだと!?

「黒川さん!」

驚愕する俺に、声が掛かる。

聞き慣れた声。聞きたかった声。

「鈴木さん!」

そこに居たのは、見慣れたスーツ姿の鈴木さんだ。ヒールなのに小走りして、大きく手を振りながら俺の方へと駆け寄って来た。

でも、直前で止まる。俺の周囲に立つ重装備の警官達に眉を寄せて、俺の肩を掴んでいる佐川さんを見上げた。

「ちょっと、貴女達。なんでこんな事しているんですか?」

「あん?」

佐川さんが一鳴きすると、鈴木さんの目が更に鋭くなる。

「黒川さんはお仕事をしに来てくれただけですよ?なのに何故、警察に逮捕されなくちゃいけないんです」

「別に逮捕してる訳じゃねぇよ。ただこうやって、逃げないように捕まえているだけで」

「一緒です!もういいですから、早く黒川さんを解放して下さい!」

鈴木さんが細い腕で、佐川さんの太い腕を必死に引き剥がそうとする。

それに、佐川さんは肩を竦める。

「そんなん出来ねぇって」

「何故ですか?」

「そりゃ、上司からの命令だからさぁ」

佐川さんが横を向いてそう言うと、その視線の先に居た警官が一歩前に出る。大きく手を広げ、鈴木さんに迫る。

「下がって!男性は危険ですから、無暗に近づかないで」

「危険って…そんな事ありませんよ!私は何度も彼に助けられて…」

「暴れないで下さい。小官の指示に従って。貴女は今、男を見たパニックでおかしくなっているんです」

「な、なに言って…」

押し出そうとする警官に、鈴木さんは抵抗しようとしている。

これは不味い。鈴木さんの身が危険だ。

「鈴木さん、俺は大丈夫だから」

「喋るなっ!」

警官が怖い顔で振り返り、拳銃を向けて来た。

おいおい、こんな場所で…。

俺は慌てて手を上げ、口を一文字にする。そうすると、鈴木さんがまた怒った顔になる。

どうするべきか考えていると、向こうの方からスーツ姿の女性達が数人、こちらへと歩いて来た。その先頭に立つ人は…。

「我が社の玄関で何を騒いでいるのですか?」

進藤社長だった。

「社長!黒川さんが…」

「分かっていますよ。鈴木さん」

縋りつく鈴木さんを宥めて、社長が更に近づく。鈴木さんを追いやった警官の前に立つ。

「社員を護送して下さり、ありがとうございました。ですが、ここからは社内です。警察の方はお引き取り下さい」

「そうは参りません。男を野放しにするなと、大原署長からの指示で…」

「幾ら警察からの命令でも、この人数で社内に入られては困ります。通常業務にも支障をきたします」

社長がそう言って、後ろの受付を手で指す。そこには大勢の社員さんが集まっており、こちらを訝し気な顔で見詰めていた。

それを見て、警官も「うっ…」と声を漏らす。

「分かりました。1人を残し、我々は外で待機させて頂きます。それはご了承下さい」

「ええ。承知しましたわ」

社長が頷くと、警官達はゾロゾロと出ていく。

佐川さんを残して。

「あたしが残るのかよ!」

「当たり前だ!お前が担当だろ」

「マジかよ…。腕相撲なんてするんじゃなかったぜ…」

嘆く彼女には悪いが、残るのが佐川さんで良かった。他の人だと、状況は変わらなかっただろうからね。

「黒川さん!」

警官が居なくなると、再び鈴木さんが駆け寄って来る。俺の前まで来て、ちらっと佐川さんを盗み見てから、俺に頭を下げる。

「来て下さって、ありがとうございます。こんな大変な目に遭ってでも、来てくれるなんて…」

「いえいえ。見た目ほど大変じゃなかったですよ」

だから、そうやって佐川さんを睨むのは止めてくれ。彼女は色々と、俺の為にと動いてくれた人なんだから。

…気ままに動いて、やらかしてくれたりもしたけどさ。

「鈴木さん。早速、黒川さんと打ち合わせをするべきではないの?」

「はいっ、社長」

社長の提案で、鈴木さんが俺達を社内を案内してくれた。

外見も立派だったけど、中はより快適な空間になっていた。壁や床は新築みたいに綺麗だし、通路もオフィスもメチャクチャ広い。1階にはコンビニが入っており、外に出なくても買い物が出来る。社食も種類が豊富で、デザートまで選び放題。そして、各所に自販機も設置されて、全て無料で飲めるらしい。

凄い充実っぷりだ。おまけに就業中だと言うのに、社員が楽し気にコーヒー片手に談笑している。

ブレイクタイムって奴か?某巨大IT企業を思い出してしまう。

凄いホワイトな環境だなぁと、俺は感心していた。

だがそれは、オフィスに着くまでであった。

「でさぁ、来週の予告でね?」

「この前、家のマンションでポンプが壊れちゃって」

「そうそう。そこで王子が登場してね」

オフィスについても、同じ様にブレイクタイムのままな社員で溢れていた。しかも、その娘達が居るのはオフィスのデスク。パソコンと資料がズラリと並び、仕事をする為の空間で雑談をしている。上司や先輩が近くに居るのに、平気でお菓子をボリボリ食べていた。なんなら、上司や先輩達もお化粧直しとかしている。

これがうちの親会社なのか?うちから上納金をたんまり吸い上げていてこれ?

「なんだぁ?どうしたよ」

「えっ、ええ…」

驚いて立ち止まっていると、後ろからついて来ていた佐川さんが俺を覗き込んで来る。

俺は頷き、余りにも緩い空気に驚いたことを説明する。すると、

「そんな緩いか?何処も似たようなもんだぞ」

佐川さんが言うには、別にここが特段に緩い訳ではないみたいだ。彼女が知っている中には、殆どの業務時間をこれで過ごす現場とか、1週間に3日、午前中だけ業務なんて言う仕事もあるのだとか。

「あたしらだって、普段はパトロールって名前のドライブばっかだ。今回の入区騒動くらいだぜ?あんなにみんなが動いたのはさ」

ああ、だから銃のセーフティも外していなかったのか。狭い場所でも考え無しに抜いていたし、思い返せば素人同然の場面が幾つもあった。

これが、

「これが、特区か」

俺がそう呟いた時、視線を感じた。顔を上げると、くつろいでいた従業員達がみんながこちらを向いている。のほほんとしていた空気が、徐々に怪しいものになって来た。

「なぁ、おい。この中で会議するのか?ちょっと危険じゃないか?」

「そっ、そうですね。工場へ移動しながら、車の中でしましょう」

佐川さんの指摘に、鈴木さんは慌ててオフィスを引き返す。

俺も後に続くが、その前に一度振り返る。社員達は青い顔で「男が出た!?」「うそっ!何処!?」と騒ぎ始めていた。

…なんか、ネズミが出たみたいな反応されているんだけど?俺。