作品タイトル不明
33話~何だよ?疑ってんのか?~
「マジで意味が分からんぞ…」
特区へ入れたまでは良いものの、いきなり特殊部隊に取り囲まれ、問答無用で留置場にぶち込まれてしまった。
何なのだろうか、これは。まさかとは思うが、このまま取り調べとか始まって、裁判とか受けて、そのまま犯罪者になったりしないよな?入区出来るって言ったのは 管理局(そっち) だぞ?
疑問と怒りが沸々と湧いて来るが、それを当てる相手が居ない。偶に見回りに来る警察官はいるのだが、俺の方をチラリと一瞥して、ついでにかなり侮蔑の視線を寄越して、そのままスッと戻ってしまうからだ。
何かを聞ける雰囲気では全く無い。周辺の独房には誰も入ってないみたいだし、本当に独りだ。
こういう時は…。
「考えても仕方がない。とりあえず、体を動かすか」
スーツの上着を脱ぎ、シャツのボタンを緩めて筋トレをする。今は12月に入ろうとしているけれど、独房の中は比較的暖かい。6畳のスペースにベッドや椅子や洗面台までついているから、結構快適だ。何なら、そこらの安宿より良い部屋かも。
そうして筋トレを進めていると、徐々に気持ちが明るくなる。留置場には入れられたけど、それがイコール犯罪者とは限らないと思えてきた。泥酔した人が入れられたなんてことを聞いた覚えもあるし、何かの手違いかも知れない。
そんな風に考えていると、
「何やってんだ?お前」
見回りが来ているのに気付けなかった。
やばっ!
俺は急いで正座する。黒髪美人の警官さんに向って「申し訳ございません」と頭を下げる。
静かにしていろって言われたのに、ちょっとハメを外し過ぎた。これは、怒られるよなぁ。
そう、思ったが、
「筋トレくらいで、なに謝ってんだよ?」
「えっ?」
なんか、許される雰囲気だ。
あれ?ちょっと待てよ。このちょっとハスキーな声は…。
「佐川さん…ですか?」
「うん?なんであたしの名前知ってんだ?」
マジかっ。佐川さん、フルフェイスの下はこんなに美人だったのか。それであの言動?ああでも、この立派な体格は彼女のもの。背も190はありそうだし、確実に彼女だ。
ああ、良かった。見られたのが彼女でなかったら、どんな処罰が下っていたことか。
ホッとしていると、彼女は鉄格子に寄りかかる。
「しっかし、男も筋トレするんだな。食って寝るだけの生き物って聞いてたのに」
「…凄い偏見だな」
まるで家畜扱いの彼女に、しかし怒りは湧いてこない。彼女の言動に悪意がある様に見えないし、ただ俺のことを興味深げに見ているだけだったから。
そんな彼女は、廊下に置かれていたパイプ椅子に「よっこいしょ」と座り、椅子を盛大に軋ませる。
随分と重そう…じゃなくて。
「何か俺に御用でしたか?」
腰を据えると言う事は、何かある。そう踏んだのだが、彼女は不思議そうな顔を返してくる。
「あん?別に、なんもねぇよ。あたしは交代で、お前の監視をしに来ただけだ。他の奴らも来てただろ?そういや先輩は何処行ったんだ?トイレか?」
交代?
もしかして、偶に顔を見せていた警官達も、同じ理由で来ていたのか?でも、誰も彼女も一瞥しかしなかったぞ?
この人だけ、真面目に仕事しているのかもしれない。ズボラなように見えて、そういう所はしっかりしているのか。面倒くさがらず、俺に物を教えてくれたし…。
これは、チャンスかも。
「あの、佐川さん。少々お聞きしたことがあるのですが」
「あん?なんだよ。個人的な事は教えてやらんぞ?あたしは慰問官じゃねえからな。もう、焼肉程度じゃ釣られねぇぞ」
焼肉で釣られた経験がおありで?
「聞きたいのは、俺の今後についてです。何かの罪に問われるのでしょうか?取り調べとか、裁判とか…」
「さぁ、分かんねぇ」
ぐっ…。彼女でも知らないのか。
「けど、明日またお前を連れて、どっか行くってのは聞いてる。署長も何処かは言ってなかったけど、少なくとも裁判所じゃねぇだろ。別にお前、犯罪者って訳じゃねぇし」
「えっ!?そうなんですか?」
しれっと一番大事な部分を漏らす佐川さん。
興奮した俺は、つい鉄格子を掴んで身を乗り出していた。
それに、佐川さんは「あんま興奮すんな」と手を振る。
「犯罪者じゃなくても、お前は危険人物ってなってるんだからな。言動には気を付けろよ」
「済みません…」
危険人物か。やっぱり男ってだけで、相当警戒されているんだな。
頭を下げると、佐川さんがうんうん頷く。
「お前が危険かもって思われてるから、ここで一晩過ごすんだよ。ホテルとかで何か起こったら、堪らないからな」
「なるほど。そう言う事ですか」
それで留置場に入れているのか。ここなら、逃げられる心配もないし。
だから別に、裁くためじゃなかったんだな。良かった…。
俺は心底安心した。その途端、腹の虫が「ぐぅ~」と鳴る。
安心した途端に、空腹を思い出したみたいだ。スマホを見ると、もう20時を回っている。
…そう言えば、昼から何も食べてなかったな。
「なんだよ、お前。さっき飯、食ったろ」
「えっ?」
どういうこと?
「特区に入ってから、俺は水の一杯も飲んでいませんけど…?」
「あん?嘘吐け。他の奴らはもう喰い終わってるぞ。佐々木の奴から弁当貰ったろ?」
なに?そうなのか?
俺は周囲をキョロキョロ見回すも、特にそれらしき容器は無い。
そりゃそうだ。だってここに来た警官は逃げるように去っていくばかりで、何かを持ってきた様子はなかったから。
これは…ハブられたな。男だからって、そんな嫌がらせをするとは。
「ふ~ん…」
俺が肩を落としていると、佐川さんは呆れて立ち去ってしまった。
嘘じゃないんだがな。
そう言いたかったが、彼女の姿はもう無かった。居たとしても、信じてもらえるとは思えないし。
この世界、男性の地位が低すぎる。分かってはいたが、こうして正面から突き付けられて初めて実感できた。それなのにどうして、俺達は汗水たらして働いているんだ?報われないと分かっていながら…。
「ほいっ」
項垂れていると、頭上で軽い声がした。見上げると、弁当箱を持った佐川さんが立っていた。
…なんか、良い匂いがするぞ?
「余ってたの持ってきてやったぞ。ついでにレンチンもしといてやった」
「おおっ!」
受取口から弁当を受け取り、俺はそのぬくもりに感謝する。
ホッカホカに温まってやがる。
あ、ありがてぇ…。
「ありがとうございますっ!」
お礼も程ほどに、俺は飯を掻き込んだ。
普通のハンバーグ弁当だけど…何だろうな。肉がメチャクチャ美味い。白米も安物じゃない。噛んだ時に甘みを感じる。
やっぱり特区に入って来る物はみんな高ランクの物らしい。こんな所の飯を食い続けたら、外に戻れなくなっちまいそうだ。
心配と感動が入り混じりながら噛み締めていると、それを佐川さんが「ほ~ん」と興味深げに見詰める。
「男も、あたしらと同じもん食うんだな。ドッグフードみたいの食うかと思ってたぜ」
「ぐっ…ゴホッゴホッ!」
ちょっ、飯食ってる時に爆弾放り込まないで。
「ドッグフードって…。さっきから男への偏見が酷いですよ、佐川さん。一体、どこからそんな情報を仕入れて来るんですか?」
「どこって、そりゃ、小学校の授業とか?」
義務教育からそれなの!?完全に洗脳教育じゃねえか。
「まぁ、でも、あたしのは記憶が曖昧だから当てにするなよ?授業あんまり聞いてなかったし」
「…良くそれで、警察に入れましたね」
公務員だから、それなりに難しい試験があるだろう?
「ふっふっふ。あたしはこっちがあるからな」
そう言って、両腕に力こぶを作る佐川さん。
確かに、その恵まれた体格とパワーは引く手数多だろう。女性しかいない特区の中なら特に、欲しい人材だ。
俺が感心して見上げると、彼女の眉が寄る。
「何だよ?疑ってんのか?こう見えてもあたし、署内一の力持ちなんだぞ?」
「いや、疑ってない。疑ってない」
こう見えてもって…見た目通りだよ。
「よぉし。そんなに言うんだったら教えてやるよ、あたしのパワー」
「…教えるって、どうやって?」
勝手に盛り上がる彼女に対し、俺は半分諦めて聞いてみる。すると彼女は腕をグルグル回して「決まってんだろ?」と豪語する。
「腕相撲だよ、腕相撲。それが一番手っ取り早い」
「いや、まぁ、確かにそうですけど…どうやってやるんです?」
俺は鉄格子の中に居るんだぞ?
「格子の間から腕出せるだろ?ほれ、やろうぜ」
「いや、無理でしょ。この檻の細さ」
「何だよ?怖気づいたのか?」
俺を煽って来る佐川さん。
そんな煽り文句で、俺が 靡(なび) くわけ…。
「まぁ、男じゃ仕方ねぇよなぁ。女に勝てる筈ないもんなぁ」
むっ。これは不味い。俺だけでなく、男性全体の沽券に関わって来る。
俺のこの右腕に、男達の尊厳がのしかかっている。
「いいでしょう。相手になります」
「おっ、そう来なくちゃな」
俺が寝転び鉄格子の間から腕を出すと、佐川さんも同じ態勢になってその手をガシッと掴む。
半分勢いで同意しちまったけど…俺今、女の子と手を繋いでいるんだよな?なんか、思っていたより柔らかいし、ちょっと変な気分が…。
「レディ…ゴッ!」
「うぉっ!」
って、おい!いきなりスタートするんかよ!
抗議したかったが、もうそんな余裕はない。俺は必死に全力を振り絞り、少し劣勢になった盤面を取り返そうとしていた。
だが、
「うっ…ぐぅ…!」
上がらない。俺の全力を込めているのに、握り合った拳が同じ位置でプルプルしている。
力が、拮抗していた。
嘘だろ?おい!筋トレで鍛えたこの俺が、女の子相手に苦戦するだと?前の世界でこんなことはなかった。もしかしてこれが、この世界の女性の力…。
「うぉおおおっ!」
そう思ったが、俺の目の前で隆起する彼女の上腕二頭筋を見て考えを改める。
この筋肉、素晴らしい。この太さなら納得の腕力。
これは純粋に、彼女の努力だ。
「おぉ…はぁ、はぁ…」
だが、先にバテ始めたのは佐川さんだった。苦しそうに顔を顰め、息が荒くなる。
チャンス!
「おらぁっ!…って」
一気に叩きつけるつもりだったのに、それが途中で止まる。
彼女の力が復活した…訳じゃない。鉄格子が邪魔をして、それ以上倒れないのだ。
くっそ。やっぱダメじゃねぇか!
「お返しだ!」
俺が力を緩めた隙に、佐川さんが反撃してくる。グイッと巻き込む様な力が加わり、大きく劣勢の位置まで押し込まれた。
と、そこで止まる。逆の位置でも、俺の腕が鉄格子に邪魔されたのだ。
ふぅ、助かっ…。
「おりゃああああ!」
「いだだだだ!ストップ、ストップ!」
止めてくれ!ちゃんとこっちを見てくれ!ほら、これ以上は倒れないでしょ?
俺は必死に首を振るも、彼女は全然気が付かない。とても美少女がしてはいけない表情を浮かべ、俺の腕を無理やり倒そうとしてる。
「分かった!佐川さん。もう俺の負けで良い!」
「ざけんな!そんなん受け入れられるか!あたしはこの署のチャンピオンなんだぞ?」
知るか!
俺がほとほと困っていると、バタバタと足音が聞こえた。
次いで、
「お前達!何をしている!」
鋭い声。
見ると、数人の警官が俺達を凄い形相で睨みつけていた。
あっ、やべ。
絶望的状況に、俺は凍り付く。
だが、俺の目の前の女傑は堂々と立ち上がった。同僚に、不満そうな顔を向ける。
「なにって、腕相撲だけど?」
いや、そこは誤魔化してくれよ。
「うでって…佐川、お前って奴は…」
呆れる警官。そして、
「お前達。とりあえずの罰として、トイレ掃除だ」
…えっ?達ってことは…俺も?
やはり、佐川さんと関わると碌なことにならないと、俺は再認識するのだった。