軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30話〜乙葉様に近付くな〜

「おーい。前田。会場の機材はどうなってる?超特大スクリーンは借りられたんだろうな?」

「今、交渉中でして…」

「バッカやろお前!慰問会は来週だぞ!?早くしろ!」

「すんません!」

営業部の方から、威勢の良い係長の声が響いている。

良過ぎて、誰か「パワハラだ!」と叫び出さないか心配になるけど、その気配はない。みんな、必死になって動いている。

前時代的。だけど、嫌いじゃない。

あそこで仕事が出来るかと言われたら、ちょっと考えてしまうけど。

「先輩。そろそろ会議始まりますよ」

「ああ、悪い。今行くよ」

松本君に呼ばれて、俺も席を立つ。

営業部だけでなく、製品管理部も特別慰問会に向けて準備を進めている。オトハ様と交渉した日から何度も議論を重ねて、あの日オトハ様が漏らした不安を解消しようと必死であった。

その内容は、

「集まったね。じゃあ、黒沢君。宜しく」

「はい、星里部長。これより、第3回 勇菊(ゆうき) 朱春(すばる) 様対策会議を始めます」

スバル様の対策会議…もとい、オトハ様を如何にして人気者にさせるかという会議であった。

彼女を慰問会で人気にするというのは手法であって、中身…つまりは売り出し方をどうするか検討する必要があった。それを検討するにあたり、スバル様はどうなのかを分析し、対策を考えていた。

「先ず、スバル様は王子様キャラで売り出しており、女性人気が高いです。また歌唱力も高く…」

第1回目は酷く迷走してしまったが、3回目ともなると建設的な意見も出るようになった。我々は技術屋で、アイドルのプロデュースなんて経験がないから仕方ないのだが、それも俺達の得意分野である分析力でカバーしていた。

「黒川。蘇芳様が当時、どのように活動されていたかもヒアリングしておいてくれ」

「分かりました、支社長」

この会議には、支社長も参加してくれている。そして、分からないことは鈴木さんに聞いて、次の会議で再び対策を練っていた。

こうして、着実に慰問会への準備を進めていたある日、管理局員が来社した。しかもそいつは、オトハ様の慰問会に居た奴らだった。

何をしに来たんだ?

「乙葉様の命により、お前達が勧めている特別慰問会は全て、我々管理局が取り仕切る事となった」

なっ。

驚く俺を他所に、管理局員は営業部が進めていた会場設営の準備ファイルを奪い去り、製品管理部が取り寄せていた撮影器具を抱える。

おいおい。これじゃまるで、ガサ入れじゃないか。

「黒川」

憤った俺が一歩前に出ると、局員の後ろで見ていた支社長が声を上げ、首を横に振る。

下手に口答えするなって?折角ここまで進めていたのにか?

納得が出来ず、俺は支社長の所まで駆け寄る。感情が顔に出ているのか、支社長も緊張気味に俺を見上げる。

「良いんですか?支社長。みんなが折角準備して…」

「良い。どちらにせよ、慰問会は局の統制下でないと開けん。どの道、こうなるのは目に見えていた」

なっ。

でも。

「それに、費用は全部 JIES(うち) 持ちだ。会場の名義も全部な」

「それじゃ、払い損…」

…じゃなかったな。

この世界では、女性の為に奉仕出来る事が何よりのステータス。名義も残るって事は、慰問会に我が社が噛んだことも周知される。会社的にも、宣伝効果があるのか。

うちの会社、 対企業向け(B to B) だから、一般客に宣伝してもあまり効果ないんだけどさ。

俺が支社長と問答している間にも、局員達の方も作業が終わった様子で「では、行くぞ」と声を掛け合っていた。

「貴様らも業務に戻れ!女性の為に、仕事に邁進しろ!」

偉そうな捨て台詞を吐いて、局員達が去って行く。その内の1人…いつもオトハ様からの電話を取り次ぐ彼が、俺に近付いてくる。

なんだ?

「乙葉様から伝言だ。今宵、会議の進捗を聞かせて貰うと」

「分かり…畏まりました」

それまでに、今出ている対策を纏めておかないとな。

「……」

俺が頭の中でタスク整理を行う前で、まだ局員が俺を睨んでいた。

えっと…まだなにか?

「乙葉様に近付くな」

「えっ?」

突然の事で、唖然としてしまう俺。でも彼は気にする素振りもなく、他の局員を追ってオフィスから出ていった。

近付くなって…別に、俺はオトハ様に会う為に、入区を目指している訳じゃないんだが?

〈◆〉

「くそっ」

車に荷物を積んでいると、先輩が小さく不満を吐き出す。

それを聞いて、俺は大きく頷く。

「分かりますよ、先輩。あいつらムカつきますよね」

ただの弱者男性の癖に、女性にこんな貢物が出来るなんて。しかも、会場まで押さえて、乙葉様の為に時間を費やす事が出来るなんて。

それは俺達、選ばれた男がする仕事なのに、あんな下等な奴らがやってるのが許せない。長官はなんで、こんな横暴を見て見ぬフリし続けたんだろう?

ああ、考えたら俺も、なんかムカついて来た。いっその事…。

「先輩。ちょっとこれ壊しちゃいます?部品の一部でも抜き取っちゃって」

俺は〈撮影機材〉と書かれた箱を指さし、頬を釣り上げる。

そしたらあいつら、お終いだ。ガラクタを女性に送り付けようとしたって事で、豚箱確定だろ。

俺が良い事思いついたと手を叩くと、頭に鉄拳が着弾した。

先輩のだ。

「バカが。そんな事、出来る訳ないだろ。俺は乙葉様から、確実にこれを届ける様に言われている。壊れたら、俺の責任にもなるんだ」

「すっ、すんません…」

そうか。これを運んだ俺達のせいにもなるのか。

あーあ。運ぶ前に、細工すりゃ良かった。

俺は残念に思いながら、運転席に座る。車を出す。

「乙葉様に認められた?ふざけるなよ、劣等種が」

先輩がブツブツ言っている。その目は見開いており、何処を見ているか分からない。

「調子に乗りやがって。このままで済むと思うな…」

なんか良く分かんないけど、悪いこと考えていそうだな。

こりゃ、面白くなる予感。先輩が動くなら、俺も1枚噛ませてもらおっと。

〈◆〉

『これより!蘇枋乙葉様による、特別慰問会を始める!』

「「「おぉおお…」」」

『静粛に!』

それから数日が経ち、慰問会が始まった。

場所は、繁華街近くのドーム球場。今までの公園とは比べ物にならない程の収容人数だが、その会場の席は満席だった。

これは、丁寧な応対をするオトハ様の人気も 然(さ) ることながら、岩本係長達の奮闘も大きい。彼らが広報を頑張ってくれたお陰で、集客力が収容人数を上回ったのだ。

普段の慰問会は殆ど告知しないからね。管理局の分かり辛いホームページと睨めっこするか、風の噂で知り得るしかない。

だから、今日は大盛況だ。オトハ様が出る前から幾つも声が上がり、自然と出店なんかも構えられ、ビールを煽っている者まで見かける。

因みに、俺達は今日、観客席に居ない。普段選手達が詰めているベンチで会場を一望出来ていた。

一応、主催側だからね。何か不足の事態が起きた時用にと、俺達下っ端は現場で詰めている。支社長達は今頃、VIP席で俺達を見下ろしているだろう。

いい気なもんだ。

「感動的だなぁ…」

岩本係長が、観客席を見上げて涙を浮かべている。

そりゃ、我社で一番頑張っていた人だからな。こうして無事に始まって、一番嬉しいのはこの人だろう。

逆に俺は緊張している。こいつの結果次第で、入区の是非が決まるかもしれないから。

果たして、製品管理部が提示した方向性は、有効なのだろうか…?

『それでは!回線を繋がせて頂きます!』

いよいよ。オトハ様のご登場。メインビジョンと会場に並べられた超特大モニターの電源が入り、ブルーモニターが広がる。そして、プツンと小さな音と共に、画面が切り替わる。美しい赤のドレスを着た、オトハ様のお姿が映し出される。

「「「おぉおおお!」」」

『静粛に!静粛に!』

局員が必死に宥めるも、会場の熱は冷めやらない。何時も胸から上しか映っていなかったお姿が、今はその赤いヒールの先まで見えているから。

そして、そのドレスの細部までくっきり見える程、画質も向上している。

最高の仕上がり。機器を手配してくれた松本君には感謝だ。

「うっ…」「あぁ…」

そのあまりの美しさに、観客の中にはお姿を拝見しただけで倒れる者も出てきた。倒れなかったとしても、顔を真っ赤にして興奮しているのがここからでも分かる。

分かるぞ。俺も、今のはかなりドキッとしたからな。その妖艶な微笑みも合わさって、破壊力がえげつない。

そうして、ただ椅子に座っているお姿だけでそれだから、質問が始まると余計に凄い事になっていた。

「あ、あの…ほ、ほ…」

『…なに?しっかり喋りなさい』

「はりがとほざいま…すっ!」

ちょっと声を出すだけで、観客席はマスゲームの如く揺らめき、その後オトハ様が妖艶に微笑んだりしたら、もうドミノ倒しのようにひれ伏していた。

これは、予想以上だな。

「か、ん、無量…」

こっちの席でも、脱落者が続出。

その中で、唯一生き残っていた松本君が質問する。

『オトハ様のお召し物は、蘇枋家ブランドでしょうか?』

『ええ、今年の春モデルよ』

そう言って立ち上がり、軽く一回りするもんだから、松本君と共に局員達も崩れ落ちて行った。

『ぐっ、お、お美…しい…』

その中には、司会まで含まれていた。

オトハ様。ちょいとサービスが過剰ですよ。

『黒川。前に出なさい』

会場が呻き声に埋め尽くされると、オトハ様が俺を呼ぶ。何かと思って彼女の元へ馳せ参じたが、司会を引き継ぐ様に言われてしまった。

『どうせ、お前しか残っていないのでしょ?』

「ええ、まぁ、そうなんですが…」

続けるもなにも、もう誰も生き残っていない。今回の慰問会はこれで終了だろう。

オトハ様にそう伝えると、彼女は不満そうな表情を見せた。

な、なんでしょう?

『まだ10分も経って無いわよ?質問だって、最後の1人以外は呻いただけじゃない』

なんと。まだやる気でいてくれたのか。他の女性達は、一刻も早く切りたいって感じだったのに。

俺は嬉しくて、彼女から見えないのに頭を下げていた。

「十分かと。御身からは見えないかと思いますが、倒れている者達は皆、良い笑顔でございます」

『ふんっ。そんな事、私にとっては些末な事よ。それより、お前はどうだったの?』

えっ?俺ですか?

ドキリと、心臓が飛び跳ねる。突然だったってのもあるけど、妖艶なオトハ様に見つめられると、なんだか変な気持ちになってしまった。

俺、変な扉が開いたりしないよな?

「正直、感動いたしました。受け答えも優しく、そしてお召し物も良くお似合いでしたので」

『お前達が言ったんじゃない。私は"こっち"で攻めるべきだと』

ああ、そうだ。その服装は正に、製品管理部で出した答えだ。

今までのオトハ様は、特に色を出さずに過ごされていた。だから、〈王子〉と言う強烈な色に負けてしまった。

でも俺達は、今のオトハ様でも十分に戦えると思っている。この、妖艶で女性の格好良さを兼ね揃えたオトハ様なら。

「蘇枋様。今の貴女でしたら、必ずやスバル様に勝てます。勝ちに行きましょう、このスタイルで」

『ふっ。お前は本当に、口が上手いわね』

オトハ様が楽しげに笑う。手を差し出して、ルージュの唇で弧を描く。

『良いわ、乗ってあげる。お前が示した、その道をね』

オトハ様の熱を感じ、俺も自然と口元が緩んでいた。