軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31話〜1つお願いがございます〜

「おはようございまーす!」

「おいっす!」「おう!黒川!」

翌日の朝。俺はいつもより少し早めに出社して、いつもより声を張って挨拶を飛ばす。

それに、返ってくる挨拶の多いこと、多いこと。特に営業部は殆ど出社している様子だった。

「おう、黒川。ニュース見たか?」

係長が態々やって来て、俺にニンマリと怪しい笑顔を向けて来る。

俺はそれに、大きく頷く。

「当然ですよ。興奮して、早めに出社しちゃいましたからね」

「なんだ、お前もか」

やはりそうか。係長は…いや、この場にいる殆どの人は俺と一緒なんだ。

今朝のニュース。そこには、昨日の慰問会についてが放映されていた。慰問会としてはかなり大規模であり、かつ満員を超えた大満員であった事も影響して、慰問会と言う日常イベントでも注目を集めていた。

それに加えて…。

「大好評だったもんな。コメントしてた奴ら」

テレビがインタビューした人達はみんな、大興奮でコメントを返していた。『今まであんな慰問会は見た事がない!!』とか『乙葉様のお姿が美し過ぎて、昨日は一睡も出来なかった!!』と、興奮ではち切れそうな声ばかりだった。

それは決して大袈裟ではなく、今朝の繁華街は大型連休並に繁盛していると報道されていた。映るみんなガンギマリで『やる気が溢れて、止まらねぇんだよ!』と、配達のおっちゃんも階段を5段飛ばしで駆け上がっていたし。

コメンテーターの話では、オトハ様の慰問会が与える経済効果は、通常の3倍とか言っていたけど…彼らを見たら、それが大袈裟とは言えなかった。

「いやぁ。やっぱ嬉しいよな。頑張った結果がこう、目に見えるってのはよ」

「そうですね」

会社の名前も、短い時間だが報道された。協力会社って事にはなっていたけど、管理局の下に一般企業があること事態が異例だからね。結構良い宣伝になったんじゃないだろうか?

そう思った俺の見立ては、当たっていた。

今朝の朝礼では、社長が我々全員を褒めていたからだ。

『営業部と製品管理部の皆さん。本当に良くやってくれました。貴方達は我社の誇りです』

「「「っしゃぁああ!!」」」

営業部から歓声が爆発し、俺達も喜びで肩を抱き合った。

何処まで会社に貢献できたかは分からないけど、社長がこんなにも大人数を、そしてこんなにも深い感謝を述べたのは初めてだった。だから、余程上手く行ったんだと思った。

「「バンザーイ!バンザーイ!」」

営業部が恒例の胴上げに入る。営業部の江川部長はかなりの巨体なんだけど…凄いな、営業部。コメントしてた人と一緒で、全員目がかなりキマッている。

「先輩!こっちもやりますよ」

「マジかよ!?まっちゃん!」

星里部長、来年定年だぞ?腰とか肩とか、下手すると抜けちゃうぞ?

心配だったが、管理部の神輿は既に完成していた。

仕方ない。こうなりゃ盛大に飛ばしてやろうじゃないか。

やる気になった俺達を、星里部長が心配そうに見回す。

「みんな、ちょっとだけで良いからね?江川君みたいな高さには、しないで良いからね?」

「任せて下さい、部長!僕たち若手が、営業部になんか負けたりしません!」

「いや、聞いてた?松本君。私はもう歳で…」

「行くよ!みんな!そーれ!」

「「「ワッショイ!ワッショイ!!」」」

俺達は盛大に祝った。

そして、後で知った。

…星里部長って、怒るとマジで怖いんだな。

〈◆〉

「あら?これは」

自室でファッション雑誌を捲っていると、見覚えのあるドレスが映っていた。

先日の特別慰問会で着た、赤いドレスだ。

慰問会なんかでオシャレする事に抵抗を感じたが、思ったよりは悪くなかった。いつもは落ち込む心も軽やかだったし、男達の呻き声も気にならなかった。

「悪くないわね。キャラになりきると言うのも」

慰問会も、雑誌の撮影も。今まではただ、蘇芳乙葉として出ていた。でも、先日みたいなのも面白い。服装と 中身(わたし) が噛み合った気がした。

これも、黒川達の方針。そう思うと、

「少し 癪(しゃく) ね」

私が鼻を膨らませた丁度その時、部屋にドアをノックする音が響いた。

「失礼しますっ!オトハ様。沢城ですっ」

その声は、私の専属護衛である沢城 亜心(あこ) の物。

「何かしら?」

「ご当主様がお呼びですっ」

母が?

嫌な予感がするけれど、私は平静を装って扉を開ける。途端に、アコのキラキラした目が私を見上げる。

…ほら、そんな所に突っ立っていないで、早く私をエスコートなさい。

「それでは!参りますっ」

私の前を歩くアコは、キョロキョロと周囲の警戒に余念がない。

仕事熱心なのは良いけれど…ここは屋敷の中よ?貴女、もう2年目でしょ?少しは肩の力を抜きなさいよ。

呆れている間に、母の部屋の前に着いた。

「失礼しますっ!ご当主様。オトハ様をお連れしましたっ!」

「入ってちょうだい」

母の静かな声。

それに…ちょっと待ちなさい、アコ。貴女はここで待つの。私だけが入室するのよ?

「失礼致します」

母の執務室に入室すると、途端に花の香りが鼻をくすぐる。落ち着いたシックな部屋の中に、幾つものマネキンがドレスを着せられ、ポーズを取らされている。

その中央奥のデスクで、母が座っていた。デスクの上に置かれた雑誌に視線を落とし、何やら書き物をしていた。

私は彼女のデスク前まで進み、声を掛ける。

「ご当主様。私に御用とのことで伺いました」

心を抑えた筈だったのに、少し声が震えてしまった。

この人と面と向かって話すのなんて本当に久しぶりだから、色々と嫌な想像をしてしまう。

先日の慰問会の事で、何か言われるのかしら?蘇芳ブランドの服を着たこと?それとも、館内で撮影をしたこと?色々と心当たりがある。

一体、何が彼女の琴線に触れたの?

私が心を乱していると、当主の目がこちらを見上げる。美しくも鋭い目が、私を射抜く。

「乙葉さん。先日の慰問会は、随分と盛況だったそうね。模範的だったと、神宮寺総理直々にお褒めの言葉を頂いたわ」

「そう、ですか」

静かに頷きながら、内心で訝しむ私。

何故、日本のトップが私なんかを気にかけるのかしら?蘇芳家の人間だから?それに、模範的って一体どういう事?

「貴女はその慰問会で、蘇芳ブランドを着ていたと聞いたけど?」

「っ…!ええ…」

やはり来たかと、私は身構える。だけど、向けられる当主の目から、鋭さが失われる。

「それを見た雑誌編集者から、貴女へモデルのオファーが来ているわ。以前、貴女が出たあの雑誌よ」

「…っ」

それって、スバルも出ている雑誌じゃない。ぽっと出のあいつを表紙にする様な雑誌だから、こっちから見切ってやったのに…。

私はいつの間にか、視線を落としていた。再び上げると、当主の目とかち合う。その目が、私を探るように動く。私の出方を伺っている。

私がモデルになった時の計算でもしているのかしら?そりゃ、家の人間がモデルの方が、色々と都合が良いでしょうね。

「分かりました、ご当主様。そのお話、お受けします」

良いわ。乗ってあげる。私は既に、あいつが示した道に乗っている。その延長線上に、貴女達が居るだけ。

編集者も母も、全て私の 礎(いしずえ) にしてあげる。

私の強い意志に、当主は「そう」と小さく呟く。そして、

「オファーを受けても、慰問会は続けるのよ」

「…」

私は口を閉じる。

慰問会自体は、続けても良い。それがあいつの提案でもあるから。首相にまで声を掛けて貰えるなら、それなりの影響もあったのだと思うし。

でも、ただこの人の言いなりになるのは癪だ。

だから、

「慰問会を続けるのでしたら、1つお願いがございます」

「…お願い?」

訝しそうに見上げる当主。

私は笑みを作る。

「男を1人、入区させて下さい」

私の言葉に、初めて当主の表情が変わる。「はぁ」と短いため息を吐き、顔を歪ませる。

「執事から聞いているわ。貴女が慰問会で、局員でもない男と通じていると。その男に、何か吹き込まれたんじゃないの?」

「その結果が、これですわ」

私はくるりと周り、カーテシーを行う。

そうすると、当主は余計に大きなため息を吐き出す。

「どう言うつもり?乙葉。貴女、男を特区に招き入れて、何をするつもりなの?」

「何も。ただこれが契約なのです。私と彼の間の」

「それは知ってるわ」

あら?やっぱり把握されていたのね。

「私が聞きたいのは、貴女がその男をどう思っているかよ」

当主の目…いや、母の目が鋭さを取り戻す。怖いくらいに尖ったその目が、私を威嚇する。本心を言えと突き付けてくる。

何を言っているの?この人は。

私は笑みを深くする。

「ご心配には及びません、お母様。彼は私に道を示した。だから私も、彼に道を示す。ただそれだけのことですわ」

〈◆〉

オトハ様の特別慰問会から、数日が経った。

あれから暫く、繁華街ではフィーバーが起きており、ある種の特需状態だったらしい。

慰問会1つでこれだ。これを全国規模で行えば、高度経済成長も夢じゃないのでは?

そんな風に思える程、オトハ様は慰問会で活躍された。

でも、話はそこで終わっていなかった。特区の中でも彼女の事は話題になり、ファッション雑誌のモデルに起用されたらしい。鈴木さんからの情報だから、確かな話だ。

オトハ様のドレス姿をネットに載せたら、そのドレスの売上が一気に伸びたらしい。彼女を真似て、服やメイクを変える人も少なくないのだとか。

思った通りだった。これは、俺達が狙った結果だった。

スバル様が売れた理由。それは中性的で、特区では珍しい王子様だからってだけじゃない。特区の女性が、彼女の強烈なキャラに惚れたんだ。周りには居ない特別な彼女に、特区の女性達は惹かれている。

だから、オトハ様にも色を着てもらった。真っ赤で、情熱的で凛々しい、大人の女性としての彼女を演じて貰った。

そしてそれは、見事に受け入れられた。スバル様とは違う憧れとして。隣にいて欲しい王子様ではなく、なりたい自分の目標として、オトハ様は輝き出した。

きっとこれからは、彼女がファッションリーダーになっていくだろう。安室〇美恵さんや、浜崎あゆ〇さんみたいに、女性達の星として。

「言うなら、女王様スタイルってことか」

背もたれに背を預け、俺は伸びをしながら呟く。先ほど鈴木さんから教えて貰った情報に、頬を緩ませる。

いやぁ。良かったよ。この路線なら、スバル様に食われる事もない。彼女も容姿が整っているけど、オトハ様の様な色気はない。このキャラはオトハ様しか出せないものだ。

これなら、スバル様を越えられるぞ。

「…っと。何を考えてるんだ、俺は。仕事しないと」

後方仕掛け人面している場合じゃない。彼女はもう、1人で進んでいるんだから。慰問会が終わった今、俺達はただの観客に戻った。何時までもプロデューサー気分ではイカンぞ。俺にはまだ、仕事がたんまり残っているんだからな。

悲しい現実に気合いを入れ直していると、電話が鳴る。

知らない番号だ。

「もしもし?JIESの黒川ですが…」

『こちら、特区管理局』

えっ?局が俺に、何用で?

『黒川慶吾。貴様に、局までの出頭命令が出ている。大人しく従え』

「なっ」

出頭だと!?

俺、捕まるのか?

「あの、それは一体、どういう意味で…?」

『…どうもこうも、入区の手続きを進めると言っているのだ。ごちゃごちゃ言うなら取り消すぞ?』

えっ……えぇっ!?

入区って…えぇっ?

俺…特区に入れるのか?