作品タイトル不明
29話〜ちょい待ち〜
「ふぅ」
WEB会議を終えて、私は心の中のモヤモヤを吐き出す。
何で私、あんなにヤキモキしたんだろう?黒川さんに恩返し出来るチャンスなのに、急に気分が悪くなってしまった。
「何やってるんだろう、私」
そんなんだから、回答もイマイチだった。王子が人気なんて、特区にいれば誰でも分かる事なのに。
…いいえ。違うわね。純粋に、私がそういう事に疎いだけ。どんなに背伸びをしても、あれ以上黒川さんの役には立てなかった。
「悔しい」
自分に腹が立つ。勉強ばかりで周りと関わらなかったツケが、今になって来ている。
克服しなきゃ。
「あの…」
意を決して、私は普段絡まないグループに話しかける。
何時もキラキラして近寄り難い人達だったけど…情報を得る為ですもの。頑張らないと。
「ちょっと、聞きたい事があって」
「えぇ?鈴木さんがあたし達に?」
「良いよ、良いよ。何時も助けて貰ってるからさ。何でも聞いてよ」
ニコニコと笑みを浮かべて、私に近寄ってくる彼女達。
うっ…やっぱり、ちょっと苦手だ。なんか、笑顔も嘘くさいし。
そう思うも、私は引かない。
「ありがとう。実は、勇菊スバルさんの事なんだけど…」
「えっ?鈴木さん、王子に興味あるの?」
「意外だねぇ。そう言うの苦手な人だと思ったのに」
キャッキャと、私を取り囲んでくる彼女達。
ああ、就業中にするんじゃなかった。
そう後悔したけど、時間はそんなにかからなかった。思ったよりも、収穫が無かったのだ。
「う〜ん。あたしも、デビュー前を知ってる訳じゃないからねぇ」
「最近のアルバムとか、よく行くカフェとかなら詳しいよ。一緒に行く?」
「いえ。それは遠慮するわ」
スバルさんの趣向は把握出来たけど、肝心のデビュー当時を知ることは出来なかった。
これじゃ、黒川さんに良い報告が出来ないわ。
私が内心落ち込んでいると、
「王子の昔を知りたかったらさ、鮫島に聞いてみると良いよ」
「えっ、鮫島さん?」
「うん。あの人、古参ファンだからね。王子の追っかけしてた時もあるらしいよ」
えぇっ。そうなの?
驚き、彼女のデスクを見る。そこには頭を抱えながらキーボードをカマキリ打ちする彼女の姿があった。
どうしよう。話しかけ辛い。あんな事があった後だし、下手に擦り寄って来たら大変。
でも…。
私は想像する。スバルさんの情報を得て、それを黒川さんに報告する自分の姿を。
あれだけ必死だった彼だから、きっと喜んでくれると思う。今まで貰うばかりだった恩を、少しでも返せるかもしれない。
よし。
「あの、鮫島さん?」
「…なんです、鈴木室長。私、今忙しいんですけど。他に仕事とか、出来ないんですけど」
こちらをチラリと見ただけで、またパソコンに視線を戻す鮫島さん。
私を嫌い…ってだけじゃなくて、仕事に追われているから機嫌が悪いみたい。難しい問題も、今までは私に丸投げ出来ていたけど、今は部長の目もあってそれが出来ない。それに苛立っている様子。
今は、話しかけるのはよそう。
「ごめんなさい。仕事の話じゃ無かったの。ちょっとスバルさんについて聞きたかったんだけど…他の人にあたるわ」
こんなに大きな会社だもの。コアなファンだって何処かにいるはず。
そう思い直して、自分のデスクに帰ろうとした。でもその途端、私の手が掴まれる。
「ちょい待ち」
鮫島さんだ。
「スバルって、勇菊朱春様の事?」
「えっ、ええ。そうよ。鮫島さんが詳しいって聞いたから」
彼女の勢いに押され、私が遠慮がちに頷くと、鮫島さんの目が光る。ギラギラと怖いくらいに睨み上げて来る。
「詳しい?舐めないでよ。王子の事なら私、誰にも負けないから」
…これ、 藪蛇(やぶへび) だったかも。
今更になって、彼女に声を掛けたことを後悔し始めた。
〈◆〉
「ありがとうございました!」
「おう。頑張れよ」
部屋を出る時に頭を下げると、支社長は朗らかな笑みと共に手を振って、俺を送り出す。
彼には感謝せねば。
部屋を出た俺は、自分のデスクには戻らずに、そのまま他部署へと赴く。
そこは…。
「岩本係長」
営業課である。
「おう黒川、どうしたんだ?お前から来るなんて珍しい。客先からなんか、イチャモンでも付けられたか?」
そうだよな。技術屋の俺が営業に来るなんて、既存ユーザーが文句を言った時くらいだもんな。
「岩本さん。今はそれより、厄介な状況でして」
「なに?あんま怖いこと言うなよ。取り敢えず言ってみ」
「はい。実は…」
俺は掻い摘んで話す。
オトハ様の依頼で、彼女をスバル様よりも人気者にしなければならないこと。その為に、我が社も動く必要がある事を。
「動くって、具体的にどうするんだ?」
「はい。先ずはステージと環境を整えます」
これは、支社長のアドバイスだ。
特区の外で名声を上げれば、自ずと特区の中でも影響力が増すと。壁で仕切られてはいるが、ある程度は伝わるのではと言っていた。
本当にそうなるのか、俺には分からない。でも支社長は、かなり自信がありそうだった。
その方法で、人気になった人でも知っているのだろうか?
…それはともかく。
「営業には是非、会場の予約と宣伝方法を検討して頂きたいのです」
「なるほどな。お前らはどうするんだ?」
「 製品管理部(うち) は機材と、ご本人への提案をしたいと思います」
我々側は最高級の機材を揃えているけれど、オトハ様の方はどうか分からない。画質は悪くないが、音質はイマイチな気がしたから。
見え方からしても、スマホとかでやってそうなんだよな。折角の美声が、それでは台無しだ。
「そうだな。そっちはお前らの得意分野だ。オトハ様への交渉もお前しか出来ない。頼むぜ、黒猫」
ぐっ。またそれだ。
「あの、係長。それってどう言う意味なんですかね?俺って猫に見えます?」
「あん?違ぇよ。交渉人黒川で黒猫だ」
…どう言うこと?
「だからよ。交渉人…ネゴシエーター黒川。黒ネゴ…黒猫って事だよ」
「いや、分からんって!」
ゴリ押し過ぎるだろ、掲示板の住人達。
営業と話を纏めて、機材も松本君達に頑張って貰う事になった俺は、鈴木さんの電話を待っていた。一番大事な、オトハ様との交渉を相談しようと思っていたのだ。
何時になるか分からんから、取り敢えず積み上がったタスクを片付けようとしていたところ、直ぐに掛かってきた。
…早過ぎない?さっきのWEB会議から、まだ1時間も経ってないよ?
俺としては、有難いけどさ。
「もしもし、黒川です」
『何度もすみません。鈴木です』
「構わないよ。何かあったの?」
『はい。あの、さっきの質問について、追加情報がありまして』
追加?
聞いてみると、スバル様の事について、彼女なりに調べてくれたのだとか。しかも、あのイジメの主犯格に声を掛けてまで。
「おいおい。大丈夫だったか?」
『はい。あぁ…ちょっと話が長くなってしまい、今の今まで捕まっていたんですけど』
全然、大丈夫に聞こえないんだが?
『でもそのお陰で、色々分かりました。先ず、蘇芳さんとの関係なんですけど…』
オトハ様は元々、タレント業の真似事をされていた。活動はネット中心だったが、偶に広告や雑誌なんかにも起用され、結構人気だった。
けれどそこに、スバル様が台頭してくる。彼女の中性的なルックスが、特区の女性達の心を掴み、一気にトップアイドルへとのし上がった。
そうすると、周囲の目は彼女に向き、オトハ様に向いていた目も、そちらへと流れてしまった。
『それである日を境に、蘇芳さんは配信も辞めてしまい、ブログなども閉鎖してしまったらしいんです』
あ〜…。自分から舞台を降りたのか。
後輩に抜かれるのって、ショックだもんな。俺も、いつ松本君達に抜かされるかとビクビクしてる。
分かるぞ、オトハ様の気持ちも。
「ありがとう、鈴木さん。凄く助かったよ。オトハ様達の因縁が分かったから、また対策が立て易くなった」
特に、同じ土俵で戦わせちゃダメだと分かった。これは大きい。
「それで…また君にお願いしたい事があるんだが、良いかな?」
『ええ。勿論です』
有難いな。
俺は拝みながら、オトハ様との交渉機会を作ってくれる様、社長に話をして貰えないかと相談した。
「また大変なお願いになっちまうと思うんだけど…」
『いえいえ。お任せ下さい。社長も今、有力者に掛け合っているところなので、きっと快諾してくれると思います』
鈴木さんが太鼓判を押してくれる。
心強い。
そして、そんな彼女の憶測は、見事に当たる。
就業後、減らないタスクにため息を吐きながらキーボードを打ち鳴らしていると、電話が掛かってくる。
懐かしい。支社長からの転送電話だ。
「はい。黒川です」
『…ふぅ〜ん』
うぉっ。
この声、オトハ様だ。
『慰問会以外で私の声が聞きたいなんて、随分な身分になったのね?黒川』
俺のスマホから彼女の声が聞こえる。なんか、変な気分だな。
「大変恐縮ですが、蘇芳様。私、この会社では平社員でして…」
『なら、切るわよ?』
「ああっ!お待ち下さい!」
慌てて声を上げると、向こう側から忍び笑いが。
くっ。弄ばれている。悔しいが、今はこれくらいの方が良い。
提案が通り易い。
『この前の事よね?何か提案があると聞いたけど?』
知っとったんかい!完全にイジりに来ていただけじゃないか。
心の中で突っ込み、口では平然と提案する。
慰問会の強化を。
だが、
『それ、本当に効果あるの?』
俺も思った事を、彼女も疑問視する。
俺はグッと腹の底に力を入れ、声を出す。
「勿論です!必ずや、特区の中にも轟くでしょう。蘇芳様の名声が」
言って、気持ち悪くなる。
根拠を示さず、数字を出さないなんて技術者失格だ。
でも今は、実績がない。人気と言う無形な物に、無理やり数字を嵌めるのは不安過ぎる。それでも、営業をかけるなら自信を持って提案するんだ。
俺は係長の教えの通りに、声を張る。
「やりましょう、蘇芳様。これで勇菊様を超えるんです」
『…本当に、超えられるかしら。それだけで…』
不安そうに呟く、オトハ様。
その声で、俺も揺らぐ。虚構で塗り固めた自信から、隠した筈の不安が漏れ出す。
俺の心が弱いからか?
いや。そうじゃない。こういう時って、何か見落としがあるんだ。
こういう時は…。
「大丈夫です、蘇芳様。"私達"が、サポート致します」
みんなで協力する。
ですよね?杉森支社長。