軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27話〜今のは良いわ。忘れなさい〜

「今日もやってやるぞ!」

「「おう!」」

翌日の正午。

俺は岩本係長達と共に、スーパー銭湯へと来ていた。前回同様に冷水を浴びて、前回同様に卓を囲む彼ら。

そう、今は決起会の真っ最中。オトハ様に会えるって事で、前回同様にみんなで寄り集まっている…のだが。

その卓の上に乗っているのは、ホカホカと湯気を立てたチキンステーキばかり。

「あれ?皆さん、納豆はどうしたんですか?」

前回はあんなに、泡立たせていたじゃないですか?

「そりゃ、お前が前回これ食って、慰問会を大成功させてたろ?」

「先輩にあやかるんです」

待て、待て。

そりゃ、チキンステーキの効力じゃないぞ?俺はただ、タンパク質を摂りたいからそれにしてるんだ。ニワトリ君に、過剰な期待はやめてくれ。

…まぁ、納豆だけよりは腹持ち良いから、成功し易いかもだけど。

心配していると、係長がニヤリと俺を見る。

…なんです?

「ところでお前ら、またやらかしたらしいな」

うん?俺と松本君が?

「ネット記事読んだぞ。スバル様に歌を歌わせたらしいじゃんか」

「えっ!ネット記事?」

驚きで聞き返すと、係長がスマホを見せてくる。そこにはネットニュースが映っており、リリアリーナの会場写真と〈スバル様が生歌披露!?会場悶絶!〉と言う生き生きとした記事が書き綴られていた。

なんじゃ?こりゃ。

「その記事の感想欄に、一般男性がスバル様に食い下がって、生歌を勝ち取ったってあったからよ。きっと黒川達だろうって噂してたんだ」

「お前、掲示板では謎の交渉人とかって言われてんぞ」

「オトハ様のスレとか、黒川の話で持ち切りだもんな」

ええっ?そんな事になってるのか?

先輩達の会話に、俺は誇らしさも感じながら、何処か不安だった。鈴木さんみたいに、俺もみんなから嫉妬されるんじゃないかと。

だが、その予想はハズレた。

夕刻。慰問会の会場に着いた我々は、前回の倍近い広さの会場に、前回の数倍の人間が詰めかけているのを見て乾いた笑いを上げていた。

いやもうこれ、スバル様みたいにアリーナ借りないとダメだろ。マジで事故るぞ?

「うわっ。こいつは不味いな。この中掻き分けて、黒川を送り出さなきゃいけないのか?」

「これは死人が出ますよ、係長」

松本君が怖いこと言うけど、冗談ではない。

これは、背に腹はかえられない。局員にでも相談するべきか?

「おい、あれ」

「おぉ、来たぞ、来たぞ!」

局員を探してキョロキョロしていると、前に並んでいた奴らが振り返り、俺達を指さして驚く。そして、その驚きは更に広がり、やがて交通整理をする者が出始める。

「おい!道を開けろ!開けろ!」

「黒猫さんが来たぞぉ!!お通ししろ!!」

「さぁどうぞ、皆さん!」

ふぁっ!?

なんでみんな、俺達に道を譲ってくれるんだ?

あと、クロネコってだれ?俺達、宅配会社と間違われてるの?

訳が分からなかったが、近くの人に「ほら、早く、早く!」と急かされてしまったので、その作ってくれた道を歩く。そうすると、いつの間にか最前列まで来てしまった。

「ラッキーだな。これで誰も死なずに済んだ」

「流石は黒川先輩ですね」

あっ、やっぱクロネコって、俺の事だったのね。

でも、なんでクロネコなの?俺って猫と言うより、ゴリラだと思うんだけど?

『これより、蘇芳乙葉様による慰問会を執り行う!』

それから程なくして、慰問会が始まる。

最初から最前列に並ぶことが出来たから、前回のような混乱もなくスムーズに会は始まった。俺は最初の点呼で声を出した以外は黙り、みんなの質問を聞いていた。

『お、俺は、1年前から、オトハ様の、ファンで』

『それがどうしたの?』

『ありがふほむぅ…』

…以前は酷い返答だと思ったが、スバル様の後だと神対応に見える。

そんな神対応を見せる彼女だから、皆も満足そうな顔で ひれ伏(かんしゃ) し、気付いたら俺しか立っていなかった。

えっ?また俺が最後の質問者なの?

『オトハ様。今日は…いえ、今日も素晴らしい慰問会をありがとうございました』

『素晴らしい?何を言っているの?私はただ、お前たちの声に答えているだけよ?』

…うん。やはりオトハ様は素晴らしい女性だったんだな。お陰で、何とか耐えていた人達も、感謝で頭を地面に擦り付けている。

「さすクロ」

「黒猫、流石だ…」

…だからさ、黒猫ってなんなのよ?

そうして、今日の慰問会も無事に終了した。無事という言葉がどういう意味か分からなくなって来たけど、みんなが幸せそう=無事という事で取り敢えず納得した我々。

「おい」

さて撤収の準備だと、松本君と共に係長達を介抱していると、またもや局員が俺の元にやってくる。そして彼の背について行くと、また携帯端末を渡された。

俺はそれを受け取ると、心臓を高鳴らせる。今回は少し緊張して、その電話に出た。

「もしもし、黒川です」

『……』

えっ?無言?

切れてる…訳じゃないよな?

『お前』

「はいっ!」

なんか、いつもよりオトハ様の声が低い。これは…キレてる?

どうして?一体、何に?

『昨日、スバルの慰問会に行ったそうね?』

「えっ?ああ…」

何故、それを知っている?そして何故、そんな不機嫌そうな声を出しているんだ?

俺が他の慰問会に行ったから嫉妬…なんて、それはあまりに楽観的な考えだ。そうじゃなくて…例えば、オトハ様とスバル様の間に、何か特別な関係があるんじゃないのか?

「はい。確かに行きました。友人に連れられて、良く知らずに参加してしまいまして」

『ふーん。あくまで興味は無かったと言いたいのね?』

おっ?ちょっと声の険が取れたぞ。

スバル様を知りません、と言って機嫌が良くなったから、オトハ様とスバル様との関係は悪いのかもしれない。

『それで?スバルの慰問会はどうだったの?噂では、彼女が歌を歌ったと聞いたけど?』

「ええ。まぁ、成り行きでそうなりましたが…」

俺は昨日の流れを簡単に説明した。スバル様の態度が厳しかったことや、つい言い合いをしてしまった事。その延長線上で、歌を歌ったのだと言った。

「ですので、 勇菊(ゆうき) 様の思惑としては、我々に歌を聞かせる為ではなく、我々の無力さを分からせる為に歌われたのだと思います」

『だけど、それは叶わなかった。異分子のお前には敵わなかったと言う事ね。ふふふっ』

オトハ様が笑う。スバル様が俺を屈服させることが出来ないと知って、随分と声色も元に戻っていた。

そう思ったけど、また直ぐに戻ってしまう。

『でも、その歌が随分と波紋を広げているみたいね?こちらでも話題になっているわ。そんなに、その歌は良かったの?』

オトハ様の問いに、俺は反射的に否定の言葉が思い浮かんだ。彼女が求めている言葉を吐いて、仲を良好にしなければと心が急く。

でもそれを、俺は押し留めた。

正確に報告する。

「正直、歌唱力はあると思いました。突然のアカペラでも音程を外さず、声量もありましたので」

『ふぅ~ん』

不満そうな声。

だが、これで良い。下手なご機嫌取りは長くは続かない。言うべきところで言わないと、信用を失う。

…元々、俺への信用なんて無いかもしれんが。

『なら黒川。私の声とスバルの声、お前はどちらが上だと思う?』

「う、うえ?」

おいおい。これは下手に言えない質問だぞ?マジで、不敬罪で首が飛ぶかもしれん。

冷静に。そして、決して嘘はいけない。

「…先ず初めに、声に優劣を付けられる程、私は知識も技能も足りておりません。ですので、完全に私個人の嗜好で申し上げますと、蘇芳様のお声とお振る舞いの方を好ましく思っております」

『ふぅ~ん…。上手く逃げたわね』

「とんでもない。ただ本心を申し上げました」

まぁ、明言しなかったのはちょいとズルいかも知れんが、嘘は一切ついていない。

『本心、ね。では何故、スバルはあんなに人気なのかしら…』

「うん?」

またオトハ様の声が低くなったけど…さっきまでとはかなり違うな。不満というより…不安?スバル様の台頭を、快く思っていないのか?スバル様と関係が悪いと思ったが、ライバル関係みたいなものなのかも。

「蘇芳様。それは…」

『いえ、今のは良いわ。忘れなさい』

詳しく聞こうとしたら、彼女は慌てて発言を撤回した。

まるで、それが恥ずかしい事の様に。思わず弱音を吐いて、それを隠すかのように。

これは、ただライバルというだけじゃなくて、何か因縁みたいなものがありそうだ。そしてそれに、オトハ様は悩まれているっぽい…。

「蘇芳様。もしもお悩みがありましたら、何かご協力できるかもしれません」

『お前が?』

「はい。何せ私は、特区の外に居ますので」

袖振り合うのも何かの縁。こうして会話する仲になったオトハ様が悩まれているなら、少しでもお力になりたいと思う。

それに…打算もある。

「その代わりと言っては何ですが、私の悩みもお聞き願えないでしょうか?」

『ふっ。この私に、交渉を持ちかけようとしているの?』

「はい。タダで貰った物ほど、怖い物はありませんので」

特に、貴女のような気位の高い方は、目に見えた施しなんか突っぱねたくなるでしょ?

そう思って提案すると、彼女はまた『ふっ』と笑った。

『相変わらず生意気な男ね、お前は。でも良いわ。暇つぶしに、お前の提案に乗ってあげる。ほら、お前の望を言ってみなさい』

「はっ。ありがとうございます。実は私、特区の中に用事がありまして…」

俺は入区について、オトハ様に打ち明ける。30年待つか、なりたくない局員に成らなければならないのだと嘆く。

すると…。

『呆れた。男が”特区”へ入ろうとするなんて、聞いたこともない。前代未聞よ』

「非常識であることは、重々理解しているつもりです。ですが、どうしても入らねばならない事情がありまして」

俺は必死に頼み込む。特区の住人で、俺が頼れるのは彼女だけだから。

でも、オトハ様に頼むにはちょっと難しいお願いだったかも。

頼んだ後で不安になった俺。それに、彼女はまた『ふふっ』と笑った。

『仕事の為…ねぇ。本当にそうかしら?』

「うっ…」

心臓が飛び跳ねる。嘘ではないけれど、仕事の為だけに入区を目指している訳じゃなかったから。

寧ろ…。

『良いわ。私が蘇芳家に働きかけて、お前を入区出来るようにしてあげる』

「えっ?蘇芳家?」

入区出来るようにするって…そんな自信満々に言うくらい、蘇芳家って大きな家柄なのか?

驚く俺。それに、オトハ様が『ただし』と少し厳しくなった声を突き付ける。

『それはお前の働き次第よ』

「働き次第…」

俺は唾を呑む。

入区と同等の労力って、相当なものなんじゃないかと思った。俺は、とんでもない人に交渉を持ちかけてしまったのではないかと、今更後悔の念が浮かんでくる。

『ええ。存分に働いてもらうわ』

でも、もう遅い。聞こえて来る声から、電話口の彼女がニンマリと恐ろしい笑みを浮かべているのが容易に想像できた。

その彼女が、俺に突き付ける。

難題を。

命令を。

『私を、あのスバルより人気者にしなさい』

ええっ?

人気者に?