軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25話~30、年?~

「…ぱい、先輩。先輩!」

「おっ、おお」

慌てて振り向くと、書類を手に松本君が立っていた。

「大丈夫ですか?先輩。昨日からちょっとおかしいですよ?」

ボーッとしていた俺に、松本君が心配そうな目を向けてくる。

昨日のこの時間、俺は鈴木さん達と会っていたんだ。彼女が去り際に放った言葉が、どうにも忘れられなかった。

『今度は特区の中で』

その言葉で、俺の中の特区に行きたいという思いが強くなっていた。「仕事だし行ってみるか」程度だったものが、「行かないと」って強い願いになっていた。

それで、特区の中を想像したり、必死に呼びかけていた鈴木さんの顔を思い出していたんだが…。

「いやぁ、済まん。気持ちが留守だった」

イカンな。仕事が疎かになっていた。ただでさえ昨日の分の仕事をやらなくちゃいけないのに、マジで帰れなくなっちまう。

「お疲れですね、先輩。今日は金曜日ですし、息抜きに行きませんか?」

「おっ、珍しいな。君から飲みに誘ってくるなんて」

飯とかは良く行くけど、 一対一(サシ) 飲みは初めてじゃない?

「飲みじゃないですよ、先輩。聞きに行くんです」

それって…。

「慰問会?」

「はい。楽しみにしててくださいね」

そう言って、松本君は自分のデスクに戻っていった。

楽しみにって…誰の慰問会に行くんだい?

あと、何か聞きに来たんじゃないのか?

そっちの仕事は丈夫なのか?と彼の背中を見送っていると、社用スマホが鳴る。俺の心臓も高鳴る。

この着信音は、鈴木さんだ。

「もしもしもし?黒川です」

噛んだ!

なんで3回言った?

『あっ、あの、大丈夫ですか?黒川さん。お忙しかったです?』

「いや、違うんだ。昨日の今日だから緊張してしまって、盛大に噛み散らかしてしまっただけなんだ」

『うふふ。そうなんですね』

正直に話すと、鈴木さんが笑ってくれる。それで、一気に肩の張りが無くなった気がした。

『あの、黒川さん』

明るく笑った彼女だったが、次に発した言葉は少し硬かった。

『ちょっとご相談と言いますか、お伝えしないといけない事がありまして…』

「伝える?もしかして、昨日の事?あまり結果が良くなかったとか?」

社長は試されていると言っていたが、俺の態度にNGが出てしまったのだろうか?

『いえ。結果は良好だったと、社長も仰ってました。ただ…実績が足りないと』

「実績?」

なんでも、先ほど管理局から通達があったそうだ。特区に男を入れるには、もっと俺が安全だという確証が必要だと。その為には、何度も面会を繰り返して、俺が安全だと言うことを示さねばならないらしい。

その確証を得られるには…。

「30、年?」

『まだ決まった訳では無いのですが、そう言う数字を提示されたと、社長からは…』

おいおい、そりゃないだろ?30年も待たされたら、俺は爺さんになっちまう。依頼された工場だって、きっと閉鎖か新築されているだろう。

それじゃ意味がない。

「どうするべきか…」

『進藤社長も、何か手が無いか動いて下さるそうです。知人に声掛けして、後押しして貰えないか聞いてくれるそうです』

なるほど。信用が足りないなら、権力者からの力添えを貰えば良いのか。

だが、どうなんだろうな。昨日の女性局員や、電話で罵声を浴びせてきた人達を見るに、男の入区を支持してくれる人がそうそう現れるとは思えない。それこそ、かなり難航しそうなイメージだ。

とは言え。

「社長に頑張って貰うしかないか」

『はい…大丈夫です。きっと進藤社長なら、何とかしてくれます!』

意気込む鈴木さん。でもその声の裏には、僅かに不安の色が見える。

彼女も薄ら理解しているんだろう。俺が入区する難しさを。

「ふぅ〜…」

鈴木さんとの電話を終え、俺はついつい大きなため息を吐き出す。防音室とは言え、気の抜けた態度は褒められたものではない。でも、そうでもしてないとやっていられなかった。

30年の実績かぁ。特区の壁って、見た目以上に分厚いんだな。

そうして落ち込んでいると、再び電話が鳴った。

鈴木さんじゃない。デフォルトの呼び鈴。画面を見ると、知らない番号。

誰だ?

「もしもし。JIESの黒川です」

『初めまして、黒川慶吾君。私は特区管理局、第一外部地区担当の鞍瀬である』

管理局?まさか、俺にも通達しに来たのか?

「昨日の面会の事でしたら、知人から聞きました。入区に30年かかるとの事で」

『それはあくまで、君が品行方正であり続けたらの話だ。少しでもミスをすれば、更に時間が掛かる事になる』

なにっ!?最短で30年だと?

やっぱ、社長に頑張って貰うしか無いのか?

俺は背をソファーに預け、大きく項垂れる。

そこに、

『だが逆に、早める方法もある』

局員が甘い言葉を吐く。

それに、俺も自然と背筋を伸ばしていた。

「早める方法?」

『ああ、そうだ。30年を、たった1ヶ月に減らす方法だ』

1ヶ月!?

飲み込んだ唾で、喉が鳴る。

「そ、それは?」

『簡単な事だ。君も、管理局員になれば良い』

…えっ?

「俺が、局員に?」

『ああ、そうだ』

何処か嬉しそうな声で、鞍瀬さんが肯定する。

『お前は随分と優秀だと聞いている。保安士の上位、保安監ですら赤面するあの場面で、顔色一つ変えず平然とこなしてみせた。故にお前を、上等管理保安監となる為のプログラムに推薦してやろう。さすれば、特別に入区させてやる事も出来る』

入区が出来る?本当に?

なんか、騙そうとしていないか?

「推薦とか入区させるとか…そんな簡単に言えるものなのでしょうか?」

上等なんちゃらが何か分からんけれど、要はエリートコースって事だよな?そんなの、いち局員が決められるとは思えない。

余程の自信家なのか、世間知らずのお坊ちゃんなのか。はたまた、物凄いお偉いさん?

そんな俺の推測は、当たってしまう。それも、最悪な方向で。

『言えるとも。何せ私は、この局を統べる長官だからな。人事権も裁量権も持つ私だからこそ、お前の望みも叶えられる』

長官って…あの手紙にあったサインの人か!確か松本君は、管理局で一番偉いって言ってた気がするぞ?

そんなお偉いさんが、態々俺なんかに電話してきたってこと?一体、何の為に?

俺は怖くなった。いつの間にか 虎穴(こけつ) に入り込んでしまっている様な、そんな寒気を感じた。嫌な汗が吹き出す。考えが纏まらず、すぐに答えを返せないでいた。

そこに、長官の声が響く。

『さて、どうする?黒川慶吾。お前の決断1つで、まもなく世界が変わる。私が変える。そして閉ざされた扉が開かれる!お前の望みが、今、果たされる!』

熱く語る鞍瀬長官の言葉に、俺の心臓が勝手に高鳴る。扉を開きたいと、勝手に言葉が飛び出しそうになっていた。

それを、やっと追いついた俺の理性が押し留める。待てバカ野郎と、言葉を胃へと流し込んだ。

「鞍瀬様、質問させて頂いても宜しいでしょうか?」

『構わんよ』

「ありがとうございます。もし私が局員になったら、私はこの会社を辞めなきゃいけないんですよね?」

『そうだ。管理監は公人。他に従事する事などできん』

やっぱそうだよな。なら、

「でしたら、折角のお話ですがお断り致します」

『…なに?』

うわっ。怒ってる?

いや、しっかり言わないと。

「俺、この会社が好きですし、この仕事をしてたから、鈴木さんとも仕事出来ているんです。だから、もし局員になったら、俺が俺じゃ無くなります。それでは特区に入れても意味が無い。そう思いまして…」

『分からんな。管理局No.3の席を蹴ってまで、選ぶ道とは到底思えん。貴様は、30年を無駄にすると言うのだな?』

うわっ。上等なんとかって、そんな高い役職なの?断って正解だったな。

「俺は俺の道を見つけますよ。それで、なるべく早くの入区を目指します」

『くっ。ふふふっ』

鞍瀬長官が笑う。嘲笑に似た笑い方だ。

『その様な道、有りはしないが…まぁ良いだろう。貴様の意思は理解した。ならばその細き道、見誤るなよ?』

うん?今の言い方、何処かで聞いた事ある気がするけど…何処だったけ?

俺が思い出そうとしている間にも、長官からの電話は切られた。

「なんだったんだろうな…」

暫く俺は、暗転したスマホの画面を見続けていた。

それからの俺は、余計に仕事が進まなくなっていた。ただでさえ30年のショックが大きいのに、鞍瀬長官の思惑まで考えてしまい、気が気じゃなかった。何度も手が止まり、松本君や周りの人達に心配を掛けてしまった。

こいつは重症だ。こんな時は…。

「盛大に遊ぶぞ!まっちゃん!」

就業後、俺は諸手を上げて後輩の車に乗り込む。

「やる気ですね、先輩」

「おうよ。煩わしいの全部、吹っ飛ばさないといけないからな」

「良いですね」

「手始めに、仕事を全部放り投げてきた。来週は地獄だぜ」

「来週の自分に怒られるパターンですね」

怒られそうだな。でも、リフレッシュして効率を上げるのも大事だ。

俺は都合良く考えて、無理やり気分を盛り上げる。

でも、そんな必要は無かったのかも知れない。会場に着いたら、嫌でもテンションが上がった。

「まっちゃん。本当にここが、今日の会場なのか?」

「そうですよ。リリアリーナ東京ベイ。ここが今日の会場です」

巨大な施設を指さして、松本君が得意げに胸を張る。そのアリーナには、次々と男性達が吸い込まれていく。

「いやぁ。今日は楽しみだなぁ」

「ポップコーン食べたい!」

その男性達も、何処か楽しげだ。手に手に食べ物やペンライトなんかを持って、本当にライブへ行く様に見える。

いやもしかして、本当にライブでもやるんじゃないか?

「さぁ、行きましょう。先輩」

「ああ。って、まっちゃん!いつの間に!?」

ちょっと目を離した隙に、彼もライバー姿になっていた。法被に団扇にキラキラカチューシャにと、完全装備だ。

「先輩も付けます?」

「いやぁ…ああ、じゃあ、そのライトだけ」

本当は要らんかったが、圧に負けてペンライトだけ頂く。

いや、そうだな。こんな消極的じゃイカン。今日はとことん楽しむって決めたのだから。

「さて。じゃあ行くか、まっちゃん。この…えっと…」

そういや俺、誰の慰問会に来ているんだっけ?