作品タイトル不明
24話〜良いだろう。合格だ〜
「こんにちは、黒川さん」
ぶ厚いアクリル板の向こう側で、小さな微笑をこちらに向けているのは、WEB面接で見たあの人。
微笑んだ拍子に、目元と口元のシワが浮き出た。
「進藤、社長?」
「あら?私では不満でしたか?」
社長はそう言って、ニコリと笑みを深くする。皺が更に浮き上がり、年相応の優しい顔つきになる。
ただ、目は怖い。ジッとこちらを見詰め、「そんな訳ねぇよな?」と言っている気がする。
「とんでもない。お会い出来て光栄です」
「ええ、私も。貴方に会えて嬉しいわ」
社長の目力が弱まる。
ふぅ。助かった。
「心配しなくても、鈴木さんも一緒に来ているわ」
えっ?そうなの?
俺はつい、社長から視線を外して探してしまう。でも、向こうに居るのは社長と、壁際で足を組んで欠伸をしている女性局員の2人だけだ。調度品も何もない部屋なので、隠れているとは思えないが…。
「この部屋ではありません。別室で待機しています。先ずは私が会い、貴方を試すそうです」
「試す…ですか」
やはり、俺の人間性を見る為の面会だったのか。
俺の呟きに、社長は大きく頷き、天井を見る。
「ええ、そうです。貴方が何処まで耐えられるのかを、ね」
彼女の視線を追うと、そこには無機質なカメラが1台、俺を見下ろしていた。
〈◆〉
「くっくっく…随分と不服そうだな?お前は」
何台もの画面が並ぶ不気味な部屋で、楽しげな声が響く。
局員達が直立で立ち並ぶ中、1人だけ椅子に座る男…鞍瀬長官が放った物だ。彼の視線の先には、カメラを見上げる男の姿が。
「本物の女性と相対したと言うのに、なんと傲慢な態度か。他の男共から恨まれるぞ?」
言葉では嗜めるような言い方をする鞍瀬であったが、内心は浮かれていた。
本物の女性を見ても、黒川におかしな点は無い。興奮し過ぎて 蹲(うずくま) るどころか、肩を落として残念がる始末。あまりに不遜なその態度に、目の前の女性は厳しい目を向けている。
恐ろしい程の才能だ、黒川。お前の後ろの局員共は、既に劣情を制御出来なくなりつつあると言うのに。長年働いている一等管理保安士の彼らですら、顔を真っ赤にして耐えるのが精一杯。それですら、今まで逸材として重宝してきた人材だった。
だが、
「奴はそれすら軽く超えてくる。あまりに異常。あまりに非常。それでいて、あまりに平常」
まるで、我々とは違う世界から来たかのように、根本からしてこいつは違う。
全くもって、面白い。
「良いだろう。合格だ」
「えっ?ご、合格、ですか?」
聞き返してくる保安士。それに、鞍瀬は振り返る。
「聞こえなかったか?私は、試験を次に進めろと言っている」
「しっ!失礼致しました!」
バタバタと慌ただしく、保安士達が部屋から出ていく。
その背に冷たい視線を送った後、再び画面を見上げる鞍瀬。彼の目は、怪しい光を孕んでいた。
「示してみろ、黒川慶吾。お前の有用性を」
〈◆〉
「それでは黒川さん。これからも宜しく頼みますね」
そう言って、社長は退出した。
時間にして5分程度だろうか。最近の業務についてと、鈴木さんについて順調か聞いてきただけだった。
業務は順調だけど、最近の鈴木さんは色々あった。それを言うべきか悩んだけど、取り敢えず何とかなったから「気にしてあげて下さい」と言うだけで終わらせた。
俺の業務過多についても相談しようか迷ったけど…こいつは支社長に言わないとな。
「あ〜…疲れたぁ…はっ!」
女性達が退出したからと、つい気が緩んでしまった。俺の後ろには、銃を持った局員が居るのに。
不敬!とか言って撃たれるかもと、伸びをした後に思い至り、俺は手を挙げたまま後ろを見る。
でも、
「うっ…」「…」
みんな、俺の事なんて見ていなかった。銃を持つ2人は蹲り、上司さんも壁に持たれ掛かっていた。
ふぅ。助かった。これならお咎め無し…だよな?
でも、鍛えられた局員でもこんなになってしまうなんて、やっぱりこの世界の男性は、女性に対する免疫が皆無なんだな。
俺も、気を付けねば。
俺は少しでも耐性が上がれば良いなと思い、筋肉を隆起させる。そんな事をしていると、また向こう側の扉が開く。
うん?社長か?忘れ物でもしたか?
そう思ったが、違った。入ってきたのは3人。手前の管理局員の服を着た人達は、手にした小さめの拳銃を見せ付ける様に高く掲げる。
そして、そんな彼女達に挟まれてやって来たのが、
「こ、こんにちは、黒川さん」
鈴木さんだった。
「おおっ、鈴木さんっ」
俺は嬉しくて、つい立ち上がってしまった。電話やパソコン越しには何度も会った彼女に、漸く会えた感動から心臓が跳ねて、その勢いで体が動いていた。
その途端、女性局員達がこちらへ拳銃を向けて来る。
「座れよ、サル」
「面倒ごと起こさないでよねぇ~」
OK、お2人さん。クールに行こうぜ…。
俺は両手を上げたまま、ゆっくりと腰を下ろす。そうすると、拳銃だけは下ろしてくれる2人。でも、こちらを見下ろす目は冷たいままだ。
支社長とかだったら、こういうのも喜んでいたのかな?俺はノーマルで良かったぜ。
「ちょっと、黒川さんに失礼なことしないでください!」
2人の態度に、鈴木さんが怒ってくれる。それに、2人は顔を見合わせて「何言ってんの?」って顔をする。
鈴木さんが呆れたようにため息を吐く。
「お2人は下がって頂けませんか?話辛いので」
「はぁ?下がれだって?正気かアンタ」
「襲われても知らないよ~」
「襲われませんよ!人を何だと思ってるんですか…」
渋々壁際まで下がる2人を見送った後、鈴木さんはクルリと振り返る。一瞬、疲れた顔が見えたが、直ぐに笑顔がそれを覆い隠す。
「済みません、黒川さん」
「いやいや。鈴木さんが謝ることじゃない。寧ろ、怒ってくれてありがとう」
「当然です。黒川さんに失礼な事を言って」
そう言って、腕を組んで憤る鈴木さん。
でも、そんな姿も可愛らしい。お陰で、胸の中のモヤモヤが晴れていく気がする。
女性が希少だからってのは分かるんだけど、やっぱり良い気はしなかったからね。とても癒された。
「そう言えば、いつもの恰好ではないんですね?黒川さん」
「うっ…」
やっぱり、スーツの方が良かったよな?
俺はここに来るまでの事を話し、首を振る。
「折角、一張羅を着て来たのに」
「うふふ。でも、その恰好も似合っていますよ?」
そう言って笑ってくれる鈴木さんだが…彼女の方が良く似合っている。画面越しだと可愛らしい子だという印象が強かったが、こうして向かい合うと、洗練されたスーツから大人びた印象を受ける。これで眼鏡でも掛けたら、弁護士だと言われても納得しちゃう。
そのくせ、笑うと可愛らしいから反則だ。
「でも、そうなんですね。男性の方は、そんなに厳しい取り調べを受けないといけないなんて…なんか、理不尽ですね…」
「仕方ないよ。鈴木さんに会う為だから」
鈴木さんがまた怒り出しそうだったので、俺はすかさずフォローを入れる。
でも、あまり効果がなかったかも。鈴木さんの顔が、見る見る赤くなって行くから。
あれ?でも、怒っているというより、恥ずかしがっている?
「えっ、ええっと、あっ、そうです!私、黒川さんに伝えたい事がありまして」
慌てた様子で立ち上がる彼女。俺に、真剣な目を向けてくる。
その様子に、俺も急いで立ち上がる。まだ若干頬を赤らめた顔で見上げられて、不覚にもドキリとしてしまう。
おいおい。おっさんが美少女相手に、何をトキめいているんだ。
「あっ…」
必死に自分を押さえていると、鈴木さんは小さく声を漏らして、アクリル板に手を当てる。ちょっと不服そうに眉を寄せた。
「これも失礼ですよね。まるで黒川さんが犯罪者みたいに」
あ~、確かに。刑務所とかの面会所にそっくりだね、これ。
でも、仕方ないんじゃないか?鈴木さんは女性で、この世界ではとても大切な存在だ。野蛮な男達から守るためには、これくらいは必要だと思うよ?問答無用で銃を向けてくるのは、流石にどうかと思うけどさ。
「あの、済みません。この板を取ってもらう事は出来ませんか?」
しかし、鈴木さんはそう思わなかったみたいで、後ろでヒマそうにしていた女性局員に声を掛けた。
鈴木さん、行動的だな。電話での印象とはかなり違う。
でもちょっと…いや、かなり嬉しい。俺を信用してくれているって事だろうし、直接やり取りしたいって彼女の意志が伝わって来るみたいだから。
…あまり男を信用し過ぎるのも、考えものだけどさ。
「無理で~す」
「冗談でも恐ろしいわ」
鈴木さんの提案に、しかし後ろの2人は完全拒否。男と接しようとする鈴木さんを見て、腕を摩って「信じられん」って顔をしている。
随分と嫌われているな。2人は男にトラウマがあるんだろうか?
「もうっ。仕方ないですね」
鈴木さんはそう言うと、もう一歩アクリル板の方に近付く。ギリギリまで俺に近付く。
「黒川さん。本当に、ありがとうございます。いつも私を助けてくれて。仕事だけじゃなくて、鮫島…あっ、えっと、個人のトラブルにも親身になってくれて。とても…とても、嬉しかったです」
彼女の大きな瞳から、ホロリと涙が一滴落ちる。
それを見て、俺もつい前に乗り出す。彼女が置いた手のひらの位置に、手を置いていた。
「鈴木さん…。また、何時でも電話して欲しい。仕事でも 私(わたくし) 事でも、俺は全力で答えるから」
「黒川さん…」
見上げてくる彼女の瞳が、また潤んでくる。直接触れていないのに、彼女のぬくもりを感じる気がした。
っと、そこで、短いブザーがなる。
なんの音かと後ろを振り返ると、ドアから数人の男性局員が入って来た。
「時間だ。とっとと来い!」
そう言って、俺の肩を乱暴に引っ張る局員。
「黒川さん!」
「ぐっ…」
そのまま引っ張られそうになったが、鈴木さんの一言で局員達は胸を押さえた。
…何しに来たんだ?お前ら。
「黒川さん!」
再び、鈴木さんの声。
振り返ると、彼女の方も局員に背中を押されて、退室しようとしていた。
「黒川さん!必ず、また会いましょう!今度は、特区の中で!」
「鈴木さん!」
俺が声を上げたと同時に、向こうの扉が閉る。
パタンッ…。
軽い音が部屋に響き、虚しい静寂が部屋に満ちる。
そこにもう、鈴木さんが居た跡は残っていない。
「ほ、ほら…来い…」
俺も、前のめりな局員に連れられて…あまりにフラフラしていたので、俺が肩を貸してあげて部屋を出る。
「特区の中で、か」
進む通路も、物悲しい静けさに包まれていた。
でも俺の頭の中では、鈴木さんの声が響いていた。
何度も、何度も。