作品タイトル不明
第94話 お酒って怖い 7歳 春
「いやその…すみません。僕をお探しでしたか?」
暗闇からぬっと現れて焚き火の明かりに照らされる村長婦人の姿は、綺麗だけれど非人間的な神様っぽさがあって、ちょっと怖かったのだ。
「あなたを探していたのではありませんよ。アーシルドに話があったのです」
「母ちゃ…母に?どんな話を?」
母ちゃんなら、料理している女衆の人だかりの中にいるだろう。
最近は若い女衆が母ちゃんを囲んでいる姿をよく見る。
フォロワー(物理)というやつなんだろうか。
「用件は冬に試作した薬草蜂蜜酒についてです。蜂蜜があれば量産できるのですよね?」
「ええと、たぶん…」
母ちゃんが村の人から聞き取ったレシピで再現した薬草を入れた蜂蜜酒のことだね。
これは売れる、と思った記憶がある。
「トールの家では、蜂蜜の生産もできそうなのですよね?」
「そうですね」
僕が少しでも窒素合成で土壌が豊かになったらいいな、と家の周りにシロツメクサを植えまくったら、白い花の蜜を目当てに蜜蜂がやたら集まってきたので、父ちゃんが巣箱を置いて、結果としてめちゃくちゃ蜂蜜が採れるようになったのだ。
今は村の経済に与える混乱を抑えるため、採蜜も控えめにして用途も薬に絞っていたのだけれど。
「すると薬草蜂蜜酒は、あなたの家で量産できる、という話になりますね?」
「まあ、その…はい。論理的にはそうなります」
原料も調達できて製造ノウハウもある。
なので我が家には薬草蜂蜜酒を単独で製造できる体制があるわけで。
「ですから、薬草蜂蜜酒を作るならアーシルドに任せることになると思うのです。今年からの交易品に加えられたら良いですしね。
それに、アーシルドが作るならあなたが色々と思いついて綺麗に包装してくれるでしょうし、とても高く売ることができるでしょうから?」
「あ、あはは…」
勝手に牛の角に薬を詰めた試作品を作ったこと、やっぱり根に持ってるな…。
あれは母ちゃんに喜んでもらおうと思っただけだから。
「ところで、先程の大麦酒の話ですが。なぜ村で大きな酒蔵を作って管理したほうが良いと考えたのですか?大麦酒造りは、家の女の仕事でしょう?それを取り上げてしまうのですか?」
この村では大麦酒造りは家庭の主婦の仕事。自家製味噌を作るノリで、自家製大麦種を作る。美味い大麦種を作れれば嫁の貰い手に困らない、なんて言われたりもする。
その仕事を取り上げてしまうとなると、女性の権利縮小につながるわけだから村長婦人が気にするのはわかる。
「ええと…そうではなくて…父ちゃんとか村の大人の男衆を見ていると、お酒が大好きだとわかったんです」
「それは…まあそうでしょう」
ほんと、酒飲みの執念と来たらすごい。
樽の横流しまでするんだから…。
「だけど大麦は野菜と比べても長持ちしますから、村の最後の保存食という位置付けです。なのに村の人達が大麦を好き勝手にお酒にしていたら、冬の間に家で食べるものが無くなって困るかも知れません。去年の秋みたいな豊漁が毎年続くとは限らないわけですから」
「そうでしょうね。それで?」
大麦は少ない。村の人は酒好き。これらを不変の前提条件として、問題の解決を図るなら別の要素を足していくしか無いわけで。
「それで、根本の問題は村に大麦が足りないことだと思うんです。この村のようなフィヨルドでは農地も小さいですし、たくさん作れません。
けれど、東とか南の土地には地平線までずっと大麦畑が広がっていて、たくさんの奴隷を使って大麦を育てているような大農家もあるのでしょう?大麦酒にするための大麦は、他所から買うべきです」
「トールは所の土地にも詳しいのね。意外だわ」
「いえ。想像です。父ちゃんから羊毛は、とても広い土地で羊を育てているアングル人から買う、と聞きました。だから、大麦も同じようなことをしているアングル人がいると思ったんです。
それで、村で他所から買ってきた大麦はそのまま大麦酒にします。もちろん全部をお酒にするのではなくて飢饉に備えて保存もします。
買ってきた沢山の大麦を村で一番作るのが上手い人に大麦種に作ってもらえれば、村の人は自分で育てた大麦をお酒にするよりも村のお酒を飲みたい、と思うようになるでしょう」
「そして、村人は村長の言う事をより聞くようになる、と?」
村長の権威が向上することは、村長婦人の身分の安定にも繋がる。
だけど村営の酒造の効果はそれだけに留まらないと思うんだ。
「そうかもしれません。増えた仕事を頼む賃金に使うのも良いですし、祭りで振る舞っても良いと思います。同じ樽で同じ場所で同じ人が作り続けていれば、味も改善されると思います。
あるいは、村営の大麦酒造りを3人の別々の人に任せることにして、毎年村の中で味の競技会をしても良いかも知れません。村人に試飲してもらい、最も優れた作り手を決めるのです。収穫祭の余興にピッタリです。作り手に緊張感も出ますし、齎される栄誉を喜んでもくれるでしょう」
秋のビールコンテストを開いたら、みんな喜ぶよね。
収穫祭の楽しみはいくらあっても良いわけで。
「なるほど…トール、全てがとても良い考えだと思います。ですが、一つ重要な問題があります」
「…はい。なんでしょう?」
村長婦人は、やけに深刻そうな顔で問題点を上げた。
「お酒を管理する倉庫は、誰が門番を務めるのですか?酒飲み達は、ありとあらゆる手段に訴えて味見を図るでしょう。普通のものでは買収されてしまい、冬の間に樽が空になってしまうのではありませんか?」
うーんあり得る!そして樽の中身がすっからかんになった倉庫の絵が浮かぶ!
「あり得ますね…」
だけど、それは僕が考えることだろうか?
どちらかと言えば村の統治者である村長側が考えることでは?
まあ、男衆がこの問題については頼りにならんから、お酒で買収されない僕に相談しているのだと思うけど。
「厳重に…鍵をかけて…錠前ってありましたっけ?」
「ありますよ。衣装棚や宝飾品の箱につけています」
言われてみれば、村長婦人の私室区画へ仕事しに通っていたときに簡易な南京錠のような見た目の青銅製の錠前があった気がする。
「では、それを2つ。できれば3つかけて、別々の女衆が管理するようにしましょう。酒造倉庫を開けるなら3人が揃わないといけないようにする、とか」
「厳重ですね。でも、それぐらいしてもいいかもしれません」
核ミサイル発射のような厳格さだけれど、それぐらいしないと安心はできない。
「定期的に樽を軽く叩いて中身が詰まっているか確認したほうが良いですね。中身が減れば音が軽くなります。点検は記録させましょう。点検者も日によってランダムで選ぶべきです」
責任者を明確にして、買収を防ぐためだ。
酒の管理というより、金庫でも管理している気になってきた。
「それも仕事に加えましょう。つまり酒蔵は村の女衆が管理したほうが良い、ということになりますね」
「ええと…そういう結論になりますね。論理的には」
あれ?そうなるのかな?なんか村の権力構造が変わってしまいそうな…?
ますます女の人の立場が強くなってない…?
でもまあ、僕のせいじゃない。
お酒ってやつの責任だね。
全部お酒が悪いことにしよう。
お酒って怖いね。