軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第95話 きっと気の所為だから 7歳 春

「ええと…お酒造りを女衆が管理するということは…」

つまりは、村の大麦酒の仕事は実質的に女衆をとりまとめる村長婦人が握ることになるのか。

村長の権威と権力がやせ細っていく気がするけど、この村は大丈夫なのか。

「そうなると母の薬草蜂蜜酒は…」

「それは薬に含まれますからね。私がとりまとめましょう」

すごいな村長婦人。お仕事を巻き取ることに躊躇がない。

村長婦人は村の富と権力を握れて嬉しい。

僕は仕事を投げられて嬉しい。

双方が嬉しいから、ウィンウィンというやつだね。

「酒造を任せるからには、名前と簡単な数字ぐらいは解ってもらえないと困るわね」

「ああ、確かに…」

家の樽の大麦種醸造の面倒を見るだけなら、単に気をつけていればいいけれども、多数の大樽に詰められた大麦酒の管理をするとなれば、醸造を開始した日付を記録したり、管理者や検査者の署名ぐらいは読めて書けないといけない。

できれば管理者としてのノウハウも記録して欲しいよね。

読み書きが得意な人が受け持って分担作業としても良いと思うけれど。

すごいなあ、村長婦人。職業婦人の教育までするんだあ。

「ええ。責任者は私です。ですから担当者を決めることもできるのですよ。薬草蜂蜜酒をアーシルドに任せたように」

にこりと微笑んで村長婦人が僕を見る。

遠くの焚き火に照らされた表情は笑顔を作っているのに、目が笑ってないのが怖い。

「へー…そうなんですか」

なぜか、遠くに投げたはずの仕事がブーメランのように弧を描いて、しかも大きくなって戻って来る光景を幻視した。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

父ちゃんについて農業を学ぶほか、交易品の準備もしていかないといけない。

僕がすることは、主として包装とか仕上げとか、北方の田舎の産品を、神秘的な高級品として売れるように、見た目を統一感があるようにデザイン性高く整えていく仕事だね。

格好良くカタカナで言えば、ブランドマネージャーとか、そういうやつだ。

「それで、焼印を作って欲しいんです!」

「ああん?焼印だあ?奴隷にでも押すのか?」

「なにそれ怖い」

家畜ならともかく人間に焼印ってなんだよ。

髭面の鍛冶職人を尋ねたときの ―― この村の大人の男性はたいてい髭面なのだけれど ―― 最初のやり取りで久しぶりにドン引きしてしまった。

「いいえとんでもない!木の樽に焼印を押したいんですよ。例えば、酒樽に焼印を押せば、誰がいつ作ったお酒かわかるでしょう?」

「ほう!そいつは考えたことがなかったな。いや大麦酒は女房が作るものだろうが?蜂蜜酒の方の話か?」

蜂蜜酒の多くは高価な交易品として輸出に回る。なので鍛冶職人の理解としては間違っていない。ただ、僕は村の酒造だけでなく冷燻鱈の樽詰めなどにも応用できると思っているのだけれど。

「そんな感じです。それでルーン文字の焼印を作りたいんです。16文字。大きいのと小さいのと2セットで、32文字分」

「ルーン文字か…字はわからねえな」

「板に書いた見本を持ってきますよ。今、ここで壁に貝殻棒で書いてもいいですし」

こんな感じ、と何文字か壁に書いてみせた。

ルーン文字は、もともと木の板にナイフで刻めるように斜めと縦の線の組み合わせで、そう難しいものではないから、鍛冶職人の方でも「これなら出来そうだ」ということで引き受けてもらうことが出来た。

焼印、いろんな場所と分野に応用が効くと思うんだよね。

通し番号の数字の代りにルーン文字の組み合わせで管理番号とか作れそうだし。

仮に樽に通し番号があれば抜かれたら直ぐにわかるし、製造者まで遡れば品質問題も追っかけることができる。そこまでやるかどうかは別として。

「本当はアラビア数字が使えると楽なんだけどね…」

アラビア人は頑張って北方まで貿易に来て欲しい。

焼き印の発想は印刷技術にも応用は効きそうなんだけど、なにしろ書籍に部数が出ないからね。

文字の需要がないところに大量印刷したところで在庫を積み上げた同人作家よりも酷いことになるのが目に見えているので、まだまだ自重している。

同じことは製紙業にも言える。北方は社会構造が単純すぎて文書管理を必要とする官僚機構の需要がほとんど存在しないんだよね…。

技術は需要があって初めて花開くものなのだ。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

酒造は女衆の仕事になるので男衆は暇になるかと言うとそんなことはなく。

経済成長が続く我が村には仕事はいくらでもあるのだ。

子供の僕だけが忙しいのは平等じゃないからね。

どんどん振り分けていくよ!

そもそも村の男衆は、漁期が終われば畑仕事があり、畑仕事が一区切りつけば交易に行く。漁も畑もうまくいかなければ一発逆転を狙って略奪遠征に行く。

そういうサイクルで生業を回していたわけなのだけれど。

僕はそこに新たに仕事を持ち込むわけだね。

そもそも今年から村の交易船は長船が2隻あるので、輸出も輸入も2倍になる。

船員としての漕ぎ手も2倍必要なので、今年の交易で村の男衆は例年なら村で留守番するような若いのも含めてかなりの人数が動員されることになる。

「今年は女衆にも船を漕いでもらおう」などと冗談が出るくらいだ。

ぜひとも交易品を満載して出港し、大麦を満載して帰港してもらいたい。

残念ながら父ちゃんは今年も交易に行くことになるだろうけれど、交易船が2隻なら1隻のときよりもずっと遭難や襲撃のリスクは低くなることが期待できる。

その点だけは、少し安心してる。

それで男衆には、酒造に必要となる大麦と樽を保管するための大きな横穴の倉庫を建てて欲しいんだよね。

場所はフィヨルドの影になっていて夏でも涼しい場所。

木枠や柱で補強しながら横穴を掘って、まだ残る残雪を詰めておきたい。

他にも、我が家の冬の家も床暖房ができるように改装したい。

家畜小屋と分けて、石造りの床にしてベンチとか小さい燻製施設も作ったり。

クナトルレイクの競技場にも、冬用の床暖房を応用した観客用ベンチとか、観客に振る舞うためのスープを温められる炉を建てたい。

とにかく男衆、とりわけ父ちゃんの下で他の村でも床暖房の建築を手掛けたりで建築の得意な人達には建ててほしいものがいくらでもあるんだよね。

我が家の他にも床暖房にしたい有力者の家とかいくらでもありそうだし。

建築工事だけで食べていける人がでてきそうだ。

…あれ?これって、村に建築業という業態が発生してない?気の所為かな?

しかも棟梁は父ちゃんな気がする…気の所為だね!

気の所為なので、村長婦人には黙っておくことにした。

だってグリグリされそうだし…。