軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第75話 たくさん建てたいものがある 6歳 冬

新雪を蹴立てスキーを滑らせると視界が流れ、ぐんぐんと体が進む。

「うわー速いー!」

客観的に見れば、板を削っただけの原始的な道具で滑る子供のスキー速度なんて、大人が走る速さにも遠く及ばないのだろうけれど、主観的には風を切り裂いているつもりなのだ。

僕とエリン姉が競争していると、子供連れで社交場へ向かうらしいご婦人方とすれ違うので、手を降って挨拶をする。

「こんにちわー!」

「あら楽しそうねー」

つまりは挨拶を交わせる程度の速度なんだけど、そういうことは気にしない。

僕はエリン姉の背中を懸命に追った。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

フィヨルドの高台にある村長宅の長屋敷の敷地は、秋の工事以来かなり様変わりした。宿泊所、と呼ばれる白い壁の大きな迎賓施設が建設されたからだ。

「いつ見てもおっきい建物ねえ…中はどうなっているのかしら」

「そういや、エリン姉は中に入ったことはないんだっけ」

「だって村の外から来るお客様用の建物なんでしょ?」

宿泊所なんて名前がついたのが良くなかったのかな。

子供クナトルレイクが終わって以来、村では大きな建物を持て余している感がある。

もっと気軽に。例えば雪が降っている日は、社交場の代わりに利用解放する、とかしても良い思うのだけどね。

家屋は人が使っていないと傷むのも早いし。

「あ、おとうさーん!」

「父ちゃーん!」

宿泊所の裏手に回ると、父ちゃんと何人かの村の男衆が工事をしていた。

宿泊所から少し離れた場所の地面を スパジ(シャベル) で四角く広い区域で掘り込んでいる。

「おー、エリンにトールかー」

「お昼届けに来たよ―!」

「もうそんな時間か。作業ここまで!昼食にするぞ!」

父ちゃんは作業員達にも昼食をとるよう指示をした。

転がっている丸太をベンチ代わりにして、父ちゃんの横に座る。

昼食の休憩になったことを察したのか、長屋敷の方から湯気を立てる大きな鍋が2人がかりで運ばれてくるのが見えた。

「ちゃんとお昼の食事も出るんだね」

「まあ、鯨肉のスープと薬草茶だけだがな。足りない者は、俺のように家から届けてもらうんだ。本当ならエールがいいんだが」

「薬草茶は体にいいんだよ」

父ちゃんは苦笑して僕の頭を撫でた。

見回してみれば、父ちゃんの他にもお使いの子供から昼の弁当を受け取っている人がいて、足元には僕達と同じ用に小さなスキーを履いていた。

そのうち、僕がもっと早く滑れるようになったら競走したいね。

「ところで、スキーの具合はどうだ?」

「「最高!」」

僕とエリン姉が声を揃えて叫ぶと、父ちゃんは嬉しそうに顔を崩した。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

父ちゃんと男衆が建設しているのは、冷燻のための大きな石塔煙突と宿泊所を結ぶ煙道トンネルだ。社交場でいえば暖房ベンチにあたる部分だね。

「3つもトンネルを掘るのね」

「宿泊所の床が広いからね。西風炉も3つあるし」

宿泊所の床暖房は建物と床面積が大きいので、社交場とは異なり3つの西風炉から煙を送る構造になっている。

だから、宿泊客が少ない時は、その気になれば部分床暖房もできるんだよね。

「それで3つの小屋を建てようという話になっていてね…」

床を暖めた後の熱気も3箇所に分けることができるから、3つの用途に使うこともできる。

今のところ、家畜小屋や病人を隔離するための家屋、という案が優勢だ。

「家畜小屋を暖めるの!すっごい贅沢ね!まあ、たしかに家の中だと、ちょっと臭うこともあるけど…糞とか」

冬の子供の仕事の一つは、毎朝家畜の糞と藁を屋外に掃き出すことである。

「そうだね。それで宿泊所の綺麗さを体験した村長婦人とか有力者のご婦人方が気に入っちゃったみたいでね…あとは屋敷から家畜がいなくなれば長屋敷にもっと多くの人を泊めたり、食料を吊るしたりもできるようになるし」

長屋敷は、単に村長の住居であるというだけではなく、有力者の迎賓施設であり、村の食料庫であり、外敵に対する砦でもある。

家畜を他所へ移動することができれば、客を多く泊めたり、食料を多く貯蔵できるようになるわけで、長屋敷の機能を強化することに繋がる。

「そのまま燻製小屋にはしないのね」

煙道トンネルで温度を冷ますことなく、熱い煙をそのまま利用して燻製に使う、という考え方もある。

僕が冷燻を始めるまでは、村でも主流だった考え方だ。

「そうすると宿泊所の建物と燻製の煙突が近くなって長屋敷に火の粉が飛んで火事になるかもしれないし、火の番を別につけないといけなくなるから…」

おまけに、熱燻は冷燻より高くは売れないのだ。

つまりは火事のリスクと人件費のコストが上がって売却利益も少ない。

熱効率と経済効率を重視する観点からは、断固反対である。

というか、案が出た時点で理屈建てて反対した。

村長も婦人も目を白黒させていたっけ。

あとは、3つの小さな床暖房の施設を建設することで、他の村へ派遣する予定の建設技術者を育成するという目的もある。

子供クナトルレイク大会で床暖房施設の良さを知った他の村の有力者へ、冬の鱈漁で海から上がった男衆のための施設を建設できる技術者を送る、と約束してしまったからね。冬の大事な収入源に繋がる話だし契約は守りたい。

もっとも、その施設が果たして本当に男衆のために使われるかどうかは、社交や育児に最適な暖かい場所を求める村のご婦人たちの監視網を逃れることができるかどうか、にかかっているわけなのだけれど、利用者の指定保障までは僕達の権限の及ぶ範囲じゃない。

もしも施設を占拠されてしまったら、改めて新規施設の発注をしてもらいましょう。

「ほんと、建設しないといけないものは一杯あるんだよね」

まずは大規模冷燻施設。鱈漁が始まるまでに急いで建てないといけない。

今でも船小屋には鰊と鯨肉が吊り下げられたままだからね。

冷燻した鱈は、風乾の鱈の3倍の価格で売れるということが分かっている。

つまり今季の鱈を全て冷燻鱈に加工することができれば、村の収入は3倍になる。

もちろん、大量に出回れば需給の関係で価格が下がることがあるかもしれないけれど、一つの村が供給する程度の量で需要を満たすことは難しいだろうし、そこまで心配することはないだろう。

むしろ先行して高品質の冷燻鱈を市場に流通させることで、ブランドを確立してしまいたい。規格化した樽に詰めて、品質検査をちゃんとやればいけるはず。

この村を豊かにして、父ちゃんと母ちゃんとエリン姉と、それから村の人達にも、もっともっといい暮らしをしてもらうんだ。

「トール、長屋敷から誰かこっち来てるわよ」

「げっ…」

長屋敷から郎党の人が嫌そうな顔をして僕の方に歩いてきている。

たぶん村長婦人の呼び出しだろうな…・

ついつい反射的にブラック労働哀歌を口ずさみたくなるね。