軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 その盾が欲しいなら 6歳 晩秋

いよいよ子供クナトルレイク大会の準備が整ってきた。

大きな祭りを控えて村の空気も何となく浮かれているように感じる。

「そろそろ近隣の三ヵ村へも使者を送ったほうが良いと思うのですが」

使者は誰が良いのだろう?クナトルレイクで近隣の村に顔が売れている父ちゃんがいいのだろうか?

でも、父ちゃんは宿泊所の床暖房の仕上げとテストに忙しいしなあ。

近くの村なら僕もついて行ったりできないかな。

いろいろと考えながら村長婦人に使者の人選について聞いてみたのだけど。

「使者なら、先方からもう来たわよ」

「え?向こうから来たんですか?」

なんと。こちらから使者を送るまでもなく試合参加予定の村から使者が来て、日程の確認をして、競技規則とエル定規とエル巻尺も大喜びで持って帰ったとか。

「約束事にルーズな彼らが日程の確認に使者まで送ってくるなんて、とても珍しいことよ。よっぽど試合を楽しみにしているんでしょうね」

この村と隣のフィヨルドとでは、婚姻などで親戚付き合いしている家も多そうだし、クナトルレイクに向けた準備に関して、多少の情報が交換されていたのかも知れない。

ときどき領地の境や漁業権で喧嘩して死人が出たりしたこともあるらしいけれど、普段は親戚付き合いも同然で仲良しというのは、僕いはちょっと理解しにくい。

だけど中国の田舎の村の境目で石投げたり棒持って叩きあう様子を見たこともあるし、日本でも戦国時代は水利権で血を見る争いしていたと聞くからね。

この時代のご近所付き合いとは、そういうものなのだろう。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「あとは、審判をどうしようかなあ…」

クナトルレイクの試合ができる設備面の準備はだいぶ進んできたけれど、ソフト面で目下の悩みは試合審判団をどうするか、ということ。

実は、試合の審判経験は村の子供のほうが多いし、慣れてもいるんだよね。

昨年冬のシーズンは、村内の子どもチームを3チーム編成にして、2チームが試合中は1チームに審判を選任でやらせていた経験が生きている。

四ヶ村の子ども大会のために、今から大人に審判としての技量を仕込むか、それともいっそ子どもに審判を任せるという手もあるかな?

でも、うちの村の子達の試合で、うちの村の子が審判を務める、というのは審判の中立性と公平性に疑問がでるよなあ。

例え判断に問題がなかったとしても、文句を言う連中は出てくるだろうし、それは面白くない。

大人が審判を務めても中立性の問題は変わらないけれど、試合当事者の子供が務めるよりは文句は出にくいだろう。

相手が子供だと、どうしても軽んじる態度を取る大人がいるからね。

でも、村の大人で審判をできるような人がいるかなあ…?

「ねえ父ちゃん、村の大人でクナトルレイクの審判をできる人はいる?」

村一番のクナトルレイク権威である父ちゃんに相談だ。

「まかせておけ。詳しい連中に声をかえておこう」

頼もしいぞ父ちゃん。さすが村内に強固なクナトルレイク同好の士のネットワークを築き上げているだけのことはある。

「だけど他の村の大人が審判をやりたいと言いだしたら、どうしようかなあ」

「審判は経験がないと難しいぞ」

「そこなんだよねえ」

経験がないと任せられないけれど、任せないと経験を積めない。

事前に競技総則を読み込んでくれているとも思えないし。

いずれは審判員資格試験とかも設けないといけないのかなあ。

さし当たっては、試合後にどの審判が良かったのかを選手たちに聞いてアンケート評価する形式で回していくかな。

試合数を重ねれば良い審判が残っていくでしょ。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

宿泊所の建設がほぼ終わったので、村の労働力は競技場の建設に向けられている。

偉い人が多く来るので、VIP席を豪華にする方向だね。

椅子も卓も出して試合中に食事を取れるようにしよう。

我が村自慢の蒸し料理も出しちゃうぞ。生石灰蒸し料理であれば卓上の鍋で火を使わずに温かい食事も出せる。きっと驚くだろうなあ。

「はいはい。どいてどいてーっ」

ガラガラガラっと、車を転がして消石灰で白線を引く。

桶に小さな車輪をつけて、底面に小さな穴を開けただけのライン引き道具だ。

木工のおじさんに片手間に作ってもらった簡単な道具だけれど、なかなか快調だ。

冬は雪が降るから除雪した部分を競技場のラインにできるけれど、まだ雪が降っていない今の時期は芝に白線の方が境目が見やすい。

あっという間にクナトルレイクの試合場ができあがる。

やはり芝にラインを引くと、試合会場、という雰囲気が出来てテンション上がるよね。

「すっげー!なんか試合場が格好いい!」

「久しぶりの試合だ!」

「ボール、新しくなってるぞ!」

「盾もスティックも塗り直されてる!」

父ちゃんが選抜した大人審判団の試合のために、村の子供達で練習試合をする。

ほぼ1年ぶりのクナトルレイクで体を動かせるとあって、子供達も大喜びだ。

フィールド中に広がり、芝の上を転げ回って大きな犬のように遊んでいる子供たちを、パンパン、と手を叩き大きな音を出して大人が子供達の視線を集めた。

「よしよし両チーム集まれ―っ!試合前の確認をするぞ!」

「「はーい!」

なんか父ちゃんが子供クナトルレイクの監督になってるんだけど…。

「まずはチーム、赤のフギン。試合の入りは守備主体で。ミッドガルドの障壁で待ちの守備。青のフェンリルは、攻撃主体。巨人の粉砕で集団攻撃。久しぶりの試合だ。怪我のないようにしよう。何かあれば角笛で止めるからな」

「「はい!」」

どうしよう。父ちゃんが何を指示しているか全然わからない。

なのに試合に参加する子達の顔を見ると、指示を完全に理解しているようだ。

僕がクナトルレイクを見ていない間に、なんかもの凄い戦術用語とか進歩してない?

「よーし!今のロキの欺瞞は良かったぞ!ハンマーランは複数人で止めるんだ!」

「「はい!」」

練習試合が始まると、もっと凄かった。

細かい戦術はよくわからないけど、攻撃ではスクリーンでパスプレイとかしてるし、守備はエリア守備とマンツーマン守備を使い分けているようにも見えた。

ついこのあいだまで、押せ、走れ、パス、ぐらいしか指示がなかったじゃない…?

父ちゃんはいったいチームをどこへ向かわせようとしているんだろうか。

来年あたり、僕もチームに加わることになるんだろうけれど、ベンチの控えにも入れなさそうな気がする。

「よーし!ナイスランだ!」

得点が入り、角笛が吹かれる。

「このまま他の村の子達と試合をしたら、ひどい得点差にならないか…?ちゃんと試合が成立するのかなあ…」

別の心配事が生まれた気がする。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「うーん…やはり新しい道具はいいね…」

注文をかけていたクナトルレイク用具が届けられたので、最終の品質チェックを行っている。

作ってくれた職人さんの腕を信じてはいるけれど、最後は自分の目と手で確認したいからね。

「ここはちょっと縫いが粗いなあ。よいせっと」

そして革細工だろうとなんだろうと、僕のほうが縫うのは上手いんだ。

盾に縫い付けられた柔らかい革の縫い目が気に入らないところは、僕が縫い直してしまう。試合中に剥がれたりしたら怪我につながるからね。

「うーむ。なかなかいいじゃないか」

200セットも色とりどりの盾が並ぶと、ちょっとした光景になる。

父ちゃんも満足そうだ。…あげないからね?

「おーすっげーっ!」

「かっけー!トール、それくれよーっ!」

「親父、あれが欲しい!」

200セットの盾の検品となると、とても家の中では広げて作業はできない。

天気が良いので外に並べて作業をしていたら、目ざとく見つけた子供たちが寄ってきて、欲しい欲しいと騒ぎ出した。

「これは来客用だから!他所の村への売り物です!触ったらダメ!あげないからね!」

ベタベタと触ろうとする子たちに注意しても、目を輝かせた子供たちはろくに聞きやしないんだから。

「どうだ?そのヨルムンガンドの盾を売る気はないか?銀いくらなら売る?干しタラの方がいいか?」

などと、秤を持ちだす大人も出てきた。

「いや、村の中で売るものじゃありませんから!」

懸命に断りつつ、たらりと背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

まずいな…。しょせんは子供用の道具で、村内だけもこの騒ぎだ。

もしも大人用の道具を発表したら、血を見ることになるんじゃなかろうか?

いや、将来の問題よりも直近の問題として。

子供のクナトルレイクの試合ではチームに好きな盾を選ばせるつもりだったのだけれど、村の男衆の熱狂具合をみるに、盾の取り合いで殴り合いになりそうだ。

「なにか文句の起きにくい方法を考えないとなあ…くじ引きにするか?だけど、それだと良いクジを引けなかったチームが暴力で取り返しにいくだけだよなあ」

そもそも殴って奪う、という選択肢があるからいけないのだ。

「盾が欲しかったら試合をして奪う、奪われたら試合をして取り返す、という方式にしようかな?」

そうすれば、少なくともクナトルレイクの試合、という形式の中に暴力を閉じ込めて制御することができるようになる。

開催地を中立地、例えば我が村にすれば問題も減るだろう。

「よし。この方式ならなんとかなりそうだ」

僕は直近に発生しそうな問題を潰せて満足感に浸った。

だけど神の身ならぬ僕は、このときに考えた「暴力によらず互いの盾を試合で奪い合う」ことや「中立地で試合を開催する」という構想が、将来の政治紛争解決の枠組みの萌芽として扱われることになるなんて、微塵も考えていなかったんだ。