軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第65話 ここはヴァルハラなの…? 6歳 晩秋

次から次へと起き続ける問題に対処して走り回っていたら、気がつけば子供クナトルレイク大会の当日を迎えていた。

村長の家の門には、女衆達の手によって、精一杯の飾り付けがされた。

収穫祭の飾り付けとは趣きが違うのは、門柱にフギンとフェンリルの盾が並べられていて、これからクナトルレイク大会が行われることを示している。

来客に備えて朝から村長と近隣の有力者の家のサウナが煙で暖められ、新鮮な葉がついた白樺の枝が積まれており、訪問者達の旅の汚れを落とす準備がされている。

女達は洗い物に備えて水を桶に汲み、長屋敷から持ち出された大きな鍋でベリーのお茶を淹れるための湯を沸かす。

時期が早目に少量捕れたタラの脂を使った、母ちゃん特製蜂蜜飴も準備万端。

「おーい、客が来たぞ―!」

合図の角笛が鳴らされ、担当する仕事があるものは配置場所に向かい、手の空いた者たちは、来客を一目見ようとぞろぞろと野次馬に向かった。

この村が大勢の客を迎えることなんて、ひょっとしたら初めてかも知れないからね。

かく言う僕も、他の村の人を見るのは初めてだったりする。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

やがて、バラバラと大会の客たちが陸と海からやって来た。

まともな時計などない時代だし、今日という日付をしっかり守れただけでも大したものだと言える。開催日時を間違えて不参加です、とかならなくて良かった。

「おー。来た来た。船で来たということは、視察団の人達かなあ?」

穏やかなフィヨルドの内海を、長船が帆を畳んで漕ぎ寄せてくるのが見える。

隣村からなら、山を越えて来るほうが簡単だからね。

「長船か…思ったより大きいな…人数、多くない?」

村が使者を送ったのとはちょうど逆のルートをたどる形で、たぶん視察団の人達はエイヴィンダルヴィークの商人から長船をチャーターして乗り合いでやって来たのだと思うのだけれど、それにしても長船のサイズ大きい。

やがて船着き場に長船が到着すると、船から視察団の人達がどやどやと下船を始めた。想像していたよりも、年嵩で立派な格好、つまり装身具や衣服の素材が高そうで身分が高そうな人が多いように見える。連れている従者の格好も立派で、うちの村長よりも貫禄があって金持ちそうだ。

随分と大物を送り込んできていないか?もっと実務担当の若手とかが選抜されて来るものと思ってた。

ただ、様子に驚いていたのは先方も同じようだった。

「あの白い大きな建物はなんだ!」とか何とか言ってる。

ふふふ。驚いてもらえましたか。頑張って白い漆喰で宿泊所を塗装した甲斐がありましたよ。

「この手紙を書いたトールステインという者はいるか」とかいう声が聞こえた気がしたけれど、関わり合うと面倒くさそうなので野次馬に混じって逃げだした。

偉い人たちの接待は村長さんの役割だからね。

長屋敷で蜂蜜酒でも飲ませて、肉を焼いて歓談していて下さい。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

他所の村の子供たちは、午後になってフィヨルドの山を越えてやってきた。

日の出と共に村を出ると、ちょうど今ぐらいの時間になるのだろうね。

引率の人らしき大人が、しきりに角笛を鳴らして子供達がはぐれないようにしてる。

ちょっと気を抜くと、活発な男の子たちは列を外れてどこかに行ってしまう年代だからね。他人事ながら引率の方の苦労が忍ばれる。

それにしても、寝具や食料を背負って長時間歩いてきたはずなのに元気だなあ。

「はーい!子供達は甘い蜂蜜の飲み物をあげるから一列に並んで―!」

到着早々に、事前に定めていた通り子供達の健康診断を行う。

子供の風邪を村や参加者に蔓延させないためだ。

甘い飲み物、と聞いて子供達が殺到するのを、村の大人達が整列させる。

「甘い飲み物ってなにー?くれるのー?」

「蜂蜜入りなのよ。はい。ちょっと口を開けて見せて―?はいよーし」

村で薬草に詳しい御婦人の1人が、診断薬を引き受けてくれた。

特に問題ない、と判った子はそのまま蜂蜜入りのベリー茶が貰える。

「うめーっ!ほんとに甘いーっ!もう一杯ちょうだい!!」

長く歩いてきて喉が乾いていたのか、甘いお茶というものを飲んだのが初めての経験だったのか。蜂蜜入りの薬草茶を飲んだ男の子が目を輝かせ、味の甘さを大きな声で叫ぶものだから、列に並んでいる男の子達も、うずうずと落ち着きをなくし、しきりに喋り始めた。

「すっげえなあ。甘い飲み物ってどんな味なんだろう」

「俺達の分、残ってるかなあ。最初の奴らが飲んじまうんじゃないか?」

「大丈夫だろ?あの大きな鍋を見ろよ?あれ一杯に甘い水があるみたいじゃないか」

「家からとびきり大きな杯を持ってきたら良かったなあ」

配膳役の女性は、微笑みながら男の子に1人ずつ蜂蜜入り薬草茶の杯を渡していく。

受け取った子は、どの子も判を押したように同じ行動を取るのが微笑ましい。

まず、壊れ物を掴むように両手で木の杯をそっといただき、おそるおそる温かい薬草茶を舐め、甘さの衝撃に目を見開いた後で、ちびりちびりと舐めるように飲み、逆さにして杯を飲み干した後でも、実は中身がまだ残っているのではないか、と惜しそうに杯を返す。

そして「サウナに入った後でまた甘い薬草茶が貰える」という言葉に、その場に衣服を脱ぎ捨てんばかりの勢いで、サウナへと走っていくのだ。

「あら…ちょっと喉が赤いわね。咳もしてるかな?あなたは、甘いお茶だけじゃなくて、甘い飴も上げるわね。少し別の家で様子を見ましょう」

中には風邪気味の子供もいた。何十人もいたら、そりゃあ風邪ひきの子ぐらい混じっているよね。今日の試合が楽しみで少しぐらいの風邪でも大丈夫、と不調をおして来てしまった子もいるだろうし、山越えをしている間に汗で体を冷やしてしまった子もいるかもしれない。

そうした子達は、予め指定された家に隔離されることになる。

暖かい家で、十分に飲み物と食事と薬とタラの肝油飴も与えられて、しっかりと休んでもらうのだ。

一晩様子を見て体調が十分に回復すれば、残りの試合にも出られるかも知れないので焦らないで欲しい。

子供達が村長のサウナに入っている間に、持ち込まれが寝具の毛皮と着てきた服は女衆の手によって、別の有力者の家のサウナの煙で十分に燻蒸される。

他の村から、蚤や虱を介した病気を持ち込ませないためだ。

男の子は、地面を転げ回ってみたり野山の藪を走り回る生き物だからね。

おまけに風呂嫌いが多い。きちんと汚れを落としてやらないtいけない。

「うおーっ!服がきれいになってる!」

「煙の匂いがするー」

「甘いお茶ほしー」

子供達は、サウナから出てくると燻蒸された服を着て、寝具を毛皮を抱えてそのまま宿泊所へと誘導されていく。

「この建物白いぞ!真っ白だ!」

「でっかいよなあ…えっ?俺達が泊まれるの?本当に?貴族の家じゃないの?」

「すげーっ!」

壁面を白く塗られた村長の長屋敷にも引けを取らない大きな宿泊所を見上げ、そこに今夜は泊まれると知って大騒ぎだ。

中にはぽかんと口を開けたまま言葉を失っている子までいる。

ちょっと驚かせ過ぎたかな。

だけどね、まだまだ驚かせることは一杯あるんだよね。

扉をくぐり、宿泊所の中に入ると、子供達の声はまた一段と驚きに大きくなる。

「おおーっ。でっけー!」

「ひろーい!」

「天井たかいなー!…あれ?足が熱くね?」

「そんなバカな…うわっほんとだ!足じゃない。床が熱いぞ!」

「なんだ!石が熱い!」

宿泊所は村長の長屋式と同じサイズでありながら、倉庫としては使っていないので天井に棚板もなく梁から干し魚も吊り下げられいないため、恐ろしく天井が高い。

おまけに家具も置かれておらず、長屋敷に付き物の中央の石の火炉も壁際の寝台兼用のベンチもないものだから、床の面積がものすごく広く見える。

しかも土を踏み固めた土間ではなく、漆喰で固めた石畳なのだ。

おまけに、どういう魔術を使われたのかわからないが、普通なら冷たい石の床がとても温かい、とくる。

全員が腹ばいになり、頬を床につけて少しでも温かさを全身で浴びようとしながら、うっとりと呟いた。

「…なあ、俺達、いつの間にかヴァルハラに来ちまったのか?」

「甘い飲み物、広いサウナ…綺麗な服…冬でも温かい家…ほんと…そうかも…?」

「じゃあ…頬をつねっていいか…?」

「いっってぇ―――っ!!!」

少年たちは互いの頬を力強くつねり合い、頬の痛みに大声で叫びながら、今いる場所が 神話の天国(ヴァルハラ) でなく現実であることを認識するのだった。