作品タイトル不明
第165話 トールステイン大王伝記 衆志成城の章
デンマーク地方のオスロ国立博物館で最も人気のあるトールステイン大王関連の展示品は、3メートルはある巨大なアザラシの獣皮紙に記された古代クナトルレイクの掟であるが、その次に人気があるのは、2メートル強のアザラシの獣皮紙数枚にわたり記された「トールステイン大王によるヴァルハラ建設のサーガ」である。
もっとも「我が都市こそがトールステイン大王が建設を主導したヴァルハラである」と主張する都市は、北方連合王国だけでも20を数え、街や村の単位となると、その10倍を超えるために、史実のトールステイン大王がどの都市をヴァルハラとすべく建設をしたのかは明らかになっていない。
ただ、トールステイン大王の治世において多数の地域で同時多発的に都市の整備と文化レベルの上昇と人口動態の変化が起きたことは残された記録から明らかになっている。
トールステイン大王によるヴァルハラ建設のサーガには、以下のように記されている。
引用
知るがいい、この北の地を統べる真の主の名を
永久の氷に閉ざされし玉座にて、トールステイン大王は静かに世界の動向を見据えている
王は無益な血の海を好まぬ
だが、その静寂を破らんとする愚者には、神罰よりも過酷な破滅が待つ
大王の栄光を妬む影、悪戯の神ロキが地上の民の耳元で反逆の毒を注ごうとも、
神の力を宿す王にとって、彼らを滅ぼすは羽虫を払うがごとく容易い
だが、戦の嵐は、尊き戦士と清き民の命を等しく削るものなり
煩悶する王へ、知恵ある賢者シグヴァルドが進み出て、王に頭を垂れた
「大王よ、ロキの呪霧に目を晦まされた哀れな羊らに、鉄の槌は不要にございます。
偽りの書と、疑惑を運ぶ歌を放ち、彼らの足元を揺るがし、互いを噛み合わせましょう」
策は成った。大王を害せんとした悪王アルンビョルンとその配下らは、
互いに疑心の沼に沈み、身内同士で刃を交え、ついに王へ矛を向ける力を失った
大王の国土は、朝日が広がるがごとく栄え、果てしなく拡大していった
民は叫んだ
「王の御名のもとに生き、王の足元で死にたいのだ!」
戦士らは熱望した
「王の御名のもとで戦い、王のために斧を振るいたいのだ!」
その声は日ごとに増し、北の地を満たす地鳴りとなった
天のアスガルドの神々は、王の政を称え、
大王を補佐する三詠聖のひとり、預言の巫女シグリズのもとへ、二人の神聖なる巫女を降した
ひとりは、遥か西方より至りし、暁のごとき赤金の髪をもつアルフヒルデ
ひとりは、遥か北方より至りし、宵闇のごとき青銀の髪をもつエリスン
ふたつの星は、ただひとりの絶対者、トールステイン大王に跪くために地上へと降り立ったのだ
二人はトールステイン大王の行う膨大な政を、太陽が照らす間は暁のアルフヒルデが、月が照らす夜は宵闇のエリスンが行うことで、休むこと無く支え続けた
ある年、民は大王の前に涙を流し、請願した
「我が王よ、北の冬はあまりに無慈悲。雪の夜に生まれる赤子は、凍えて皆死んでしまいます」
王の瞳に慈悲の炎が灯り、その声が響いた
「全ての女は、冬の牙の届かぬ温き揺りかごで命を紡ぐべし」
王の命により、赤子を生み落とすための大いなる「産所の家」が築かれた
その家は常に春のごとく温かく、雪のごとく清潔であり、産み落とされた命は健やかに育った
一度その門をくぐった女たちは、病を知らず、その後も幾人もの健やかな子を抱いた
さらに大王は、生まれたばかりの命を死の影から守るため、全き民に護符を配った
大王自らの指先から、直に魔術を吹き込まれたその護符は、あらゆる病魔を撥ね退けた
地上から死の嘆きが消え失せ、あまりに民が死から遠ざかったため、
冥府の主は、大神オーディンの耳元で「これでは世界の均衡が崩れる」と不平を漏らしたという
大王はまた、冬の住処に潜む影を許さなかった
「全ての冬の家は、神の神殿のごとく清くなければならぬ」
王がその左手を天空へとかざし、一振りするや、
天から魔術の白き粉が降り注ぎ、家々の壁も屋根も、眩き白銀へと染め上げた
民の家々の暗がりに逼塞し、人々を脅かしていた醜きトロルの呪いは、
大王の放った聖なる魔術の光によって、塵ひとつ残さず消滅した
大王は三詠聖を見下ろし、厳かに命じた
「我が王国の全ての民に、絶えることなきパンと、黄金の大麦酒を与えよ。」
三詠聖たちは、そのあまりの果てしなさに色を失い、訴えた
「大王よ、人の手の、人の力のみでは、それは到底叶わぬ奇跡にございます。」
王は不敵に笑い、その声を轟かせた
「誰が人の力と言った。用いるのは水、そして回転の力、我が手にある古代の英知なり」
大王は、時の彼方に沈んでいた遥か古代の知識を呼び覚ました
西の精霊人の力を借り、古の羊皮紙を解き明かし、川沿いに巨人のごとき大水車を築かせた
その巨大な水車は大王の永久なる魔術によって駆動し、
水枯るる猛暑の夏も、川の底まで凍りつく極寒の冬も、狂うことなく回り続けた
水車が回るたび、民の食卓には、大地を埋め尽くさんばかりの無限の大麦粉と、
香ばしきパン、誠に溢れんばかりの大麦酒が送り届けられた
大王は、飢えから解き放たれ、力を得た民を前に立ち、叫んだ
「見よ、我が民よ! 共に築こうぞ! 戦の影なく、冬の飢えに泣くこともなく、
病の沼に倒れることのない、不滅の国土を!」
その叫びに、王国の民は狂喜した
老いたる者も、幼き者も、富める貴族も、貧しき奴隷も、
あらゆる身分の壁を崩し、民はただひとつの熱狂のもとに集った
彼らは神々の住まう天上を仰ぎ見ながら、この地上に新たなる楽土、
「地上のヴァルハラ」を建設せんと、一斉に槌を振り上げ、大地を揺るがしたのだった
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「トールステイン大王の魔術が込められた護符」と称する、古い木の板に上級ルーン文字の名前が記されただけの悪質な護符の模造品の歴史は長い。
特に「最初の300枚」と呼ばれる、炭素年代測定と電子顕微鏡で確認された花粉による地域測定、それにAIと複数の専門の鑑定人によりトールステイン大王の筆跡と確認された希少な護符は、現代ではその全てがナンバリングされ国宝として指定され国立博物館、神殿に収蔵され売買は禁止されている。
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「当時の村落の遺跡を発掘すると、それまでの時代と比較して顕著に幼い子供の埋葬が極端に減少したことが確認できます。
これはトールステイン大王による魔術の結果として一般的には理解されていますが、現代の衛生学からしても消石灰を用いた殺虫と殺菌は屋内の衛生環境を大きく向上させたことは疑いはありません。
問題はトールステイン大王がどこでそのような衛生学の知識を身に着けたのか、ということですが、単に最も安価な塗料として用いられた消石灰と塩水の組み合わせが偶然に防虫効果を発揮したという見方も強くあり…。また醸造所で働く女性たちが出産後も働くために近隣に建設した産所が偶然に衛生環境も向上させたという意見もあります…」
社会科見学で訪れた国立博物館の学芸員の説明も、小学生の頃から何度も訪れたことのあるルーカスとリアム少年には退屈な教師の話と変わりはない。
適当に聞き流しつつ、博物館に併設されたミュージアムショップの方に視線が行く。
「へー。こんな護符にそんな価値がねえ…。今はただの社会科見学のお土産品だけどなあ」
「護符には自分の名前を刻んでくれるんだって。買っていけば?」
「ばっか言えよ。こういうのを買うのは女子だけだろう?」
「そういえば、うちの姉ちゃんも持ってたなあ」
気のないフリをしつつ、彼女が出来た時のために密かに数枚の護符を購入する少年たちを、学芸員は微笑ましく見つめていた。
10章 了
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トールステイン大王の物語は、まだまだここからも盛り上がっていきます。
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