軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第166話 冬は耐える季節ではなくなりました 7歳 冬

赤や黄色に染まっていた木々が梢から最後の葉を落とす頃、フィヨルドに冬が訪れる。家々の屋根に降り積もる初雪は、冷たく静かに世界を白く染める。

凍てつく大気は全ての物音を吸い込み、聞こえるのは己が呼吸をする音だけ。

大自然が下ろす冬の帷を感じつつ、ちろちろと弱々しく燃やす薪を頼りに北方の民はじっと春の訪れを待ち続ける。

という、暮らしをしていたんだよね…去年までは。

ですが冬は耐える季節、というのは過去の話。

今年からは違います。

冬は、仕事の季節です!

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「うー、さむさむ…」

朝起きると、屋内だというのに吐く息が白い。

「さむっ!ちょっとトール毛皮をめくらないでよ!」

「エリン姉も起きたら?」

「冬は見回りはしないからいいの!」

毛皮にくるまり蓑虫になっているエリン姉を置いて寝台から降りると、母ちゃんが石炉に火を付けるところだった。

「トール、製塩所に火を付けにいくのかい?」

「うん。朝から社交場に来る人がいるかもしれないからね」

製塩所で燃やした薪の熱は、煙のトンネルを通じて社交場と託児所に行き渡る。

薪を節約したい貧しい村人にとっては、社交場と託児の暖房が冬の生命線となっているかもしれず、うかつに休むことはできないのだ。

石炉から火種をもらって、家からほど近い浜に設けられた西風炉に火をいれた。

「うー…暖かい…今日は燻製の予定もないし、燃料は泥炭でいいかな」

手早く流木の枝を放り込んで火を大きく育ててから、屋根付きの物資小屋に寄付された乾いた泥炭を火にくべると、焦げた泥のような泥炭独特の匂いの煙が上がり始める。

「泥炭の匂い、嫌いじゃないんだけどなあ」

火が安定したら、冬の家の影に置いておいた、海水を汲んで凍った木桶を持ってくる。重い。僕は去年より育って力も強くなっているはずなんだけど。

「氷を割ったら保存箱に入れて、残った水は鍋にかける、と」

海水を凍結させて塩分濃度を上げた海水を沸かし、塩を採るのだ。

消石灰を混ぜて苦い成分を凝固させるとかは、あとでいいね。

「トールー!朝ご飯よー!」

「はーい!」

僕の冬の朝は、こうして始まる。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「おはようございまーす」

「あら、おはよう。トールちゃん」

吹雪にならない限り冬は基本的に託児所も社交場も開け続けている。

村中の御婦人たちも心得ていて、子供を連れて羊毛から糸を紡ぐドロップ・スピンドルを持って集まってくる。

「ほんと、このスカートポーチって便利よねえ」

「ほんとほんと。羊毛も針も重りもナイフも全部入るんだもの」

子供の面倒を見ていると、どうしても手が塞がる。

そうしたときに、スカートに縫い付けられているポケットは便利なようだ。

僕がズボンに縫い付けたポケットは、思ったのとは別の形ですっかり定着している。

「はい。じゃあ、ここで遊んで待っててね」

「あーうー」

女衆は製塩所から来る床暖房の効いた区画 ―― 今はすっかり託児所として使用されている ――に子供を預けると、社交場に移動し重りで糸を紡ぎながら情報交換という名のお喋りを始めた。

毛皮が敷き詰められ、脱走防止と防風を兼ねた柵で覆われたこの場所は、日光を浴びさせつつ新鮮な空気を吸わせながら目の届く場所に置いておきたい、という子供を連れた母親にとって最高の託児所なのである。

「あのー。おかあさーん。ちょっと多いですよー。おかーさーん」

「あうー」

「うぶー」

問題は、僕が火の番をしていると子供たちが僕に登ろうとのしかかってることで。

ちょっと最近、人数が多すぎませんか?子供、増えてるよね?

お腹の大きい若いお母さんをよく目にします。

「ええと、君はキナリくんだね。はい座ってねー」

「あぶう」

去年と異なるのは、子供たち全員がルーン文字で名前を刻まれた木の護符を身に着けていること。ある子供は縄で首から。ある子は縄でたすき掛けにして。ある子は服に縫い込んであったり。

お母さんたちは、子供の健康と成長を本当に祈っているんだよね。

徹夜で護符に名前を刻んだ甲斐がありましたよ。

そして名前がすぐにわかるのは、安全管理と点呼にもとても役立つ。

「ぶぶー」

僕は貴族になったんだから、塩を作ったり赤ん坊の面倒をみるのはやめて、奴隷を買って任せろ、という人もいたんだけど、それは違うと思うんだよね。

赤ん坊は村の未来だし、僕が知恵を絞って村のために頑張る動機そのものなんだから。

「あうー!」

だから村の未来よ、僕の鼻の穴に指を突っ込むのはやめなさい。

お母さんたちも笑ってないで止めてくれてもいいんですよ

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「はい。差し入れです」

「あら。もうそんな時間?」

「スープ?いえ、贅沢に大麦が入っているのね」

社交場は基本的に利用者の寄付で回っている。

利用者は燃料となる薪もしくは泥炭を少量、あるいは魚や貝、野菜などの食材を寄付することで、その日、社交場を利用する権利を得る。

貧しい家の女衆であっても、湿地で泥炭を掬ったり、海岸の岩場からナイフで貝を剥がしてくることぐらいはできるので、冬の共助、セーフティーネットとして機能している面もある。

僕の家は管理者として製塩所で塩を採るついでに、塩を少量だけ寄付している。

社交場を利用する女衆は、寄付された燃料を使い、食材と塩を用いてスープを作り利用者に供されるわけだ。

「今年から大麦も寄付させてもらうことにしましたので」

「あら!そんなことまでして、トールちゃんの家は大丈夫なのかしら?」

「そうよう。貴族になったからって、そんなことまでしてくれなくても…」

「いいえ。皆さんがお酒を頑張って作ってくれますから、損はしていないのです」

今年の秋から、大麦を大量に買い付けて、村営の醸造所で特製の大麦酒を大量に製造し販売する事業が始まっている。

初期出荷分の特製大麦種の評判は上々で、かなりの高値がついている。

つまり大麦を買ってお酒を作ると、もっとたくさんの大麦が買えるようになるのだ。

おかげで、酒造りに使うにはやや質の良くない大麦を社交場に卸すことも出来る。

「あら!じゃあお酒づくりも頑張らないといけないわね!」

「そうそう。どんどんお酒を造って、亭主に飲まれないよう村の外に売らないと!」

「あはは!」

魚介類と野菜に加えて、塩と大麦まで入ったスープは、もはや立派な主食である。

栄養があり腹持ちもよく味も良い。

「なんだか家で食べるご飯より贅沢だねえ」

「本当ねえ!なんだか悪い気がするよ」

「いえいえ!皆さんが働いてくれているお陰ですから!どんどん食べて下さい!」

「じゃあ遠慮なく!」

「あんたは遠慮しなさい!」

社交場でご婦人方の笑い声が弾ける。

この村にとって、もはや冬はひもじさに耐える季節ではない。

一生懸命に働き、稼ぎ、お腹いっぱいに食べられる季節なのだ。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「…仕事って、いくらでもあるのね」

「そうですね」

「…ほんっと、ずうっと忙しいねえ」

「そうですね」

働く喜びに満ちて笑顔と笑い声の絶えない職場もあれば、そうでない職場もある。

僕は、当代最高の教育を受け、身分が高く美しい女性達が集まる職場で、ねちねちとモラハラとパワハラを受けていたりする。

「ねえ。どうして!この村は!こんなにお金の出入りが激しいのかしら?」

「さあ…」

「ねえ。どうして!この村は!こんなに大麦を買っているのかしら?」

「さあ…」

「ねえ。どうして!この村は!こんなにお酒を売っているの!!」

「いやあ…どうしてでしょうねえ?」

懸命に誤魔化し続けていたら、ぷちん!と何かが切れた音が聞こえた気がした。

「「あんんたのせいでしょうがあぁぁ!!」」

むにむにむにむに、と2人の若いお嬢さんに左右から頬っぺたを高速で揉まれる。

しかも片手は羊皮紙にペンを走らせながら、空いていうもう片方の手で、2人で呼吸を合わせながらバランスよく頬っぺたを揉んだり抓ったりする、という無駄に高度な器用さを発揮して。

そうです。あまりに仕事が忙しすぎて、アルフヒルドさんもエリスさんも、気がついたら村を出る最終便、つまり逃げる機会を逃したのです。

計画通り。(ちょっと予定とは違ったけど)

むにむにむにむにむにむにむにむに…!

「いたひいたひいたひ」

問題は僕の頬が冬の間に倍ぐらい腫れ上がりそうなことぐらいで。