軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第164話 水車と建設の季節 7歳 秋

「このあたりでは、どうですか?」

「少し立地が急過ぎる気もするが…夏の水量は十分なのか?」

「夏に水量が十分なことは確認しています。ため池をつくって必要なだけの水を流すにはこのくらい斜面であったほうが都合が良いかと思うんですが」

水車の技術者たちを案内して、候補地を何箇所か見せて回っている。

ついに村にも水車ができるのかあ。

水車ができたら、まずは大麦の脱穀をしたいなあ。それから製粉して…。

いやいや、焼いた貝殻を砕いて粉にする作業こそ自動化したいな。

生石灰を人が扱うのは危ないからね。

蜂蜜の遠心分離に水車を使うのは力が強すぎるかな。回転させる中の籠が千切れそうだ。

僕が水車の用途について妄想していると、水車技術者の集団の中に、そこにいるはずのない見知った顔を見つけた。

「よお!トール様」

いや、よお!じゃないが。

なぜ村の鍛冶職人が当たり前の顔で混じっているんだ。

…まあ、周囲の技術者達が気にしていないみたいだからいいか。

「このあたりを掘り込んで、水車を設置しましょうか。上に小屋を建てて石臼を回すようにしまして…」

「上に小屋を建てる?横ではなくて?」

派遣された水車の技術者が不思議なことを言い出した。

水車の上に小屋を立てる、とはどういう意味だろう。

2階建ての水車とか?

「ベルトの技術を使えば横に建てることもできるかもしれませんが、水車と石臼は直結して回すほうがよろしいかと思います。やはり手入れが簡単で頑丈ですから…」

水車と石臼を直結させる、という説明をされて認識の違いに気がついた。

この水車技術者は、横向きの水車を建設しようとしている。

「いいえ。村では縦型の水車を建てたいのです。今後は大量の小麦を処理しないといけませんから」

「縦型の水車というと…?アングル人のような?」

「そうです。アングル人が作るような、縦型の水車です」

「ううむ…」

横に倒した形の水車は、最も原始的な水車の一つだ。

川の勢いを利用して回転し、水車の回転軸に直結された石臼で製粉を行う。

可動部分が少なく故障しにくいため、村の職人でも管理しやすいという利点がある。

ただ、効率は良くない。

川の運動エネルギーを利用した回転なので一定以上の勢いがある水量が必要であるし、水の回り込みなどで運動エネルギーの損失もある。

僕も、村で収穫できる大麦の脱穀や製粉だけを行うなら、横型水車を選択すると思うのだけどね…。

「この村では、今年から大量の…ほんとうに大量の大麦を買い入れて、脱穀して、製粉しないとならないのです。100以上の樽に大麦酒を造り、押し寄せる多くの客人と商人に大麦のパンを焼かないとならないのです。ですから、アングル人の農村にあるような、大きな縦型の水車が必要なのです。…できませんか?」

水車技術者ができない、というのならば仕方がない。

今年は横型の水車を複数建築して、数で量を捌くしかないかもしれない。

そうなると石臼の数が足りないな…。

と、僕が今後の水車建設計画の修正を考えていたところ、水車技術者の中で後方に控えていた赤毛混じりの男が進み出てきた。

「あんた アングル水車 作る?」

かけられた言葉には、少し聞き慣れない訛りがある。赤毛の男をよく見ると、少し北方人とは顔の造りが違うようにも見える。やや背丈が低く髪型は編まれることもなく真っ直ぐに短く刈り揃えられ、口髭は伸ばしているのに顎髭がない。そして首元には薄くなっているものの、痛々しい鎖の跡。

「あなたは、アングル人?」

「ああ。エングリッシュだ。元は奴隷だった」

ああ。そういえば北方社会とはそういう慣習の社会だった。

食料が足りない?他所から奪えばいい。

労働力が足りない?他所から拐って奴隷にすればいい。

技術がない?他所から技術者を拐ってくればいい。

この赤毛の人は、そうして連れてこられた技術者の一人なのだろう。

奴隷と言っても技術があれば待遇は悪くないし、自分を買い取ることも出来る。

この人はそうした数少ない成功者の一人であるのに違いない。

「縦型の水車 作る?」

「はい。お願いします」

僕は元奴隷らしい技術者と握手を交わした。

職人らしく分厚く傷だらけの手のひらは、とても力強く感じられた。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「縦型の水車なんですけれどね、上から水を流したいんですよ」

「水を 上から?」

「そうです。ため池を造りますから、そこから道を伸ばしてちょろちょろとかけるようにしまして…できますか?」

「修道院の 方法だ」

ここに縦に置かれた車輪があるとしよう。この車輪を回すもっとも効率の良い方法は、上から下に力を加えることだ。そうすれば、運動エネルギーに加えて、高さという位置エネルギーも使うことが出来る。

この方式の水車を上射水車という。効率は通常の下射水車と比較すると数倍になる。

ため池を使う方式として考えれば、数分の一の水量で同じ動力を得ることができる、とも言い換えられる。

「この村には、その修道院の水車が必要なんです」

水量が少ない季節であっても十分な動力が得られるので稼働時間を伸ばすことができるし、大型の石臼を回すだけの動力を得ることも出来る。

「鉄の滑る軸 面白い。使えば すごく 良い」

「鉄の軸?ええと…たしかに水車に使えば効率はすごく上がりそうですが」

元奴隷の技術者の口から、意外な単語が飛び出した。

先日、村で開発されたばかりの鉄製の滑り軸受のことをなんで知ってるんだ?

僕が振り向くと、鍛冶職人が他の水車職人の後ろに隠れようとしているのが視界に入った。

いやまあ、口止めをしていなかった僕が悪いか。

今後は技術交流や対価の法制や市場も整備しないとまずいか。

「そうですね。鉄の軸を使って、修道院の水車を作って下さい。協力は惜しみません。…できるでしょうか?」

僕の上目遣いの問いに対して元奴隷の赤毛の技術者は

「できる」

と、力強く頷いたのだった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「そーれっ!」

ドンッ!

「ほーいっ!」

ドンッ!

男たちが声を合わせ、木の杭を力強く打ち込んでいく。

ある箇所では スパジ(シャベル) で土を掘り、石を積み上げる。

村では、男も女も、子供も老人も、貧しい人も豊かな貴族も。

全員が力を合わせ、村を生まれ変わらせるための大工事に従事していた。

新規の移住者のための住宅を建てなければ。

大麦と酒を保管するための横穴の倉庫を掘らなければ。

大麦を脱穀し製粉するための水車を建てなければ。

大きな水車を稼働させるための、ため池を掘らなければ。

特製の大麦酒を醸造するための醸造所を建てなければ。

赤ん坊を生むための産院を建てなければ。

とにかく、掘って、掘って、建てて、建てて、建てなければならない。

俺達は 村をヴァルハラに変える

ホイッ!

客人が やって来ちまう

ホイッ!

水車を建てろ ため池を掘れ

ホイッ!

酒蔵を掘れ 酒を作れ

ホイッ!

産院を建てろ サウナを建てろ

ホイッ!

かかあの腹が ふくらんじまう

村人達の労働歌が、フィヨルドと村に響き渡る。

「トール!輸送船が来てるよー!大麦を運んできたから検分に立ち会って欲しいってー」

「うわー、もう来ちゃったかー…」

今年から大量に買い付けることにした、大量の大麦の第一陣が村に到着したのだ。

ええと、まずは最初の便は全数検査して、大麦はとりあえず樽に詰め替えてから既存の穴蔵の奥に配置するように指示しなきゃ。

支払いの決済はどうしようかな。銀とか宝飾品でもいいし、鉄でもいいかな。

それとも特製大麦酒にしようか。商人も、北方21星の大結束のどこかの村に交易に出向くだろうから、特製大麦酒の宣伝になるし。

「はやくー!」

「はーい!今行きまーす!」

今後の段取りを忙しなく考えつつ、僕は輸送船が到着した浜辺の方へ駆け下りて行くのだった。

10章 終わり

明日はトースルテイン大王の伝記回です。