軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第163話 技術は思うように進まない 7歳 秋

「どうか、うちに魔術の白い粉を分けてもらえませんか?」

「おい!うちの方が先だ!家には生まれたばかりの赤ん坊がいるんです。お願いします…!」

早朝から我が家の前で多くの村人達が列を作り、順番を巡って争っている。

用件は、冬の家を浄化する魔術の白い粉を分けて欲しい、というもの。

いや、魔術とかじゃないから…。あれは化学の力です。

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「村長の長屋敷が白く塗られたのが、凄く目立ったみたいね」

「エリン姉、そうは言うけど白く塗装したただけなら宿泊所だってそうなんだけどなあ」

一人一人に対応するときりがないし、急増した消石灰の需要に応えるだけの在庫もないので、村人達には一旦引き取ってもらった。

適正に配分する方法と時期もシグリズ様と相談して考えていかないとなあ。

「他所の村から来てる侍女や郎党の人達が、一匹も虫が出なくなった!魔術だ!って大騒ぎしてるらしいのよ。…魔術なの?」

「違います。皆、同じことができるから、ただの工夫です」

ちょっと油断すると、すぐ魔術とか魔術師とか言い出すんだから。

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「…ということがありまして」

「そちらにも行きましたか。こちらにも来ましたよ」

シグリズ様が溜息をつく。

白い魔術の粉が欲しい、という請願は長屋敷の方にも来たらしい。

「それで。どれほどの量が用意できるのですか?」

「別に秘密にするほどのことはないですけど、あれはただ貝殻を焼いて砕いた粉に水をかけて乾かしたものですから、貝殻と燃料と安全に気をつけられる人足さえあれば、いくらでも量産できますよ」

いくらでも量産はできる。ただ効率のことを考えると今は季節が悪いのだ。

「原材料の貝殻はゴミ捨て場を掘ればいくらでも出てきますが…」

貝殻は数百年の昔からこの地で暮らしてきた先祖たちがゴミ捨て場に山と積み上げているから原料不足にはなることはない。

「問題は燃料ですね。貝殻を焼く為だけに貴重な燃料を使いたくありません。全ての燃料は冬越しに使われるべきですし、燃やした可能な限り回収されるべきです。貝殻は社交場や燻製施設が稼働する時期に、ついでに焼かれるべきものだと思います」

北方社会において、燃料と生み出される熱は生存のために最も貴重な資源なのだ。

目先のニーズを満たすために無駄にされることがあってはならない。

貝殻を焼いた生石灰には、冬の鱈漁で船上の暖房としてのニーズもあるからね。海水で化学反応を終えた後の消石灰は、そのまま塗料として使えるわけで。

つまり冬であれば、製塩所でついでに貝殻を焼く、焼いた貝殻を砕いた生石灰を鱈漁の船上で海水と反応させて暖房として使う、海水と反応した消石灰を塗料として使える、という理想的な資源利用サイクルが実現する。

なので冬まで消石灰塗料の配布は待つべきなのである。

「それはわかりますが、民は冬まで待てというだけでは納得しないでしょう。皆があなたように考えられるわけではないのですから」

シグリズ様の認識は正しい。納得できる理由がなければ人は従わないものだからね。そして勝手に暴走し、事故を起こしたりする。それは防がないといけない。

「今の在庫で秋の間は持たせましょう。優先順位をつけて順番に配布していけば、村人も待ってくれるでしょう」

「優先順位ですか…。どのようにつけるつもりですか?」

適正な資源配分こそはリーダーの務め。不公平な差配は不満につながる。

そこで役立つのが、先日実施した名簿づくりの情報だ。

「名簿がありますよね。幼い赤ん坊を抱える家から配ります。ただ配るだけでなく、清掃手順についても学んでもらいます。燻蒸の薬草の毒性についても注意しないと、却って害になるかもしれません。貝殻粉の配布を希望する村人達を集めて、 勉強会(セミナー) のようなものを開いたほうが良いと思います」

虫を家屋から追放するには消石灰を撒けばそれで良い、というものではない。

先日の長屋敷でも実施したように、荷物を運び出し、土を削り、燻蒸し、家畜を梳ることと組み合わせて初めて効果を発揮する。

なぜなら魔術じゃなくて、化学と工夫の産物だからね。

「なるほど…」

「手順については、先日まとめたものがあります。アルフヒルドさんとエリスさんに清書していただいて、村の方達に説明していただいてはどうでしょう?」

「えっ」

「わたしたちが、ですか?」

他人事のように聞いていた2人のお嬢さんに仕事を投げていく。

大丈夫!きっとできる。やればできる。頑張って!

そもそも、彼女らの侍女や郎党が騒いだことが騒ぎの発端だからして。

上役とは責任を取るためにいるのだから。

「お任せします!大丈夫。きっと出来ますよ!」

僕は精一杯の愛と信頼を込めて笑顔を浮かべたんだ。

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「トール!シグリズ様がお呼びですって」

せっかく仕事を任せたのに、すぐに呼び出された。

お嬢さん2人にはちょっと難しい仕事だったかなあ。

「トールはいませーん。子供なのでお昼寝をしていまーす」

ちょっとぐらい愚図っても許されるだろう。

僕は寝台に寝転がりながら、いい加減な返答をした。

太っちょムニを腕に載せて、羽ばたき運動で痩せさせるのに忙しいんだ。

「他所の村から、水車の技術者の人達が来てるんだって」

「すぐ行きます!エリン姉、馬を出して!」

水車!回転動力!待ってた!

がばりと起き出した僕に、エリン姉は苦笑しながら馬の用意をしてくれた。

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水車の技術者達は、輸送船で水車部品一式と、なんと大型の石臼まで持ち込んできてくれていた。

「シグヴァルド様から、妹のシグリズ様への贈り物だそうです。それと先日の策の提案に対するお礼だとか」

大型の石臼は、摩耗しにくく削れても砂が出ない玄武岩や流紋岩製でなければならず、目立てという溝を専門の石職人が何週間もかけて削り出す産業機械装置であり、製造の原価だけでも牛10頭分はする。さらに輸送費や利潤を載せると価格はさらに跳ね上がる超高価な製品だ。

それを献策のお礼として贈ろうというのだから、シグヴァルド様の喜びようが伝わってくるじゃないか。

「それはそれは…」

献策というのは、王とトーレル卿を仲違いさせるための 情報操作と宣伝戦(プロパガンダ) を仕掛けて時間を稼いではどうか、という提案のことだね。

正面から悪口をぶつけ合うのが 言葉戦(ことばいくさ) 、という北方社会の常識で生きてきたシグヴァルド様には、天地がひっくり返るほどの衝撃だったのか。

「シグヴァルド様、張り切ってそうですね…」

僕は北方の革命家に怖ろしい武器を与えてしまったのかも知れない。

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「このあたりに、ため池を作って水車へ流そうと思っています」

「なるほど…雪解け水を一度貯めてから安定した水量を確保しようというのですな」

僕はエリン姉に馬で、水車の技術者達を設置予定地に案内し、実況見分をしてもらっていた。

フィヨルドの川は季節によって水量の変化が激しいからね。冬には凍る河川も多い。

安定的に水量を確保しようと思うと、立地の選定は慎重に実施する必要がある。

「他にも、何箇所か目をつけているところはあります」

「なるほど、そちらも見せていただきましょうか」

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僕が水車の技術者たちを案内する一方で、村の技術者と水車技術者たちとの技術交流が行われていたらしい。

後で知ったことなのだけれど、なんでも鍛冶職人の方で村を訪れていた水車技術者に声をかけたのだとか。

そして鍛冶職人の工房を訪れた水車技術者たちは、そこに置かれていた『ただ回るだけの大きな車輪とベルトで繋がれた小さな車輪』に度肝を抜かれていた。

「こうやって青銅の内張りと鉄の軸でツルツルにして車を回るようにするとな、カラカラと車がずっと回るんだ…これ、水車に使えねえかなあ」

「なんと!いやこれは…すごい。水の場所で鉄を使うのは難しいだろうが、青銅ならあるいは…」

金属製の滑り軸受け。しかも異なる金属を使うという発想に打ちのめされたり。

「脂が鍵なんだ。鯨と動物の脂を挿してれば滑らかに回り続けるし、後できちんと拭き取れば鉄も錆びねえ」

「この革のベルトは…?」

「ああ、こうすると小さい車がすげえ速さで回せるんだ」

「なんと…!それに動力と回転を離して設置することも出来る!」

「まあ、伸びちまうからちょっとずつ位置を離して常にピンと張っているようにしないとダメなんだけどよ」

革ベルトで回転数の異なる動力を離れた場所に伝えられる、という仕組みに腰を抜かしたり。

「これは…我らは水車を贈るどころか、むしろ対価をもっと払わねばならないのでは?」

「ええ…いやそうかい?それなら水車づくりに俺も混ぜてくれよ。でかい水車でどれぐらい回転させられるか、見てみてえんだ」

そうして勝手に水車設置事業に参加を取り付けていたりと。

僕の預かり知らぬところで、技術漏洩やら新規技術開発やら、飛躍的な水車の効率向上なんか同時多発的に起こっていたんだ。